導入:なぜ今、管理計画認定制度は「第2ステージ」へ向かうのか
令和4年4月にスタートした「マンション管理計画認定制度」は、今、大きな歴史的転換点を迎えています。制度開始から約3年が経過し、認定実績は3,000件を超え、国内の分譲マンションストックの約9割をカバーする自治体で制度が運用されるまでに普及しました。しかし、これまでのフェーズはあくまで「優良な既存マンションの顕彰」という側面に過ぎませんでした。
令和8年4月に施行予定の改正マンション管理適正化法を契機に、制度は「マンションの生涯管理を保証する社会インフラ」へと昇華する「第2ステージ」へと移行します。背景にあるのは、深刻化する「管理不全マンション」予備軍への強い危機感です。
新築時に低すぎる修繕積立金を設定し、将来の合意形成を困難にする「段階増額積立方式」の弊害や、インフレによる工事費高騰への対応遅れ、そして激甚化する災害への備え。これらを「個々の組合の自由」として放置せず、法と認定基準によって一定の規律(ガバナンス)を求めるのが今回の見直しの本質です。
※現行制度の基礎知識と、固定資産税減税などの実利面については、まずこちらの記事で全体像を把握してください。
検討プロセスの深層:理想と現実の間で揺れた有識者たちの議論
国土交通省主導で、令和7年末にかけて開催された「マンション管理計画認定基準の見直し等に関する検討会」の議事録を紐解くと、有識者たちが抱く危機感と、実務への配慮が入り混じる生々しい議論が見えてきます。
【第1回(令和7年11月):現場からの悲鳴と「0.6倍ルール」の衝撃】
第1回検討会では、事務局から「新築時の認定義務化に近い仕組み」と「修繕積立金の数値基準(0.6倍ルール)」の導入という、極めて強力な素案が提示されました。これに対し、委員からは「建築資材は数年前の2倍近い。係数以前に、総額が圧倒的に足りなくなるのではないか」といったインフレ下での深刻な懸念が相次ぎました。
この段階では、新築と既存を同一の厳しい数値基準で縛ることの副作用が強く危惧されていました。
【第2回(令和7年12月):現実的な「ダブルスタンダード」への着地点】
議論を重ねた第2回では、「新築と既存の基準分離」という現実的な方針が示されました。新築には将来の破綻を防ぐ厳格な数値を求め、既存には数値そのものよりも「適時適切な見直しプロセス」を求める。この「基準の分離(ダブルスタンダード化)」こそが、実務者が理解すべき最重要ポイントです。
【徹底解説】新築マンションへの制度拡大と「0.6倍ルール」の正体
令和8年の改正法において、最もドラスティックな変更は「分譲事業者による認定申請(法第5条の15第2項)」の創設です。
修繕積立金算定の規律(検討会素案)
新築マンションの認定基準として、以下の「0.6倍・1.1倍ルール」が検討会素案として示されています。
- 初期額 ≧ 均等積立方式による基準額 × 0.6
- 最終額 ≦ 均等積立方式による基準額 × 1.1
これは、販売時の積立金を極端に安く見せる手法を封じ、当初から均等積立額の6割以上を確保させるものです。分譲事業者にとっては「月額負担増」による販売上のハードルとなりますが、購入者にとっては「将来の破綻リスクが低い物件」を選択する最強の指標となります。
認定の承継と取消しリスク
分譲事業者が取得した認定は、管理組合設立後に管理者が「変更認定」を申請することで引き継がれます。もし、この引継ぎを怠った場合、自治体は必要な措置を命ずることが可能です(改正法第5条の23第2項)。 ただし、これは直ちに罰則が課されるものではなく、まずは行政による是正指導や改善機会が与えられます。
それでも改善が見られない場合の最終的な手段として、「認定の取消し」が想定されています。この「認定の空白」を生まないための、分譲事業者から管理組合への「円滑な実務承継」こそが、新築マンションの新たな付加価値となるでしょう。
認定申請の実務フローや必要書類については、現行制度をベースにした以下の記事が参考になります。
【実務への警告】既存マンションにおける「5年周期」への短縮と防災の義務化
既存マンションについては、合意形成の困難さを考慮し、新築のような数値基準の一律適用は見送られる方向となりました。しかし、その代替措置として示されたのは、より機動的な管理を求める「見直しサイクルの短縮」です。
長期修繕計画「7年→5年」への調整が持つ実務的重圧
認定基準における長期修繕計画の見直し期間が、現行の「7年以内」から「5年以内」に短縮される方向で調整が続いています。昨今の資材価格や人件費の高騰を踏まえれば、7年前に作成した工事費前提が、すでに現実と乖離しているケースも少なくありません。
この「5年見直し」への調整は突発的なものではなく、国土交通省が公表した「マンションの修繕積立金に関するガイドライン(令和6年6月改正版)」において示されてきた、インフレ局面での適時見直しの考え方を制度上明確化したものと位置づけられます。
5年ごとの見直しは管理組合にとって確かに重い負担ですが、物価上昇を放置した結果、後から致命的な積立不足に直面する事態を防ぐための、実務的な予防装置とも言えるでしょう。認定更新を目指す管理組合には、これまで以上に迅速で透明性の高い合意形成が求められます。
防災対策の基準化:ソフト面の充実要件
もう一つの大きな変更が、防災対策の基準化です。今回の見直しでは、防災に関する取組方針、いわゆる防災マニュアル等を作成し、組合員に周知していることが、認定基準の一要素として位置づけられる方向で検討されています。
検討会では「備蓄量まで具体的に指定すべきか」という点も議論されましたが、最終的には、「訓練・情報周知・備蓄・体制」という4つの観点について方針が整理されていれば、備蓄量そのものは各家庭の「自助」に委ねる内容でも差し支えないとする、現実的な整理が示されています。
もっとも、この要件は備蓄品を揃えること自体よりも、防災に対する考え方や役割分担を文章として明確化し、共有することを管理組合に求める点に本質があります。この「方針の明文化」こそが、多くの管理組合にとって新たな実務課題となるでしょう。
運営の透明化:外部管理者方式(第三者管理者方式)と名簿更新の厳格化
役員のなり手不足を背景に、外部の第三者が管理者として運営を担う外部管理者方式(第三者管理者方式)を採用するマンションが増えています。管理会社が管理者を務める場合は、実務上「管理業者管理者方式」とも呼ばれます。
今回の認定基準見直しでは、こうした運営形態について、透明性とチェック機能を確保する観点から、一定の要件を設ける方向で検討が進められています。
利益相反取引の防止と監事の役割
管理会社が管理者を務める場合、お手盛りの工事発注等を防ぐため、以下の規約整備が必須要件となる方向で調整されています。
- 標準管理規約第37条の2に準じた「利益相反取引の防止規定」の整備。
- 監事の設置および任期(2年以内)の明記。
- 組合員による総会招集権の確保と、招集を阻害する要件(印鑑証明の提出要求など)の禁止。
これは、管理会社が実権を握りつつも、区分所有者によるチェック機能を法的に担保させるものです。特に監事の選任と任期が厳格化される点は、外部管理者方式を採用する組合にとって避けて通れない実務上の変更点となります。
居住者名簿の有効性(防災との連動)
災害時の迅速な安否確認を念頭に、現行制度において表明保証事項とされている組合員名簿および居住者名簿の「年1回以上の内容確認(更新)」について、その位置づけをより明確にし、認定基準上の要件として整理する方向で検討が進められています。
個人情報保護と防災の天秤をどう取るか、管理組合の運営能力がよりシビアに可視化されることになります。
外部管理者方式のメリットとリスクの所在については、こちらの専門解説動画を併せてご覧ください。
「認定を取得しない」という選択とそのリスク
本制度はあくまで「任意」の申請に基づくものであり、認定を取得しないことが即座に法令違反を構成するわけではありません。しかし、今後は「認定を取得しない理由」を市場や金融機関から問われる場面が増えることが予想されます。
「認定なし」の物件は、中古市場における資産価値の客観的評価が得られにくいだけでなく、リフォーム融資の金利優遇が受けられない、あるいは自治体からの適切な支援(助成金等)の対象から外れるといった、実質的な格差が生じる可能性があります。専門家としては、取得にかかるコストと、取得しないことによる中長期的な逸失利益を天秤にかけ、組合に助言する必要があります。
結びに代えて:管理組合・実務者が今から備えるべき「認定」の価値
令和8年4月の施行に向けて、マンション管理計画認定制度は「努力した組合へのご褒美」から「持続可能なマンションであるための最低条件(ライセンス)」へと変貌します。
【確定事項と検討中の整理】
- ほぼ確定(素案段階):新築の「0.6倍・1.1倍ルール」、既存の「5年見直しサイクル」、防災方針の策定、外部管理者方式の規律強化。
- 検討中(調整中):認定の「空白期間」の法的定義、自治体独自基準の適用範囲、変更認定申請の簡素化レベル。
新築マンションの初期積立金は、認定を目指す限りにおいて「正常化」されます。マンションは「買って終わり」の時代から、「管理を磨き続けて資産を守る」時代へ。今から準備を始める管理組合こそが、100年住み続けられる住環境を手にするのです。
最後に: 建物が古くなっても、管理を適正化し続ければ、マンションは「負動産」にはなりません。





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