はじめに――なぜ「棟総会の専決事項」が重要なのか
団地型マンションは、複数の棟(建物)が一体的に管理される形態です。団地全体の共用部分(敷地・集会所など)の管理は「団地総会」が担い、各棟固有の事項は「棟総会」が担うという二層構造が、その統治機構の根幹をなしています。団地型マンション標準管理規約(以下「標準管理規約」)の第72条は、この二層構造において「棟総会でなければ決議できない事項」を列挙した規定です。すなわち、棟総会の「専決事項」を定めたものといえます。
ここで重要なのは、第68条・第69条が棟総会の「開き方(手続)」を整える条文であるのに対し、第72条は棟総会で「何を決めるのか(権限配分)」を確定させる条文だという点です。団地型は、団地全体の意思決定に集約しきらず、棟の自己決定領域を明確に残すことで全体を動かす――いわば「分権型の統治モデル」として設計されています。第72条は、その分権設計の中核に位置します。
この条文が実務で特に重要になるのは、主に次の三つの場面です。第一に、個別棟の規約変更や問題行為者への法的対応が必要になった場面。第二に、建物の一部が滅失・老朽化し、復旧や建替えを検討する段階に入った場面。第三に、改正区分所有法(令和7年改正で令和8年4月1日から施行。以下同様)により新設された「建物の更新」「取壊し」「一括建替え承認決議」への対応が求められる場面です。
理事・理事長・区分所有者の皆さまにとって、「この決議はどちらの総会で行うべきか」を正確に把握しておくことは、決議の有効性を左右する本質的な問題です。誤った決議主体で可決しても法的に無効となるリスクがあるため、本条文の構造と実務的意味を丁寧に理解しておく必要があります。
▼第68条、69条関連コラムは以下を参照ください。


規約第72条の解説――各号の制度趣旨と実務上の注意点
第72条は六つの号で構成されており、いずれの事項も、団地総会では決議することができず、棟総会の決議を経なければなりません。以下、各号を順に解説します。
※赤字は令和8年4月1日施行の区分所有法改正に伴う標準管理規約の改正箇所です
(議決事項)
第72 条 次の各号に掲げる事項については、棟総会の決議を経なければならない。
一 区分所有法で団地関係に準用されていない規定に定める事項に係る規約の制定、変更又は廃止
二 区分所有法第57条第2項、第58条第1項、第59条第1項又は第60条第1項の訴えの提起及びこれらの訴えを提起すべき者の選任
三 建物の一部が滅失した場合の滅失した棟の共用部分の復旧
四 区分所有法第62条第1項の場合の建替え、区分所有法第64条の5第1項の場合の建物の更新及び区分所有法第64条の8第1項の場合の取壊し
五 区分所有法第69条第7項の建物の建替えを団地内の他の建物の建替えと一括して建替え承認決議に付すこと
六 第29条第1項第四号に定めるマンション再生等に係る合意形成に必要となる事項の調査の実施及びその経費に充当する場合の各棟修繕積立金の取崩し
第一号 区分所有法で団地関係に準用されていない規定に係る規約の制定・変更・廃止
区分所有法は、団地関係の規定(第65条以下)において、単棟型の規定の一部を準用し、その他の規定については準用していません。準用されていない規定に係る事項とは、区分所有法が団地関係において明示的に準用していない条文に基づく規律を意味します。したがって、その内容が棟固有の法律関係に関わる場合には、団地総会ではなく棟総会で決定することになります。
これらの事項は、団地全体の合意ではなく、当該棟の区分所有者のみが法律上の利害関係人となる事項であり、団地全体の区分所有者を議決主体とする合理性がないため、棟総会の専決事項とされています。反対に、団地全体に共通する規約の制定・変更・廃止は団地総会の権限であり、混同しないよう注意が必要です。
実務上の注意:棟内の使用細則を改定する場合でも、その内容が団地全体の規約と抵触しないかを事前に確認することが重要です。団地理事会への事前報告が求められます(後述の国交省コメント②参照)。
第二号 区分所有法第57条・第58条・第59条・第60条の訴えの提起及び提起者の選任
これらは、問題行為を繰り返す区分所有者に対して管理組合が法的手段を講じるための条文です。具体的には、区分所有法第57条第2項(共同の利益に反する行為の停止請求)、第58条第1項(専有部分の使用禁止請求)、第59条第1項(区分所有権の競売請求)、第60条第1項(占有者に対する引渡し請求)の各訴訟が対象です。
これらの訴えは、問題となっている棟の区分所有者の生活環境・財産権に直接影響するため、棟の区分所有者による棟総会の決議によって提起することが相当とされています。団地総会でまとめて決議することはできません。
注意:訴えを提起すべき者の「選任」も棟総会の専決事項です。訴えを提起すべき者の選任は棟総会の決議事項であり、代理人弁護士の選任についても、その授権関係を明確にする観点から棟総会での決議を経ておくことが望ましいと解されます。選任手続を経ずに提訴した場合、原告適格の問題が生じる恐れがあります。
▼これらの義務違反者に対する訴えの提起は、単棟型も同じ論点なので、そちらで解説しています。
第三号 建物の一部が滅失した場合の滅失した棟の共用部分の復旧
火災・地震等により特定の棟が滅失した場合、その棟の共用部分(廊下・エレベーター等)を復旧するかどうかは、当該棟の区分所有者の意思決定にかかわります。主として当該棟の区分所有者に影響が及ぶ事項であることから、棟総会で決議する構造となっています。
ただし、復旧工事の財源として各棟修繕積立金を取り崩す場合には、後述のように団地総会の決議が原則として必要です(第50条第十号・第十一号)。復旧の意思決定(棟総会)と費用調達の手続(団地総会)が分離していることに注意が必要です。
もっとも、保険金の配分や団地全体の再配置計画、容積率の再利用などの観点では他棟にも波及し得るため、実務上は団地理事会との事前調整が不可欠です。
第四号 建替え・建物の更新・取壊し
この号は、令和7年の区分所有法改正を受けて、令和7年改正(区分所有法と同様に、令和8年4月施行)の標準管理規約においても見直しが図られています。具体的には、区分所有法第62条第1項に基づく通常の建替えに加え、区分所有法第64条の5第1項に基づく「建物の更新」(区分所有関係を維持しつつ、建替えに準じた再整備を行う制度)、および第64条の8第1項に基づく「取壊し」が新たに対象に加えられました。
これらはいずれも、当該棟の区分所有者の権利に根本的な変動をもたらす決議であることから、棟の区分所有者による棟総会での決議が必須とされています。団地総会でまとめて建替え等を決議することはできません。
✅建替え(区分所有法第62条):棟の区分所有者・議決権の各5分の4以上の賛成が必要。
✅建物の更新(区分所有法第64条の5):大規模修繕等の代替手段として活用が想定される。区分所有者および議決権の各5分の4以上(※法定要件)。
✅取壊し(区分所有法第64条の8):建物全体を取り壊す場合の手続。区分所有者および議決権の各5分の4以上。
第五号 一括建替え承認決議への付議
区分所有法第69条第7項は、団地内の複数棟を一括して建替える場合の手続を定めています。この「一括建替え承認決議」に特定の棟の建替えを付すためには、まずその棟の棟総会において付議することの決議が必要です。
つまり、団地全体での一括建替え決議(団地総会)の前提として、
①各棟の棟総会で一括建替えに参加する旨を決議
②その後、団地総会で一括建替え承認決議
という明確な二段階構造を採用しています。一棟だけ棟総会を経ずに団地総会へ一括建替えを付議することはできません。
実務上のポイント:一括建替えを検討する際は、棟総会の開催・決議が先行要件となります。スケジュール設計において棟総会の準備期間を必ず確保してください。
第六号 マンション再生等の調査実施及び各棟修繕積立金の取崩し
第六号は、第29条第1項第四号に規定する「マンション再生等に係る合意形成に必要となる事項の調査」を実施するための経費を、各棟修繕積立金から取り崩す場合の決議事項です。
後述する国交省コメント③で詳しく解説しますが、この号は「各棟修繕積立金の取崩しは原則として団地総会決議」という第50条の規定に対する重要な例外を定めています。棟の再生・建替えに向けた調査費用を当該棟の積立金から賄う場合には、団地総会ではなく棟総会が決議主体となります。
国交省のコメント解説――条文の背景にある政策的意図
国土交通省は、標準管理規約の改正にあたり、第72条についても三つのコメントを付しています。これらは条文の解釈・運用に直接関わる重要な補足説明です。
第72条関係
① 棟総会の議決事項については、団地総会の議決事項とすることはできない。
② 棟総会の議決事項は、団地全体や他の棟に影響を及ぼすことも考えられるので、計画段階において他の棟の意見を取り入れるといった方法や棟総会で決定する前に理事会又は団地総会等に報告するといった方法で、団地全体の理解を得る努力をすることが適当である。
③ 各棟修繕積立金の取崩しは、基本的に、団地総会の決議を経なければならないと規定している(第50条第十号及び第十一号)が、各棟の建替え等に係る合意形成に必要となる事項の調査の実施経費に充当するための取崩しのみは、団地総会の決議ではなく、棟総会の決議を経なければならないと規定している。
コメント① 棟総会の議決事項は団地総会に代替させることができない
コメント①は「棟総会の議決事項については、団地総会の議決事項とすることはできない」と明示しています。これは、棟総会の専決事項の排他性を確認したものです。
実務上これが意味するのは、仮に「効率化のため」「棟総会を開く手間を省くため」という理由で、棟総会の議決事項を団地総会で一括決議しようとしても、それは規約上・法律上無効であるということです。区分所有法上の手続的要件を満たさない決議は、後に無効確認訴訟のリスクを生じさせます。
団地総会と棟総会の役割分担は明確に分離されており、便宜的な代替を認めない趣旨が国交省によって明示されています。
コメント② 棟総会の決定前に団地全体の理解を得る努力が必要
コメント②は「棟総会の議決事項は、団地全体や他の棟に影響を及ぼすことも考えられるので、計画段階において他の棟の意見を取り入れるといった方法や棟総会で決定する前に理事会又は団地総会等に報告するといった方法で、団地全体の理解を得る努力をすることが適当である」と述べています。
このコメントが示すのは、棟総会の専決事項であっても、その意思決定が棟内で完結しているわけではない、という視点です。特に建替えや更新のような大規模な決定は、他棟の住民の生活環境や団地全体の資産価値にも影響します。
団地型は分権型の統治モデルである一方、分権は「棟の独走」を容認するものではありません。手続としては棟総会の専決を守りつつ、情報としては団地全体に開く――この二層を両立させることが、紛争予防の実務になります。
国交省は、法的な手続の分離(棟総会の専決)と、実質的なコミュニティとしての調整(団地全体への事前説明・報告)を並存させることが望ましいと示しています。手続上の正しさと、住民間の信頼関係の維持の両方が求められているといえます。
✅推奨される実務対応:棟総会で重要事項を審議する前に、団地理事会での報告・説明を行う。
✅必要に応じて団地総会において報告事項として取り上げるなどの運用も考えられます。
✅他棟の区分所有者からの質問や意見を受け付ける機会を設けることも検討に値します。
コメント③ 各棟修繕積立金の取崩し――原則と例外の構造
コメント③は、第72条第六号の財源規律について、その例外構造を明示しています。原則と例外の構造を整理すると次のとおりです。
【原則】 各棟修繕積立金の取崩しは、第50条(議決事項)第十号・第十一号により、団地総会の決議を経なければならない。
【例外】 各棟の建替え等に係る合意形成に必要な事項の調査実施経費に充当するための取崩しのみは、棟総会の決議を経なければならない(第72条第六号)。
この例外は、再生等に向けた初動段階の合意形成を円滑に進めることを目的とした制度設計と理解されています。調査費用の捻出に際して毎回団地総会を経なければならないとすると、手続の煩雑さが合意形成の障害となりかねません。
一方で、この例外はあくまで「調査費用への充当」に限定されています。実際の建替え費用、更新費用、取壊し費用、または通常の修繕費用への充当は例外の対象外であり、団地総会決議が必要となります。この限定の意味を正確に理解しておかないと、取崩しの手続誤りが生じる恐れがあります。
また、第六号の「調査」に該当するかどうかの判断も実務上の問題点です。建替え可能性の調査、区分所有者へのアンケート費用、専門家コンサルタントへの初期相談費用などが対象となり得ますが、明確な範囲画定には管理組合内での合意形成と、必要に応じて専門家の助言を得ることが望ましいです。
管理組合の注意事項――実務リスクの具体的整理
以下では、第72条の運用にあたって管理組合が直面しやすい実務リスクを具体的に整理します。
決議主体の誤りによる無効リスク
最も深刻なリスクは、棟総会の専決事項を団地総会で決議してしまったことによる決議無効です。区分所有法上の手続要件を満たさない決議は、無効または取消しの対象となる可能性があり、その決議に基づいて締結した契約や実施した工事についても法的問題が波及します。
特に問題になりやすいのは、問題行為者への法的措置(第二号)の場面です。訴訟提起を団地総会で決議してしまうと、訴訟の原告適格や授権の瑕疵が争点となり、相手方から無効の主張を受けるリスクがあります。提訴前に弁護士と協議し、棟総会での授権決議を確実に行うことが必要です。
✅チェックリスト:「この議案は棟総会か、団地総会か」を事前に確認する
✅理事会での議案審査時点で、決議主体の確認を必須のステップとして組み込む
✅不明な場合は管理会社または弁護士・マンション管理士等の専門家に確認する
各棟修繕積立金の財源規律と決議主体の整理
団地型マンションの会計は、団地全体の共用部分に係る団地会計と、各棟の共用部分に係る棟会計(各棟修繕積立金を含む)という複層構造を前提とした経理体系を基本としています。
各棟修繕積立金の取崩しは原則として団地総会の決議が必要ですが、第72条第六号の調査費用については例外的に棟総会で決議できます。この例外に該当するかどうかを誤ると、団地総会の決議なしに積立金を取り崩したことになり、会計処理上・法律上の問題が生じます。
会計担当理事および管理会社は、取崩しの議案がどちらの根拠に基づくものかを正確に把握し、議事録・会計帳簿に根拠条文を明記する運用が望まれます。また、取崩しに先立ち、各棟修繕積立金の残高が調査費用を賄えるか確認することも欠かせません。
再生局面における財務・合意形成への影響
築年数の経過した団地型マンションでは、建替えや大規模改修の検討が現実の課題として浮上するケースが増えています。第72条は、こうした再生局面において中心的な機能を果たす規定です。
再生検討の初期段階では、まず第六号に基づき棟総会で調査費用の取崩しを決議し、専門家による診断・調査を実施することが典型的な流れとなります。この段階で棟総会の決議要件(定足数・議決数)を満たさなければ、再生プロセスが出発点から停滞します。
その後、建替えや更新を具体的に検討する段階に進んだ場合は、第四号・第五号の適用が問題となります。一棟のみ建替えを進める場合は第四号に基づく棟総会決議、団地全体で一括建替えを目指す場合は第五号に基づく棟総会決議を経て団地総会の一括建替え承認決議に至るという、段階的な合意形成プロセスを経ることになります。
財務面では、各棟の修繕積立金の積み立て状況が建替え等の実現可能性を左右します。調査の段階から積立金残高と将来必要額を継続的にモニタリングし、必要に応じて積立金の見直し決議(団地総会または棟総会)を行うことが中長期的なガバナンスとして求められます。
再生局面で生じやすい実務上の誤り:調査費用の取崩しを団地総会に付議してしまい、後から棟総会での再決議が必要と判明するケース。スタート段階での手続誤りは、住民の信頼を損ない、合意形成の全プロセスを遅延させます。
まとめ――第72条が担うガバナンス上の役割
第72条は、団地型マンションにおける「棟総会の専決事項」を規定することで、各棟の区分所有者が自棟に関わる重要事項を自ら決議できる仕組みを制度として明確にしています。第68条・第69条が棟総会の手続(開催・運営)を整える条文であるのに対し、第72条は棟総会の権限(議決事項)を画定する条文であり、両者が揃ってはじめて棟総会は実体を持ちます。
国交省コメントが示すように、手続的な分離を守りながらも、棟間のコミュニケーションを丁寧に維持することが、実質的なガバナンスの質を高めます。団地型は分権型の統治モデルであり、棟の専決を守るほど、情報共有と説明が重要になる――このバランス設計が第72条運用の核心です。
令和8年4月施行の改正区分所有法により、建物の更新・取壊し・一括建替えといった選択肢が法制度上整備されたことで、団地型マンションの再生に向けた合意形成の場面で本条文が果たす役割はますます大きくなっています。建替えや更新の議論が団地内で始まった段階で、理事・理事長が第72条の構造を正確に把握し、適切な手続設計を行うことは、マンション再生を成功させるための基礎条件です。
管理組合の皆さまには、日常の管理段階から「団地総会と棟総会の役割分担」を意識した議案運営を習慣化し、再生局面に向けて適切な体制を整備することをお勧めします。


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