近年、首都圏のマンション大規模修繕工事を巡る談合疑惑が大きく報道され、多くのマンション管理組合や住民に衝撃を与えています。長年にわたり、私たちの住まいの維持に不可欠な工事において、不透明な慣習が繰り返されてきた疑いが強まっているのです。本稿では、これまでの経緯、関与が疑われる企業、そして管理組合が自らの資産を守るために知っておくべき自己防衛策について解説します。
明らかになった談合疑惑の経緯と関与企業
談合疑惑発覚の経緯
事の発端は、2025年3月4日、公正取引委員会(公取委)が独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで、関東地方におけるマンション大規模修繕工事の主要事業者約20社に対し、立ち入り検査を行ったことです。
その後、公取委の調査は拡大し、3月31日には新たに清水建設の完全子会社であるシミズ・ビルライフケアや業界大手の建装工業を含む数社が追加で立ち入り検査を受け、対象業者は約25社に。さらに、4月23日には、大京グループの大京穴吹建設や三井住友建設グループのSMCRなど数社にも立ち入り検査が行われ、疑惑の対象は30社超にまで広がっています。
関与が疑われる主な企業
現時点で報道により名前が明らかになっている主な関与企業は以下の通りです:
- SMCR(東京・中央)
- 建設塗装工業(東京・千代田)
- 建装工業(東京・港)
- シミズ・ビルライフケア(東京・中央)、清水建設の子会社
- シンヨー(川崎市)
- 大京穴吹建設(高松市)、大京グループの子会社
- 大和(横浜市)
- 中村塗装店(東京・品川)
- 日装・ツツミワークス(東京・豊島)
- 長谷工リフォーム(東京・港)、長谷工コーポレーション傘下
- 富士防(神奈川県横須賀市)
- YKK APラクシー(千葉県松戸市)
- リノ・ハピア(東京・大田)
これらの企業は、マンション管理組合が発注する大規模修繕工事の見積もり合わせや入札において、事前に受注業者や受注額を調整していた疑いが持たれています。
公取委は、これらの工事業者が首都圏のマンション工事を分け合うことで、各社が安定的な利益確保を図っていたと見ています。また、設計コンサルタントが受注過程に関与している疑いも指摘されており、公取委は談合解明にコンサルタント側の調査も不可欠と判断しています。
管理組合が見極めることの難しさ
マンションの大規模修繕工事は、通常12~15年ごとに行われる、マンションの維持・資産価値向上に不可欠な工事です。しかし、その専門性の高さから、多くの管理組合にとって工事内容や費用の妥当性を判断することは非常に困難です。
談合の疑いがあるケースでは、設計コンサルタントがその過程に関与していると指摘されています。マンション修繕工事の発注方法の約8割を占めるとされる「設計監理方式」では、管理組合が選定した設計コンサルタントが修繕計画を作成し、工事の進捗を監視します。
本来、コンサルタントは専門的な知識で管理組合をサポートし、適切な業者選定や工事監理を行うべき立場です。しかし、実際には、コンサルタントが特定の工事業者と結びつき、談合を主導したり、便宜を図るといった不透明な慣習が長年続いてきたとされています。
このような状況下では、管理組合が複数の業者から見積もりを取ったとしても、事前に調整された金額が提示されるため、適正な価格を把握することは極めて困難です。また、工事内容についても、専門的な知識がない管理組合は、コンサルタントや業者の説明を鵜呑みにせざるを得ない場合が多く、不必要な工事や高額な材料が紛れ込んでいても気づきにくいという構造的な問題があります。
明るみになったことで期待されるチェックの強化
今回の談合疑惑の大規模な報道と公取委の本格的な調査により、長年続いてきたとされる業界の不透明な慣習に光が当たりました。これまで、管理組合にとってブラックボックスであった大規模修繕工事の裏側が白日の下に晒されたことで、今後は以下のような変化が期待されます。
- 管理組合の意識向上: 報道を通じて、談合のリスクや手口を知った管理組合は、これまで以上に業者選定や見積もり内容に対して慎重な姿勢で臨むようになるでしょう。
- コンサルタント選定の厳格化: 談合におけるコンサルタントの役割が指摘されていることから、管理組合はコンサルタントの選定においても、実績や透明性、独立性などをより厳しく評価するようになる可能性があります。
- 入札・見積もりプロセスの見直し: 競争原理が働きにくい従来の入札・見積もりプロセスを見直し、より透明性の高いプロポーザル方式などを採用する管理組合が増えるかもしれません。プロポーザル方式では、複数の施工会社から管理組合の要望に合わせた提案を受け、比較検討することができます。
- 業界全体の透明化: 公取委の調査が進み、不正行為が明らかになれば、談合に関与した企業は法的責任を問われることになります。これにより、業界全体としてコンプライアンス意識が高まり、健全な競争環境が醸成されることが期待されます。
不適切コンサルタントの存在:2017年の国土交通省アラート
国土交通省は、2017年にマンション管理組合の団体に対し、一部の設計コンサルタントがバックマージンを受け取り、特定の業者が工事を受注できるよう工作しているとして注意を促す通知を出しています。
具体的には、以下のような事例が報告されています:
- コンサルタントが特定の業者に見積もり内容を事前に漏洩する。
- コンサルタントが管理組合に対し、特定の業者を強く推奨する。
- コンサルタントが、実際には必要のない工事を提案に盛り込むよう業者に指示する。
- コンサルタントが、工事費の一部をバックマージンとして業者から受け取る。
国土交通省は、このような不適切なコンサルタントの行為が、工事費の高騰を招き、管理組合に不利益をもたらすとして警鐘を鳴らしました。しかしながら、このような裏で行われる行為を管理組合が発見することは非常に困難であり、今回の談合疑惑の一因になったと考えられます。
国土交通省 設計コンサルタントを活用したマンション大規模修繕工事の発注等の相談窓口の周知について(通知)
また、当時の石井啓一国土交通大臣の会見要旨にも記載があります。
(問)マンションの大規模修繕工事に関する実態調査の結果が先週公表されました。これの受け止めなどお聞かせください。
(答)今後、老朽化した分譲マンションストックの増加が見込まれる中、長期的な計画に基づき、適時適切な修繕工事が実施されることが重要であります。
このため、国土交通省では、平成20年6月に「長期修繕計画作成ガイドライン」を作成いたしまして、一般的に12年程度の修繕周期で実施されます大規模修繕工事等に関しまして、標準的な工事の項目等を示しているところであります。
昨今、マンション大規模修繕工事におきまして、施工会社の選定に際して、不適切な工作をおこなう設計コンサルタント等の存在が指摘されており、国土交通省ではマンション管理組合に注意喚起を行うとともに、公的な相談窓口の活用を促す旨の通知を、平成29年1月に発出したところであります。
更に今回初めて、マンション管理組合等がマンション大規模修繕工事やコンサルタント業務が適切かどうかを判断するための参考としていただくために、大規模修繕工事の工事の内訳、工事金額、設計コンサルタント業務の業務内訳、業務量等についての実態調査を実施いたしまして、その結果を公表したものであります。
大規模修繕工事を実施しようとする管理組合等は、設計コンサルタントや施工会社から提出される見積り内容と今回の調査結果とを比較して、事前に検討することによりまして、適切な工事発注等に活用することが可能となります。
国土交通省では、今回の調査結果の有効活用と併せまして、必要に応じて公的な相談窓口の活用を通じて、適切な工事発注が行われるよう取り組んでまいりたいと考えております。
この石井啓一国土交通大臣の会見は2018年5月15日(火)に行われたものですが、以降、7年が経過していても変わらなかったということは、業界の悪しき商慣習やその根深さを感じさせるものがあります。
管理組合として取るべき自己防衛策
冒頭に挙げられた企業によって大規模修繕工事を行った管理組合としては、非常に残念な思いでいると思います。
管理組合に対してどのような対策が講じられるのか分かりませんが、今後大規模修繕工事を予定している管理組合としては、非常に不安なところもあるでしょう。
特に、現時点で工事中の管理組合は、果たして適切な金額で工事がなされているのか、改めて確認する必要がありそうです。
また、今回の事件を踏まえ、今後大規模修繕工事を検討している管理組合は以下の点に注意し、自己防衛策を十分に講じる必要があります。
- 複数の業者から見積もりを取得する: 形式的な見積もりだけでなく、工事内容の詳細な説明を求め、比較検討を綿密に行うことが重要です。
- コンサルタントの選定を慎重に行う: 実績、評判、専門性はもちろんのこと、特定の業者との癒着がないかも確認する必要があります。複数のコンサルタントから話を聞き、比較検討することも有効です。
- 見積もり内容の精査を怠らない: 専門家であるコンサルタントの意見も参考にしながら、本当に必要な工事なのか、材料の価格は妥当かなどを綿密に確認することが重要です。必要に応じて、複数の専門家の意見を聞くことも検討しましょう。
- プロポーザル方式の採用を検討する: 複数の業者から提案を受け、価格だけでなく、技術力や実績、管理組合への提案内容などを総合的に評価することで、より透明性の高い業者選定が可能になります。
- 長期修繕計画の見直し: 計画された修繕費用が市場価格と乖離していないか、定期的に見直すことが重要です。
- 情報公開と透明性の確保: 理事会や修繕委員会だけでなく、組合員全体に対して工事に関する情報を共有し、理解と協力を得ることが自己防衛の第一歩です。
- 不審な動きには臆せず声を上げる: 見積もり価格が異常に高い、特定の業者が強く推奨されるなど、不審な点があれば、理事会や管理会社に問題を投げかけ、細かな説明を求めることが重要です。
今回の談合疑惑は、マンション管理における長年の課題を浮き彫りにしました。管理組合が自己防衛意識を高め、透明性の高い業者選定と工事監理を行うことで、事態の再発を防ぎ、大切な資産を守っていく必要があります。
そして、今回の事件を教訓とし、より健全なマンション管理の実現に向けて、業界や工事関係者が管理組合からの信頼回復のために真摯に取り組むことが求められます。
談合問題に関する啓蒙用動画を紹介
以下、管理組合に役に立つ談合問題に関する啓蒙用の動画をまとめます。
マンション大規模修繕工事 【談合問題】の原因と防止策を徹底解説(令和7年3月4日報道)
株式会社スマート修繕の解説です。非常に分かりやすく、細いながらもコンパクトに解説されています。不正行為を防止するための注意点等についても必見の内容です。
ついに公正取引委員会が動いた!マンション大規模修繕工事の「談合」疑い…修繕積立金を守るための3つの対策を徹底解説!【さくら事務所】
大手マンション管理士事務所の株式会社さくら事務所の解説です。談合の裏側の仕組みや談合を防ぐための対策が非常に分かりやすく解説されています。
大規模修繕工事で談合を防ぐ方法
マンション管理士中心の専門家集団であるプロナーズが2年前に挙げた内容です。この頃から談合を防ぐ対策が啓蒙されていました。
コメント