築年数が増すほど、「いずれは建替えが必要になるのでは」と不安を感じている区分所有者は少なくありません。しかし、マンション建替えは「古くなれば自然に進む」ものではありません。実際には、費用・合意形成・立地・管理状態といった複数の条件が揃わなければ成立しない、極めてハードルの高い選択肢です。
本記事では、建替えが「制度上できること」と「現実にできること」の違いを整理しながら、建替えできるマンションとできないマンションの分かれ道を解説します。
マンション建替えが注目される理由
マンション建替えは、いまや一部の老朽化マンションだけの問題ではありません。築年数の進行とともに、多くの管理組合にとって現実的なテーマになりつつあります。まずは、その背景を整理していきます。
築40年以上マンションの急増という現実
国土交通省のデータによれば、築40年超の分譲マンションは2023年時点で全国に約125万戸存在し、10年後にはその数が約2倍に膨らむと試算されています。高度経済成長期からバブル期にかけて大量供給されたマンションが、いっせいに老朽化の局面を迎えているのです。
エレベーターの不具合、外壁の剥落リスク、配管の劣化——こうした問題が表面化するにつれ、「いよいよ建替えを考えるべきか」という議論が管理組合の場でも起きやすくなっています。
「古くなったら建替えればよい」という誤解
ここで多くの方が陥りやすいのが、「建物が古くなれば建替えができる」という思い込みです。マンションの建替えには、区分所有法をはじめ、建替え円滑化法(2026年4月からは「マンションの再生等の円滑化に関する法律」と法律名が変更)など複数の制度が用意されており、一定の要件を満たせば法律上は実行可能とされています。しかし「制度上できる」ことと「現実にできる」ことの間には、大きな溝があります。
建物の老朽化はあくまで動機のひとつにすぎず、実際には費用・合意・立地・事業性という複数の条件がすべて揃わなければ、建替えは前に進みません。
法改正で変わったこと、変わらないこと
2区分所有法の改正をめぐる議論では、建替え決議の要件緩和(現行の5分の4から4分の3への引き下げ)が注目を集めてきました。こうした議論を踏まえ、2026年4月には制度改正が施行されています。
法改正の詳細な内容については、2026年の区分所有法・標準管理規約改正を整理した以下の記事で解説していますが、重要なのは「要件が下がっても、費用と合意形成の壁はなくならない」という点です。決議のハードルが下がることと、建替えが現実的な選択肢になることは、必ずしも同じではありません。
▼2026年の区分所有法・標準規約改正を整理した記事はこちら
マンション建替えのリアル|費用・決議・成功率
マンション建替えを考える際、多くの方がまず制度や手続きに目を向けます。しかし実務では、費用・合意形成・実現可能性という現実の壁が大きく立ちはだかります。この章では、建替えを難しくしている具体的な要因を整理していきます。
建替え費用の現実
建替えにかかる費用は、一般的に1戸あたり数百万円から1,000万円超、条件によってはそれ以上に達することも珍しくありません。建替え後のマンションが大きくなれば、新たに生まれる住戸(いわゆる「保留床」)を売却することで費用を圧縮できる場合もありますが、それには後述する容積率の余裕が必要です。
余剰容積がなければ売却できる住戸が生まれず、区分所有者が全額を自己負担することになります。老朽化マンションの所有者の多くが高齢であることを考えると、「1,000万円の一時負担が可能か」という問いは、非常に重い現実として迫ってきます。
建替え決議が成立しない理由
区分所有法では、建替えには区分所有者と議決権のそれぞれ5分の4以上の賛成が必要です(特別決議の詳細については別記事で解説しています)。これは100戸のマンションであれば80戸以上の賛成を得なければならないことを意味します。しかし実際の管理組合では、「建替えには賛成だが費用負担には反対」「賃貸に出しているので建替えより現状維持が得」「先祖代々の土地と思っており手放したくない」といった、立場と利害が異なる所有者が混在しています。
全員が同じ方向を向くことは、制度の問題というよりも人間関係と利害の問題として、現実にはきわめて難しいのです。
▼特別決議要件については、こちらの記事で詳しく解説しています。
成功率が低い構造的理由
国土交通省の資料によれば、マンションの建替え実績は累計でも300件程度にとどまっています。築年数の進行に伴い老朽化マンションが急増している一方で、建替えが実現しているのはそのごく一部に過ぎないのが実情です。

※引用:国土交通省 マンション建替え等の実施状況より
建替えが進まない背景については別記事で詳しく扱っていますが、ここで強調したいのは「失敗の多くが人間関係や利害対立に起因する」という点です。建物の問題ではなく、意思決定の問題で止まるケースが大半です。建物の物理的な老朽化は客観的な事実ですが、そこに住む人々の事情はまったく均一ではありません。合意形成のプロセスは数年単位に及ぶことも多く、その間に所有者が変わったり、反対派が増えたりすることもあります。
▼マンションの建替えが中々進まない理由については以下の記事で詳しく紹介しています。
「制度上できる」と「実際にできる」の違い
法律が建替えを認めていることは確かです。しかし制度は「できる枠組み」を定めているだけであり、「実際に動かす力」は枠組みの外にあります。費用を賄える財力、利害を調整できる合意形成力、事業として成立する立地条件——これらが揃って初めて、建替えは「可能性」から「現実」に変わります。
多くのマンションでこのどこかが欠けており、それが低い実現率の正体です。
建替えできるマンション・できないマンションの違い
建替えの実現可能性は、単に老朽化の度合いだけで決まるものではありません。費用や合意形成の問題に加え、立地や容積率、所有者の状況、管理状態といった複数の条件が重なって初めて成立します。ここでは、建替えが現実的な選択肢となるマンションと、そうでないマンションの違いを整理していきます。
容積率の余剰が事業性を決める
建替えが実現した事例にはいくつかの共通点がありますが、その中でも最も重要なのが「容積率に余裕がある」という条件です。たとえば横浜市の大規模団地である「プロミライズ青葉台」の建替えでは、敷地規模と容積率の余剰を活かして事業性を確保し、建替えを成立させています。
現在の建物よりも大きなマンションを建てられる余地があれば、増えた住戸を売却して建替え費用を捻出できます。逆に、すでに容積率の上限近くまで建てられているマンション——特に郊外の低層マンションや、かつての規制緩和で高密度に建設されたマンション——では、この「保留床による費用回収」が見込めません。郊外であっても、プロミライズ青葉台のように敷地規模や容積率の余剰を活かして事業性を確保できるケースはありますが、これは団地規模での再編を前提とした例外的な事例といえます。
事業性がなければデベロッパーも参入しないため、建替えは絵に描いた餅になりやすいのです。
▼プロミライズ青葉台(桜台団地)の建て替え事例については、以下の記事で詳しく紹介しています。
立地が成否を分ける
都心部と郊外では、建替えをめぐる状況がまったく異なります。都心の駅近物件であれば、新築後の住戸に高い売却価格が期待でき、事業として成立しやすくなります。一方、郊外の人口減少地域では、建替え後の住戸需要そのものが低く、デベロッパーが関与しない「自力建替え」になりがちです。
自力建替えでは費用のすべてを所有者が負担することになり、ますます合意が得にくくなります。
所有者属性が合意形成を左右する
建替えの議論が進みやすいマンションは、所有者の属性がある程度均質であることが多いです。実際に住んでいる居住者が多く、建替えに伴う仮住まいの費用や引っ越しの手間を許容できる経済力があり、長期的な資産価値向上に関心があるケース——こうした条件が揃って初めて、議論が前に進みます。
一方、高齢化が進んだマンションでは「自分が生きている間は今のままでよい」という意見が多数を占めやすく、また投資目的の区分所有者が多い場合は、賃料収入が途絶えることへの抵抗感から反対が増える傾向があります。
管理状態が建替えの議論に影響する
意外に見落とされがちな点として、「管理状態の良し悪しが建替えの実現可能性に影響する」ことが挙げられます。日常の管理が機能していないマンションでは、管理組合の運営自体が形骸化しており、建替えという大きな意思決定プロセスを回せる体制が整っていません。
逆に、長期修繕計画が適切に運用され、修繕積立金が計画通りに積み立てられているマンションは、組合運営の基盤が安定しており、建替えを議論するスタートラインに立てる可能性が高くなります。
成功事例が再現しにくい理由
メディアで紹介される建替え成功事例の多くは、「都心・高容積率・居住者主体・管理良好」という、複数の有利条件が重なったケースです。こうした事例をそのまま「建替えの一般的なモデル」と捉えることは危険です。
成功事例はあくまで例外であり、多くのマンションは一つ以上の条件を欠いています。団地型マンションではさらに複雑な合意形成が必要になることも、前述のプロミライズ青葉台の記事の通りです。
建替え以外の現実解|管理組合が取るべき選択
建替えが難しいと分かったとき、次に重要になるのは「ではどうするか」という視点です。多くのマンションでは、建替え以外にも現実的な選択肢が存在します。ここでは、管理組合が取るべき対応を整理していきます。
修繕・延命という現実的な選択肢
建替えが難しいとわかったとき、次に考えるべきは「いかに今の建物を長く、安全に使い続けるか」です。大規模修繕や設備の更新、耐震改修といった「延命の選択肢」は、建替えに比べて合意形成のハードルが低く、費用も分散できます。
改修という選択肢については別途解説していますが、適切な修繕を継続することで、建物の寿命を実質的に延ばすことは十分に可能です。
▼高経年マンションの延命化対策についてはこちらで詳しく紹介しています。
管理不全を防ぐことが最大のリスクヘッジ
建替えも修繕も、管理組合が機能していなければ始まりません。修繕積立金の不足、総会の形骸化、管理会社への丸投げ——こうした管理不全の状態に陥ると、いざ重要な意思決定が必要なときに組合としての力が発揮できなくなります。
老朽化マンションにおける管理不全は、建物問題であると同時に、組合運営の問題でもあります。
団地や大規模マンションが抱える特有の難しさ
棟数が多い団地型マンションや、戸数が数百戸に達する大規模マンションでは、通常の建替え議論よりもさらに複雑な合意形成が求められます。棟ごとに利害が異なり、一部だけ建替えたいという意見と全体で進めたいという意見が対立することもあります。
▼単棟型と団地型マンションでは所有や会計面でその形態が大きく違います。詳細は以下のコラムをご参照ください。
今、管理組合が確認すべきポイント
建替えを「将来の選択肢」として持ち続けるためにも、あるいは建替えによらず長く住み続けるためにも、今の管理組合がまず確認すべきことがあります。修繕積立金は長期修繕計画に照らして十分か、管理規約は実態に合った内容になっているか、総会に参加する所有者の割合はどの程度か
——これらは建替えの前提条件を知るためだけでなく、マンション全体の資産価値を守るための基本的なチェックポイントです。
建替えの前に問うべきこと|管理組合は機能しているか
マンション建替えは、建物の老朽化だけで決まるものではありません。費用、合意形成、立地条件、管理状態といった複数の要素が絡み合う「成立条件」の問題であり、多くのマンションでは建替えよりも前に、日常の管理と修繕に向き合うことが重要になります。
「建替えができるかどうか」を考える前に、「今の管理組合が正しく機能しているか」を問い直すこと——それが、老朽化マンションの区分所有者にとって最初の一歩であり、最も現実的な対応といえるでしょう。







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