はじめに:保険料高騰で「管理費会計」が破綻する日
「来期の火災保険の更新見積もりが届いたが、目を疑った。前回より保険料が2倍、3倍になっている…」 「10年前は数百万円で済んでいたのに、今回は1,000万円を超えている。管理費会計の残高だけでは到底払えない…」
今、全国のマンション管理組合の理事会で、このような悲鳴が上がっています。 ここで、多くの理事会が悪魔の囁きに惑わされます。 「管理費が足りないなら、修繕積立金から借りればいいじゃないか」
絶対にやめてください。それは「禁じ手」です。
国土交通省の「標準管理規約」において、保険料は「管理費会計」から支出することが原則とされており、修繕積立金を取り崩して充当する運用は、本来の用途や趣旨に反する行為です。
※標準管理規約27条(管理費の使途)は、保険料が管理費会計から支出される旨を定めています。
そして、ここが最も重要な点ですが、この「修繕積立金の管理費への充当」を行っている場合、国が推進する「管理計画認定制度」においては、例外なく不認定(アウト)となります。 実際の審査実務においても、修繕積立金の目的外流用が確認された時点で、認定取得は不可能です。
※管理計画認定制度は、行政がマンションの健全性を公式に評価する制度であり、融資判断や税優遇にも影響します。
つまり、「管理費が足りないから積立金で払う」という安易な判断は、マンションの資産価値維持や固定資産税の減税措置認定などに直結する重大なリスクを招くのです。
今の管理組合は「保険料は払えない、でも積立金には手を付けられない」という、まさにチェックメイト(詰み)の状態に追い込まれています。
この絶体絶命のピンチを乗り切る唯一の道は、こちらから「条件指定(スペックダウン)」を行い、能動的にコストを削ぎ落とすことだけです。 今回は、マンション管理士でありFPでもある筆者が実践している、「保険料を極限まで下げるための交渉レバー」を公開します。
第1章:【最強のレバー①】「免責金額」を恐れるな
保険料を下げるために、まず最初に見直すべきは「免責金額(自己負担額)」です。
免責0円は「贅沢品」である
あなたのマンションの現在の保険証券を見てください。「免責金額」が「0円」や「1万円」になっていませんか? これは、「どんな小さな事故でも保険金が出る」という契約ですが、今の時代、これは超高級な「贅沢プラン」です。
数万円の修理代を保険で賄うために、年間数十万円も高い保険料(掛け捨て)を払い続ける。これは経済合理性から見て本末転倒と言わざるを得ません。
免責10万円で世界が変わる
おすすめは、思い切って免責金額を「5万円」、あるいは「10万円」に設定することです。 物件の条件にもよりますが、一例として、これだけで保険料総額が20〜30%下がるケースもあります。
- 考え方の転換: 「10万円以下の小さな事故は、今まで通り『小修繕費(管理費)』で直す」と割り切る。
5年間で数回あるかないかの小事故のために高い掛け金を払うより、確実に発生する「毎年の保険料」を下げる方が、長期的なキャッシュフローは改善します。
第2章:【最強のレバー②】「付保割合」の常識を疑え
ここが今回の記事の核心、プロの削減テクニックです。 多くの管理組合が、保険会社の言いなりで「評価額の100%」で保険を掛けていますが、あなたのマンションに本当にそれが必要ですか?
RCマンションが「全焼」するケースは極めて稀
木造アパートならいざ知らず、鉄筋コンクリート(RC)造のマンションが、通常の火災で「全焼・全壊」し、基礎から全て作り直しになる確率はどれくらいあるでしょうか? もちろん、立地条件や周辺環境(延焼リスク)、建物の構造によっては例外もあり、すべてのマンションに当てはまる一般論ではありません。 しかし、一般的なRC造マンションにおいて、躯体まで完全に全損するケースは極めて稀であることも事実です。
※もちろん「火災が起きない」という意味ではなく、RC造で建替レベルの全損となるケースが極めて稀、という趣旨です。
つまり、「建物をゼロから建て直す費用(再調達価額の100%)」を確保する必要性は、実は低いのです。
【実例】付保割合を「30〜40%」に下げたマンション
実際に、筆者が関与したあるマンションでは、更新見積もりが予算を大幅に超過したため、リスク評価を慎重に行った上で、付保割合を30〜40%に設定した事例があります。
- 地盤が強固で、水災リスクも極めて低い。
- RC造で延焼リスクが低く、全損シナリオの可能性が小さい。
こうした条件を精査し、“必要な補償を確保しつつ、現実的に支払えるライン”として採用されたのです。
※なお、このような設定を行う場合は、必ず保険代理店や専門家と協議し、理事会・総会でリスクとメリットを丁寧に説明したうえで決定することが前提となります。また、保険会社の商品規定によっては、引き受けが制限される場合もあります。
「実損てん補」の確認を忘れずに
ただし、絶対に注意すべき点があります。付保割合を下げる際は、必ず「実損てん補(実損払い)」の契約になっているか確認してください。
なお、保険会社によっては「実損てん補特約」という名称が存在しないこともあります。商品そのものが実損払い型として設計されている場合もあるため、名称の有無ではなく、比例てん補にならず損害額がそのまま支払われる仕組みかどうかを確認することが重要です。
これを確認せずに付保割合を下げてしまうと、支払われる保険金まで比例して削減される「比例てん補」が適用される恐れがあります。取扱いは保険会社や商品によって異なるため、必ず約款を確認し、付保割合を下げても実費が満額支払われる(=実損てん補)契約であることを押さえておく必要があります。ここが交渉の生命線です。
第3章:【特約の断捨離】「水濡れ原因調査費用」だけは死守せよ
コストカットのために何でも削れば良いわけではありません。 マンション管理において「絶対に外してはいけない特約」があります。
死守すべきは「水濡れ原因調査費用特約」
マンションで発生する保険事故の多くは、火災ではなく「給排水管からの漏水」です。 実際、筆者が関与した複数のマンションでも、漏水事故は過去数年間に複数回発生している一方、火災事故は一度も起きていません。
被害を受けた部屋の内装復旧費は「個人賠償責任保険」などでカバーできますが、問題は「壁の中のどこから漏れているか?」を特定するための調査費用です。
壁を壊して調査する費用は、数十万円〜100万円単位になることもあります。
※漏水調査は「内装補修」ではなく構造体の破壊を伴うため、1回の調査で30〜100万円規模になることも珍しくありません。
この「水濡れ原因調査費用特約」だけは、どんなに保険料を削っても絶対に付帯してください。ここをケチると、漏水事故のたびに管理組合会計が大赤字になります。
削減候補の特約リスト
逆に、以下の特約は予算優先なら外す検討候補となります。
- 臨時費用特約(事故時諸費用特約): 事故時のお見舞金(+10〜20%)。あれば嬉しいですが、今の高騰局面において予算を優先するなら、カット候補となる「贅沢オプション」です。
- 建物電気的機械的事故特約: 給水ポンプ等の故障補償。メーカーや管理会社との「保守契約」で故障時の費用が十分カバーされているなら、重複部分については外す選択肢があります。
第4章:管理会社(代理店)を動かす「魔法の指示書」
ただ「安くして」と伝えても、管理会社(代理店)は動きません。 次回の理事会までに、以下の条件をメールで送ってください。これだけで、出てくる見積もりは劇的に変わります。
【件名】次期火災保険更新に関する「条件指定」見積もりのご依頼
管理会社ご担当者様
次回の火災保険更新にあたり、経費削減のため以下の条件での「比較検討用プラン」を必ず提示してください。
- 免責金額: 「5万円」および「10万円(推奨)」の2パターン
- 付保割合(保険金額):
- パターンA:評価額の 60%設定
- パターンB:評価額の 30〜40%設定(※要実損てん補確認)
- 特約の指定:
- 「水濡れ原因調査費用特約」は必須付帯
- 「臨時費用特約」「電気的機械的事故特約」を外したプランも作成
なお、今回は条件検討のための比較資料ですので、引受可否に関わらず必ず全パターンをご提示ください。
以上、よろしくお願いいたします。
まとめ:保険料削減は、理事会の「知恵」と「覚悟」次第
「保険料が数倍になる」という通知を見て、諦めるのはまだ早いです。 保険会社の商品はパッケージ化されていますが、中身をカスタマイズする権利は契約者である管理組合にあります。
- 10万円以下の小さな事故は自腹で直す覚悟(免責アップ)
- 「全焼」リスクの冷静な評価(※立地等の個別要因による付保率の適正化)
- 本当に怖い「水漏れ調査」だけは死守する知恵
この3つの視点を持つだけで、物件や元の契約条件によっては、提示された見積もりから数百万円単位で削減できる可能性があります。 浮いたお金は、将来必ずやってくる大規模修繕のために温存してください。 管理会社や代理店の「定価」を鵜呑みにせず、賢い「条件指定」で、大切な資産を守り抜きましょう。
保険料は「言われたまま払う時代」ではありません。まずは、この3つの条件指定メールを代理店へ送ることから始めてください。





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