空を突くようにそびえ立つタワーマンション。地震大国である日本において、これほど高く巨大な建築物が、なぜ倒れずに立ち続けていられるのか。高層階に住む方、あるいは購入を検討している方にとって、地震時の「揺れ」は最大の懸念事項の一つでしょう。
「タワマンは地震に強い」という言葉はよく耳にしますが、その根拠を論理的に、かつ具体的に説明できる人は多くありません。実は、タワーマンションの安全性は「ガチガチに固めること」ではなく、意外にも「しなやかに揺れること」によって担保されています。
本稿では、マンション管理士・FPという専門的知見から、精神論や安全神話ではない「構造と法律の裏付け」を詳細に解説します。
第1章|タワーマンションは「揺れない建物」ではない

まず、根本的な認識を改める必要があります。多くの人は「頑丈な建物=揺れない建物」だと考えがちですが、建築工学の世界、特に超高層建築においてはその逆が正解です。
「耐える」から「逃がす」への転換
一般的な2階建ての戸建て住宅や低層マンションの場合、地震の力に対して建物の強度(柱や壁の太さ)で真っ向から対抗する「耐震」という考え方が主流です。しかし、高さが100メートルを超えるようなタワーマンションで同じことをしようとすると、地震の膨大なエネルギーをすべて構造体で受け止めることになり、かえって柱が折れたり、基礎に致命的なダメージが加わったりするリスクが高まります。
そこで採用されているのが、「地震のエネルギーを受け流す(逃がす)」という考え方です。タワーマンションが大きく揺れるのは、建物が壊れないように地震の力を「揺れ」という形で消費しているからなのです。
「柔構造」という知恵
日本の伝統建築である「五重塔」を思い浮かべてみてください。五重塔は中心に「心柱(しんばしら)」があり、各層が独立して揺れることで、千年以上も倒壊を免れてきました。現代のタワーマンションも、この「柔(じゅう)の構造」をハイテク技術で再現しているといっても過言ではありません。
第2章|揺れ方が違う理由:高さと「周期」の関係

タワーマンションの揺れ方は、低層階の建物とは明らかに異なります。ここで重要になるのが「固有周期」と「長周期地震動」というキーワードです。
建物には「揺れやすいリズム」がある
すべての物体には、一度揺らしたときに一往復するのにかかる時間(固有周期)が決まっています。メトロノームやおもりをイメージしてください。短い棒につけたおもりは速く震えますが、長い棒につけたおもりは、ゆったりと大きく揺れます。 タワーマンションという「長い棒」は、地震のガタガタという速い揺れには反応しにくい一方で、ゆっくりとした大きな揺れとリズムが合ってしまう性質があります。
恐ろしい「共振」現象と気象庁の注意喚起
2011年の東日本大震災の際、震源から遠く離れた大阪の超高層ビルが大きく揺れたのを覚えているでしょうか。あれが「長周期地震動」による共振です。地盤を伝わってくるゆっくりとした揺れと、タワーマンションの固有周期が一致すると、揺れが増幅され、長く、大きく揺れ続けます。
気象庁の解説動画をチェックする意義 気象庁の公式サイトやYouTubeチャンネルでは、「高層建物の揺れ方」を視覚化したシミュレーション動画が公開されています。これを見ると、「高層階ほど揺れるのは、建物が壊れかけているからではなく、構造上の特性である」ことがよく分かります。この特性を知っておくことが、パニックを防ぐ第一歩です。
※参考:
気象庁「高層建物の揺れ方(長周期地震動)」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/choshuki/index.html#yurekata
第3章|それでも倒れない理由①:建物の「芯」がまったく違う

構造を詳しく見ていくと、タワーマンションには一般的なマンションにはない、特別な「背骨」が存在します。
「コアウォール構造」という強固な核
タワーマンションの多くは、建物の中心部分に強固な鉄筋コンクリートの壁で囲まれた空間を持っています。これを「コアウォール」と呼びます。このコアの中には、エレベーターシャフトや非常階段、共用配管などが集約されています。
このコアは、建物全体の重さを支えるとともに、地震の水平方向の力に対して最強の抵抗力を発揮します。外側の居住エリアの柱や梁は比較的柔軟に作り、中心部のコアで全体を支える。この「芯」がしっかりしているからこそ、建物がポッキリと折れるような事態は防がれているのです。
人体に例えると
例えるなら、コアは「脊椎(背骨)」であり、周囲の居住空間は「筋肉や皮膚」のようなものです。背骨という強固な軸があるからこそ、全身がしなやかに動いても(揺れても)形を保ち続けることができるのです。
第4章|それでも倒れない理由②:「揺れを受け流す」ハイテクな仕組み

中心の「芯」に加えて、現代のタワーマンションには地震のエネルギーを物理的に削り取るデバイスが装備されています。主に「免震」と「制震」の2種類です。
免震(めんしん):揺れを伝えない
建物の基礎部分と地面の間に、積層ゴムなどの装置を設置します。地震が起きるとゴムが変形して揺れを吸収するため、建物本体には地面の激しい揺れが直接伝わりません。
- メリット: 家具の転倒や室内被害を劇的に減らせる。
- 特徴: 建物が地面の上でゆっくりと水平に滑るような感覚になる。
制震(せいしん):揺れを吸収する
建物内部(壁の中など)に、重りや油圧式のダンパーを設置します。建物が揺れようとする力に対して、これら装置が逆向きの力を出したり、熱エネルギーに変換したりして、揺れを素早く収束させます。
- メリット: 台風などの強風による揺れにも効果がある。コストが免震より抑えられるため、多くのタワーマンションで採用されている。
- 特徴: 車のサスペンションのように、衝撃を和らげる。
これらのハイテク装置が「膝関節」のように働くことで、建物全体にかかる負担を最小限に抑えています。
第5章|法律と制度の話:超高層建築は「別枠扱い」
タワーマンションが安全であると言える大きな根拠の一つに、法的なハードルの高さがあります。実は、高さ60メートルを超える建物(一般的に20階建て以上)は、法律上の「超高層建築物」として、一般的なマンションとは全く異なる基準で審査されます。
時刻歴応答解析(じこくれきおうとうかいせき)
一般的な建物は、過去の経験に基づいた簡易的な計算で設計されることが多いですが、タワーマンションは「時刻歴応答解析」という高度なコンピューターシミュレーションが義務付けられています。 これは、過去に実際に起きた巨大地震(関東大震災や阪神・淡路大震災など)のデータを使い、その揺れに対して建物が秒単位でどう動くかをシミュレーションするものです。
国土交通大臣の認定
この厳しいシミュレーションの結果を専門家委員会が審査し、最終的に「国土交通大臣の認定」を受けなければ、1本の柱を立てることすら許されません。「たぶん大丈夫だろう」という経験則ではなく、「科学的なシミュレーションによる証明」が必要なのです。
第6章|「安全」と「無傷」は別の話
ここまで構造の強さを解説してきましたが、居住者の皆様に最もお伝えしたいのは、「建物が倒れないこと(構造的安全)」と「生活が維持できること(機能的維持)」は別問題である、という事実です。
構造が無事でも起きること
どれほど高度な制震装置を備えていても、地震の規模によっては室内で以下のような事態が発生します。
- 乾式壁のひび割れ: タワマンの住戸間の壁は、軽量化のために石膏ボード(乾式壁)で作られています。建物がしなやかに揺れる際、この壁が身代わりになってひび割れることがありますが、これは「建物を守るために壊れる」ように設計されているので、構造上の欠陥ではありません。
- 長時間の揺れによる家具の転倒: 建物が倒れなくても、室内の家具が凶器になる可能性は十分にあります。
- エレベーターの停止: 地震を検知するとエレベーターは最寄り階で止まります。復旧までの間、数十階まで階段で昇り降りする「高層難民」化のリスクは避けられません。
「タワマンだから安心」と何もしないのではなく、「建物が守ってくれる間に、自分たちで室内外の備えをどうするか」を考えるのが正しい向き合い方です。
タワーマンションに特有の「倒壊ではなく孤立」の論点(エレベーター停止・在宅避難の現実)については、こちらで具体的に整理しています。
第7章|管理の視点:安全を「維持する」のは人
最後に、マンション管理組合の役割について触れておきます。これまで述べた「倒れない仕組み」は、あくまで「新築時の性能」です。この性能を30年、50年と維持できるかどうかは、皆様の管理組合の活動にかかっています。
メンテナンスが命
免震装置のゴムや、制震装置のダンパーには寿命があります。また、コア部分のコンクリートの劣化や、鉄骨の腐食状況などを定期的に点検し、必要であれば適切に修繕する必要があります。
タワーマンションの修繕積立金が高額になりやすい理由の一つは、こうした「高度な安全装置」を維持するためのコストが含まれているからです。管理組合の理事の皆様にとっては、単なるコスト削減ではなく「安全性能の維持」という視点での合意形成が求められます。
免震・制震装置を含む“安全性能の維持”は、長期修繕計画の精度と資金計画に直結します。長期修繕計画をどう点検・見直すべきかは、こちらで整理しています。
まとめ
タワーマンションは、「揺れる前提で、絶対に倒れないように」作られた現代建築の結晶です。
- 揺れることでエネルギーを逃がす「柔構造」
- 長周期地震動の影響を受けるが、共振を計算に入れた設計
- 建物を支える強固な「コア(芯)」
- 揺れを物理的に吸収する「免震・制震装置」
- 大臣認定という極めて厳しい法的チェック
これらの要素が組み合わさることで、圧倒的な安全性が保たれています。 「なぜ揺れるのか」を知ることは、恐怖を「正当な警戒」に変えてくれます。構造を正しく理解し、その上で室内対策や管理組合でのメンテナンスを充実させていくこと。それが、タワーマンションという革新的な住まいで「真の安心」を手に入れるための唯一の道なのです。
建物の構造的な安全性とは別に、地震後の生活リスク(家具転倒、備蓄、在宅避難)を減らすために、管理組合や居住者ができる具体的な防災対策については、こちらで整理しています。
参考資料(公的機関)
- 気象庁「高層建物の揺れ方(長周期地震動)」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/choshuki/index.html#yurekata - 国土交通省「超高層建築物等における南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動への対策について」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_fr_000080.html




コメント