理事会が回らないマンションが増えている現実
「次の理事のなり手がいない」「役員の高齢化で実務が止まっている」「毎回同じメンバーで形骸化している」……。
いま、全国の分譲マンションで、従来のような「居住者による輪番制の理事会運営」が限界を迎えています。こうした閉塞感の延長線上で、多くの管理組合が運営の仕組みそのものを見直す段階に入っています。
その中で浮上するのが「いっそ、理事会そのものをなくせないだろうか?」という問いです。
これまで「理事会があるのは当たり前」とされてきたマンション管理の常識が、今、根底から揺らいでいます。しかし、感情論や「楽になりたい」という一時の希望だけで理事会を廃止するのは危険です。廃止によって、今とは質の異なる「別の責任」や「別のコスト」が発生するからです。
本記事では、マンション管理士・ファイナンシャルプランナーとしての実務的知見に基づき、理事会廃止という選択が制度として成立するのか、そしてそこにはどのような実務上のリスクが潜んでいるのかを整理します。ご自身のマンションの資産価値を守るための「制度設計」という視点で、多角的に解説していきます。
なぜ今「理事会廃止」という発想が出てくるのか
理事会を廃止したいという相談は、単なる一時的な不満ではなく、運営が回らなくなった末の「制度変更の相談」として出てきます。その背景には、個別のマンションの事情を超えた、日本の分譲マンションが直面している構造的な変化があります。
運営が立ち行かなくなる典型的な要因
第一に挙げられるのは、役員のなり手不足と高齢化です。築年数が経過するにつれ、居住者の年齢層も上がり、健康上の理由や介護などの事情で役員を担えない世帯が増加します。一方で、現役世代は仕事や育児に追われ、負担の重い理事会活動を敬遠する傾向にあります。結果として、特定の数名に負担が集中するか、あるいは誰も引き受け手がいないという事態に陥ります。
第二に、運営の形骸化です。なり手不足の裏返しとして、特定の人物が長年理事長に居座り、透明性が失われてしまうケースが見受けられます。これは一見「回っている」ように見えますが、他の区分所有者の無関心をさらに加速させ、管理組合としての自浄作用を失わせる要因となります。
第三に、管理会社への過度な依存です。理事会は形式的に存在するものの、すべての議案が管理会社から提案された通りに承認されるだけの、いわゆる「シャンシャン総会」を前提とした組織になっている場合です。こうした状況では、「わざわざ集まって議論する意義があるのか?」という疑問が生まれるのは自然な流れと言えます。
自治という仕組みの変容
かつてマンション管理は、居住者による民主的な自治の象徴でした。しかし、ライフスタイルの多様化や建物の高経年化、管理に求められる専門性の向上により、「素人が片手間で管理を行う」こと自体の限界が露呈しつつあります。理事会廃止という発想は、単なる怠慢ではなく、これまでの自治の仕組みが現代の社会環境に適合しなくなった結果として現れている現象なのです。
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法律上、マンションの理事会は本当に廃止できるのか
一般論として、区分所有法上は「管理組合(団体)」や「管理者」の考え方が中心であり、理事会方式は規約設計の中で採用される運用形態のひとつと整理されます。
ここでいう「管理者」とは、法律上の肩書きとしての用語であり、実務的にはこれまで理事長が担ってきた代表・意思決定機能を引き受ける立場と考えると理解しやすいでしょう。
区分所有法における管理組合の構成
区分所有法では、区分所有者全員で管理組合(団体)を構成することが前提(第3条)になります。一方で、理事会という合議体の設置が、法律上ただちに必須とされているわけではありません。法律が求めているのは、管理組合を代表し、事務を執行する「管理者」を置くことができるという点です。
多くのマンションで理事会が存在するのは、標準管理規約をベースとした現行の管理規約において、理事会を設置することを定めているからです。したがって、規約を適切に変更し、制度設計をやり直すことで、理事会を置かない運営形態(第三者管理者方式など)を選択することは、制度設計上の選択肢になり得ます。
標準管理規約が理事会方式を採用している意図
国土交通省の「マンション標準管理規約」で理事会方式が標準とされているのは、重要な意思決定に複数の所有者が関与する「合議制」が、透明性と公平性を担保するのに適していると考えられてきたためです。多人数で議論し、相互にチェックし合うことで、特定の個人の独断を防ぐ狙いがあります。
制度設計における実務上の留意点
理事会を廃止する場合、まず整理しなければならないのは、これまで理事長や理事会が担ってきた役割を、誰が引き継ぐのかという点です。制度上は「管理者」という立場がその受け皿になりますが、これは単なる肩書きの変更ではありません。実質的には、理事長が担ってきた意思決定や対外的な代表機能を、一人の管理者に集約することを意味します。
そのため、誰を管理者とするのかだけでなく、その管理者の判断や業務執行を誰が、どのように監視するのかという責任構造を、規約の中で再定義する必要があります。日常的な修繕判断から、大規模修繕工事の準備、滞納者対応に至るまで、これまで理事会という合議体が担ってきた意思決定プロセスを、理事長の代替機能としてどう再構築するかが最大の論点になります。この制度設計には、高度な実務知識と慎重な議論が欠かせません。
理事会を置かないマンションで起きる現実
理事会がなくなれば、煩わしい役員業務や月例の会議から解放され、すべてが効率化されると期待する声もあります。しかし、現実はそれほど単純ではありません。理事会をなくすことは、これまでの負担を「別のリスク」や「別の責任」に置き換えることに他なりません。
意思決定の集中と合意形成の課題
理事会がない運営では、判断権限が管理者に集中します。その結果、個々の決定は早く見える一方で、区分所有者への説明や合意形成のプロセスが不足しやすくなります。理事会という「議論の場」がないことで、一部の区分所有者が「自分たちの知らないところで勝手に物事が決まっている」という不信感を抱くきっかけになり、結果として総会での紛糾や法的紛争を招くリスクが高まります。
区分所有者の当事者意識への影響
理事会というコミュニティや役員の輪番制は、良くも悪くも「自分たちのマンションである」という意識を持たせる機会でもありました。理事会を完全に廃止し、すべてを外部や特定の管理者に委ねてしまうと、区分所有者がマンション管理に関わる機会が激減します。その結果、建物や共有部分への関心や当事者意識が急速に薄れていくおそれがあります。
管理費がどのように使われているのか、修繕積立金は足りているのかといった重要な事項に誰も関心を持たなくなったとき、マンションのガバナンス(統治機能)は実質的に停止し、長期的には資産価値の維持に影響を及ぼす可能性があります。
発生する新たなコスト
これまで理事会がボランティアで行ってきた膨大な事務作業や判断を、誰か他の主体に委ねる場合、そこには必ず相応の対価が発生します。管理会社への委託費の増額、あるいは外部専門家への報酬など、現金支出としてのコストが増大することを組合員全員が受け入れなければなりません。「労力が減る分、支出が増える」という等価交換を理解し、合意を得ることは、多くの組合において容易なことではありません。
第三者管理者は「理事会廃止」の答えになるのか
理事会廃止の有力な受け皿として、現在多くのマンションで検討されているのが「第三者管理者方式(外部管理者方式)」です。これはマンション管理士や管理会社などの専門家を管理者に選任する手法ですが、これがすべてのマンションにとっての万能な解決策になるわけではありません。
第三者管理が機能するための前提条件
この方式を採用して健全な運営を維持するためには、制度設計の段階で以下の体制を整えることが重要です。
- 独立したチェック体制の確立: 管理者に全権を委ねる以上、その職務を厳格に監査する「独立した監事」の存在が不可欠です。監事まで管理会社関連から出すような構成では、チェック機能が働きません。
- 監査の頻度と報告様式の明確化: どのような頻度で、どのような項目をチェックし、それを区分所有者にどう報告するのか。この契約設計を曖昧にすると、管理者の暴走を止める手段がなくなります。
- 適正なコストの負担: 専門家としての責任を負わせる以上、それに見合う報酬が必要です。安価すぎる契約は、サービスの質低下や、不透明な形での利益回収を招くリスクがあります。
利益相反リスクと監督責任
特に注意が必要なのは、管理会社をそのまま管理者に選任するケースです。工事を発注する側(管理者)と受注する側(管理会社)が同一組織、あるいは密接な関係にある場合、「その工事金額は本当に妥当なのか」「本当に今必要な工事なのか」という検証が不十分になる利益相反のリスクが構造的に存在します。
第三者管理は「任せきりにできる魔法の杖」ではありません。むしろ、外部に実務を任せるからこそ、区分所有者には「管理者が適切に動いているかを監督する」という、これまでとは質の異なる高度な監督責任が求められるようになります。
外部管理者方式(第三者管理者方式)の全貌と課題
まとめ:理事会を「なくす」前に考えるべき本質
マンションの理事会を廃止し、理事会を置かない運営に移行することは、制度設計としては選択肢になり得ます。しかし、本質的な問題は「理事会の有無」そのものではありません。
真の問題は、「マンションのガバナンス(統治)が機能していない状態を放置すること」にあります。
理事会を維持するにせよ、廃止して第三者管理へ移行するにせよ、大切なのは「誰が、どのような権限で、誰のために決定し、それを誰がチェックするのか」という透明な仕組みが担保されているかどうかです。理事会の廃止は、現在の運営の苦しさから逃れるための「目的」ではなく、100年住み続けることができるマンションを維持するための「手段」であるべきです。
一度理事会を廃止し、外部管理者方式へ舵を切ると、数年後に「やはり自分たちでやりたい」と思っても、元の運営形態に戻すことは極めて困難です。専門的なノウハウが失われ、無関心が定着してしまった後では、自治の再建には多大なエネルギーが必要になります。
後戻りできない決定を下す前に、まずはご自身のマンションの現状を冷静に分析してください。
- 役員不足の原因は、単なる負担感なのか、それとも人間関係の固定化なのか。
- 理事会をなくすことで、本当に将来の資産価値を守れるのか。
- 外部に任せた際、それを監視し続ける熱意が区分所有者の中に残っているか。
これらの問いに対し、組合内で丁寧な議論を尽くすことこそが、今求められている本当の「管理」ではないでしょうか。



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