「またあの人の昔話が始まった…」 「新しいITツールの導入を提案しても、『前例がない』の一点張りで話が進まない」
あなたの管理組合では、こんな悩みはありませんか? 長年理事を務めてくれている功労者であることは間違いない。だからこそ、「辞めてください」とは言いづらい。しかし、その遠慮が結果として、管理組合全体の「制度疲労」を招いているケースが後を絶ちません。
これは個人の性格の問題ではなく、組織の新陳代謝が止まっている「システムのエラー」です。 今回は、特定の誰かを傷つけることなく、公平なルール(定年制)によってスムーズな世代交代を実現する、法的リスクのない実務テクニックをマンション管理士が詳しく解説します。
なぜ「話し合い」や「お願い」では解決しないのか?
高齢役員の「居場所」を奪うリスク
多くの高齢役員にとって、理事会での役割は生活の中での重要な「生きがい」や「社会との接点」になっています。 そこに「そろそろ若い人に…」と曖昧にお願いしても、彼らは「自分はまだやれる」「自分がいないと回らない」という自負を持っているため、簡単には引き下がりません。
むしろ、下手に退任を迫ることで、「排除された」という疎外感を生み、感情的なしこりを残して、その後の総会で反対勢力に回られる…という最悪のケースも想定されます。
属人的な解決の限界
「Aさんは話が通じないから辞めてほしいが、Bさんは高齢だけどしっかりしているから残ってほしい」。 このような「人による選別」は、理事会内に不公平感と派閥争いを生みます。
だからこそ、誰にでも平等に適用される「客観的なルール(年齢制限)」が必要なのです。 「あなたがダメなのではなく、ルールが変わったのです」と言える状態を作ることが、円満な解決への第一歩です。
新ルールは「規約改正」ではなく「細則制定」で進める
ここが今回の最大のポイントです。法的な立て付けを誤解すると、「そのルールは無効だ」と反撃される恐れがあります。正しい手順を理解しましょう。
標準管理規約には「年齢制限」がない
多くのマンションが準拠している国土交通省の「標準管理規約」第35条第2項では、役員の選任について以下のように定められています。
(役員) 第35条
2 理事及び監事は、総会の決議によって、組合員のうちから選任し、又は解任する。
非常にシンプルです。ここには「年齢」に関する制限は一切ありません。つまり、規約上は「何歳でもなれる」状態です。
「規約違反」と言わせないための法務ロジック
ここでよくある誤解が、「35条に年齢制限がないのだから、細則で制限をかけるのは規約違反(無効)ではないか?」という議論です。 しかし、法的には以下のように整理することで、細則での制定が可能となります。
✅管理規約(35条): 「組合員から選ぶ」という大枠(資格)を定めたもの。
✅細則: その大枠の中で、具体的にどのように選ぶかという「選任基準(運用ルール)」を定めたもの。
つまり、規約で「組合員なら誰でもなれる」と保証している権利を剥奪するのではなく、「選任の優先順位や基準」を細則で具体化するというロジックです。 これは、使用細則で「専有部分の使い方」を具体的に制限しているのと同じ発想で、規約との整合性が保たれ、内容も合理的な範囲にとどまる限り、有効と評価される余地が大きいと考えられます。
「役員選任細則」なら過半数で可決できる
管理規約本体を変更するには、総会で、区分所有者および議決権の各4分の3以上の賛成(特別決議) が必要となり、高齢者の多いマンションではハードルが高すぎます。
※令和7年12月現在。令和8年4月から出席区分所有者およびその議決権の各4分の3以上に変更されます。
一方、「役員選任細則」の制定や変更は、多くの管理規約において総会の普通決議(出席者の過半数)で可能とされています(※ご自身のマンションの規約で、細則制定の要件を確認してください)。 また、規約上、細則の制定権限が「理事会」に与えられている場合は、その手続に従うことになります。
これなら、現役世代の票と委任状をしっかりと集めれば、十分に可決できる現実的なラインが見えてきます。
反発を防ぎ、円満可決に導く「3つの条文テクニック」
いくら細則で定めるといっても、内容が不当であれば無効になります。 「高齢者差別だ!」という反論を封じ、法的な正当性を持たせるためには、以下の「3つの要件」を満たす条文設計が必須です。
合理的な目的の明記
単に「高齢者は不可」と書くのはNGです。年齢制限を設けることに「合理的な理由」があることを条文で宣言します。
(役員選任細則 第○条:選任基準) 役員の選任に際しては、特定の組合員への負担集中を防ぎ、多くの組合員に役員就任の機会を提供する(輪番の促進)とともに、理事会運営の継続性及び迅速性を確保する観点から、選任時の年齢が満75歳以下の者とする。
なお、「75歳」という年齢はあくまで一例です。マンションの規模や世代構成に応じて、70歳・80歳など、実情に合った基準に調整してください。
魔法の杖「経過措置(グランドファーザー条項)」
これが最も重要です。法改正の鉄則である「不遡及の原則(後出しジャンケンで既得権を奪わない)」を守り、現職役員の猛反発を防ぎます。
(附則:経過措置) 本細則の施行日において現に役員に就任している者については、現在の任期満了まで(または次回の再任まで)は、第○条の年齢制限を適用しない。
この一文で、今の長老たちの顔を立て、「自分たちは守られる」という安心感を与えることが、可決へのカギとなります。
例外規定(なり手不足対策)
「若手がやらないから俺たちがやっているんだ!」という反論を封じるためのセーフティネットです。
(例外) ただし、立候補者が定数に満たない場合や、総会において特に必要と認められた場合は、この限りではない。
この「合理的な目的」「経過措置」「例外規定」の3セットが揃って初めて、一般的には「差別ではなく、マンションを守るための合理的な区別」として、法的にも正当化されやすい形になります。
定年制の先にある「プロ管理」という選択肢
若返った理事会の「時間がない」問題
定年制で高齢役員が去った後、現役世代中心の理事会になりますが、彼らには致命的な弱点があります。それは「時間がない」ことです。 平日の工事業者との立ち合い、細かい書類のチェック…これらを無理に行おうとすれば、結局また「比較的時間のある高齢者にお願いしよう」と逆戻りしてしまいます。
「作業」はプロへ、「決断」は理事会へ
そこで、世代交代とセットで検討すべきなのが、私たちのような「マンション管理士(顧問・外部専門家役員)」の活用です。
高齢化対策で定年制を導入し、組織を若返らせる。 同時に、現役世代の負担を減らすために、実務の「作業」部分は外部のプロにアウトソーシングする。
「自分たちで汗をかく」昭和型の管理から、「プロを使って効率的に決める」令和型の管理へ。 定年制の導入は、そのモデルチェンジの絶好の機会なのです。
まとめ:正しい「法務知識」が、マンションの新陳代謝を促す
「高齢化問題」は、感情論で戦うと泥沼化しますが、「管理規約と細則の法的整理」を行うことで、驚くほどスムーズに解決への道筋が開けます。
あなたのマンションでも、まずは「役員選任細則」の案を作ってみませんか? 「ウチの規約で細則制定は可能なのか?」「条文が正しいか不安だ」という場合は、ぜひ横浜マンション管理FP研究室のコラムを深堀してみて下さい。





コメント