マンション管理の現場で長年見てきた経験から断言できることがあります。将来の修繕や支払いに不安を抱える管理組合には、高い確率で共通点があります。それは「月次収支を見ていない」という一点です。
理事会の議事録を見れば一目瞭然で、毎回「決算を承認しました」「監査報告を受けました」という記録はあっても、「今月の予算執行率が想定を超えています」「滞納残高が3か月分を超えました」といった議題が登場しない。年次でしか動かない理事会は、問題が顕在化してから対応する“事後処理型”の運営になりがちです。
本稿では、年次決算では防げない資金リスクを月次でどう管理すべきか、その具体的な視点を整理します。
なぜ年次決算では遅いのか
その理由は、決算という仕組み自体が持つ性質にあります。
決算書は「結果報告」にすぎない
管理組合の定期総会で承認される収支決算書は、あくまでも1年間の結果を整理した報告書です。企業会計でいえば有価証券報告書に相当するもので、経営判断に使うツールではありません。決算書を見て「ああ、今年は修繕費が予算を超えたのか」と気づいても、そのときにはすでに資金は出ていったあとです。対策を打つ余地はゼロです。
月次収支とは、毎月の収入と支出を間を空けずに把握する行為です。決算書が一年分をまとめた事後報告であるのに対し、月次収支は直近の状況をタイムリーに確認するための管理資料です。この根本的な違いを理解せずに「うちは毎年決算をきちんとやっています」と言う理事長は、決算書だけを見て管理していると考えるのは、過去の記録だけで現在を運営できると考えるのと同じです。
予算超過は「月次」で始まっている
年次決算で初めて判明する予算超過は、実は数か月前から月次レベルでシグナルを発しています。たとえば植栽管理費が1月から毎月予算を5%超過していたとします。年間を通じると、当初予算を大幅に上回る可能性がありますが、1月に気づいていれば、2月以降の発注見直しや予備費の振替で対応できます。月次で見なければ、積み重なった超過額が年度末に一気に顕在化し、理事会は後手を踏み続けることになります。
さらに重要なのは、管理費等の収支に関する予算は総会決議事項だということです。管理組合の予算は区分所有者全員が総会で承認したものです。それを超過するということは、本来であれば臨時総会を招集して承認を得るプロセスが必要になる場合があります。理事会として説明責任を問われかねない状況になります。月次でモニタリングすることは、管理組合の民主的ガバナンスを守ることでもあります。
滞納は早期対応を逃すと致命傷になる
管理費等の滞納は、発生から3か月以内に手を打てるかどうかで、回収率が劇的に変わります。実務上、滞納は発生から3か月以内の対応が極めて重要とされています。3か月以内であれば、督促状と電話でほぼ解決できます。しかし6か月を超えると、内容証明郵便から支払督促、少額訴訟、そして強制執行という法的手続きに移行しなければならなくなります。コストも時間も、桁違いにかかります。
年次決算ベースで動いている理事会は、3月に「昨年度の未収管理費が累積しています」と気づきます。しかし被害が始まっていたのは前年の4月です。その時点で対応していれば、弁護士費用も裁判費用も不要だったケースが、私の経験では圧倒的多数を占めています。
月次で理事会が必ず見るべき3つの指標
月次収支で見るべき指標は、決して複雑ではありません。マンション管理士であり、財務経理の実務にも長年携わってきた立場から申し上げると、以下の3つを毎月確認することで、重大な資金トラブルの多くは早期に兆候を把握できます。
予算執行率(予算対比)
予算執行率とは、年間予算のうち何パーセントを消化したかを示す指標です。計算式は「当期支出累計 ÷ 年間予算額 × 100」です。たとえば7月末時点であれば、年間の7/12、つまり約58.3%程度の執行率が理論上の標準です。これを大幅に超えている科目があれば、要注意のサインです。
理事会では毎月、管理会社から提出される収支報告書の科目別執行率を確認してください。全科目を確認する必要はありません。ポイントは「予算比で大きく乖離している科目(目安として±10%程度)」に絞って議題にすることです。清掃費、エレベーター保守費、植栽費、水道光熱費の4科目は、季節変動が大きく超過しやすいので特に注意が必要です。
実務ポイント:予算を大幅に超過する支出が発生する場合、管理規約の定めによっては臨時総会の承認が必要になります。「理事会の専決事項」として処理できる範囲を事前に確認しておくことが重要です。予備費への振替で逃げきれる金額の上限を知っておくことも、理事長の責務です。
管理費等滞納残高と滞納率
滞納の管理で最も重要なのは、「件数ではなく月数で見る」という視点です。滞納件数が2件であっても、1件が18か月分の長期滞納であれば、深刻な回収困難案件です。一方で5件あっても全員が1か月以内の短期滞納であれば、督促状1枚で解決することがほとんどです。
毎月の理事会では「滞納3か月以上の案件数と金額」を必ず確認する習慣をつけてください。この数字がゼロを維持できていれば、資金繰り上の大きなリスクはほぼありません。逆に3か月超の案件が複数あれば、それは経営上の危機信号です。管理会社に対して回収方針の報告を求め、法的手続きへの移行判断を明確にすることが理事会の役割です。
自治体の管理計画認定制度においても、修繕積立金について3か月以上の滞納があるかどうかは審査項目の一つとされています。修繕積立金は将来の大規模修繕を支える基盤資金であり、その滞納状況が公的な評価基準に組み込まれているという事実は、管理組合にとって「3か月」という期間が早期対応の一つの実務的目安であることを示しています。
具体的には、以下の視点で見ておくとよいでしょう。
▼認定制度の審査基準についてはこちらから
3か月以上の滞納額
3か月以上の滞納額とは、例えば、とある管理組合の修繕積立金において以下のような滞納状況であったとします。
| 組合員 | 26年2月 | 26年1月 | 25年12月 | 25年11月 | 25年10月 | 合計 |
| A | 10,000 | 10,000 | 10,000 | 0 | 10,000 | 40,000 |
| B | 20,000 | 0 | 20,000 | 20,000 | 20,000 | 80,000 |
| C | 0 | 0 | 15,000 | 15,000 | 0 | 30,000 |
3か月以上の滞納額とは、累計3か月以上の滞納がいくらになっているかを算出するもので、古い方から数えて3か月を超える部分として
A:10,000(25年12月)+10,000(25年10月)=20,000
B:20,000(25年11月)+20,000(25年10月)=40,000
C:0(滞納は2か月分のため)
合計:20,000+40,000=60,000
と算出します。
3か月以上の滞納率
例えば、上記の管理組合の全戸の月額修繕積立金が100万円であった場合の26年2月時点の滞納率は、
26年2月時点の滞納率:60,000÷1,000,000=0.06→6.0%
という具合に計算します。
管理計画認定制度の場合は、
✅直近決算時点で3か月以上の滞納が1割(10%)以内であること
が条件であることから、上記の場合は認定基準をクリアしているという見方になります。
理事会として回収方針を文書化しておくことも重要です。「滞納3か月で内容証明、6か月で法的手続き」という基準を事前に決めておけば、担当理事や管理会社が迷わずに動けます。方針がなければ、感情論で対応が遅れるか、逆に過剰な対応をして区分所有者関係を悪化させるかのどちらかです。
▼管理費等滞納に愛する改修実務はこちらで細かく紹介しています。
実質資金残高(=資金余力の確認)
理事会で「通帳の残高を確認しました」という報告を見かけることがあります。しかしこれだけでは不十分です。通帳残高はあくまで銀行口座の残高であり、それだけで資金余力があるとは判断できません。
理事会が確認すべきなのは、資金の循環が無理なく回っているかどうかです。管理費や修繕積立金の入金と、業者への支払いが健全なバランスで推移しているか。これを確認することが3つ目の指標の本質です。
その判断材料として、まず未払金の推移を確認します。未払金自体は通常の資金循環の一部ですが、残高が月をまたいで膨らみ続けていないか、翌月入金で吸収できる範囲に収まっているかを見ます。
次に、会計区分による使用制限を確認します。修繕積立金会計と管理費会計は原則として分離されており、残高があっても自由に使えるわけではありません。修繕積立金を管理費の不足補填に流用することは規約違反となり得ます。
このように、単純な計算式で実質資金残高を求めるのではなく、「資金余力が維持されているか」という視点で確認することが重要です。
予備費という統治リスク
月次管理の文脈で必ず触れておかなければならないのが予備費の問題です。予備費とは、予算外の支出に備えて計上しておく科目です。管理組合によっては年間管理費収入の5〜10%相当を予備費として計上しているケースもあります。
予備費が難しいのは、総会であらかじめ予算として承認されているため、その範囲内であれば理事会決議のみで支出できる点にあります。形式上は総会の議決を経ているため問題はありませんが、追加の総会承認を要しないことから、執行のハードルが下がりやすいという側面があります。
しかしこの「便利さ」は、財務統制の弱体化と表裏一体です。予備費を頻繁に使う理事会は、予算管理の規律が緩んでいることが多い。「予算が足りなくなったら予備費で補填すればいい」という発想が定着すると、月次での予算管理意識が希薄になります。
現役マンション管理士として見てきた問題事例の中に、複数年にわたって予備費を毎年使い切っているにもかかわらず、翌年も同額の予備費を計上し続けていた管理組合があります。本来であれば、毎年使い切る科目の支出は予算に組み込むべきです。予備費の使用実績を月次でモニタリングし、その使途と理由を議事録に明記する習慣が、健全な財務ガバナンスの基本です。
さらに厄介なのは、予備費の安易な活用が修繕積立金の計画を歪めるケースです。本来は修繕積立金で対応すべき小修繕を管理費の予備費で処理すると、長期修繕計画の費用精度が下がります。
予備費はあくまでも「真に予測不能な支出のための緊急資金」であり、計画的な支出の穴埋めに使うものではありません。
▼予算についての条文解説はこちらから
月次を見ることは「経営行為」である
最後に、月次管理の本質について整理します。理事会の主たる役割は、総会で承認された予算と計画に沿ってマンション管理を執行することです。これは単なる確認作業ではありません。毎月の財務状況を把握し、逸脱があれば是正し、必要に応じて区分所有者に説明する。これは明確な経営行為です。
「確認しました」で終わるだけでは、統治機能を果たしているとは言えません。管理の主体は管理会社ではなく、区分所有者で構成された管理組合です。月次収支を自らの言葉で議題にし、数字の背景を問い、判断を下す。それが理事会本来の姿です。
月次で資金の動きを確認しない理事会は、資金循環の歪みに気づくのが遅れます。その結果として、修繕延期や臨時徴収といった対応を迫られる可能性が高くなります。資金ショートは突然起きるものではありません。必ず数か月前から月次の数字に予兆が現れます。
今月の理事会で最低限確認すべきことは次の3点です。
(1)予算執行率が想定範囲内に収まっているか
(2)滞納3か月以上の案件が発生していないか
(3)資金余力が維持されているかを確認する
(未払金の推移と会計区分の制約を含めて判断する)
この3点を議事録に具体的に記録することから始めてください。
毎月3つの視点で資金の状態を確認する。それだけで、多くのマンションが抱える財務リスクは早期に可視化されます。管理組合の財産を守るのは、資料の厚みではなく、数字を読み取り判断する理事会の姿勢です。今月の理事会から、その姿勢を実践してください。




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