団地型マンションの管理において、最も紛争の種になりやすいのが「お金の使い道」です。特に、複数の棟で構成される団地では、「なぜ他の棟の修繕のために自分たちの積立金が使われるのか」という疑問が生じた瞬間、理事会の説明責任は一気に重くなります。
団地型標準管理規約第29条は、単なる修繕費の積み立て規定ではありません。これは、団地全体の財産と各棟固有の財産を峻別し、「棟の財布」を法的に固定することで財産秩序を守るための極めて重要な条文です。言い換えると、支出のたびに「どの棟の、どの共用部分のための費用か」を説明可能にするためのルールブックでもあります。
本稿では、第29条の全条項と国交省コメントを網羅し、実務上の注意点を専門的視点から徹底解説します。
第29条の規約解説(条文全文掲載)
まずは条文そのものを確認し、各棟修繕積立金がどのような趣旨と限定のもとで規律されているのかを原文ベースで押さえておきましょう。
※赤字は令和8年4月1日施行の区分所有法改正に伴う標準管理規約の改正箇所です
(各棟修繕積立金)
第29条 管理組合は、それぞれの棟の各区分所有者が納入する各棟修繕積立金を積み立てるものとし、積み立てた各棟修繕積立金は、それぞれの棟の共用部分の、次の各号に掲げる特別の管理に要する経費に充当する場合に限って取り崩すことができる。
一 一定年数の経過ごとに計画的に行う修繕
二 不測の事故その他特別の事由により必要となる修繕
三 棟の共用部分の改良又は変更
四 建替え、建物の更新又は取壊し(以下「マンション再生等」という。)に係る合意形成に必要となる事項の調査
五 各棟修繕積立金の管理及び運用
六 その他棟の共用部分の管理に関し、その棟の区分所有者全体の利益のために特別に必要となる管理
2 前項にかかわらず、区分所有法第62 条第1項の建替え決議、区分所有法第64 条の5第1項の建物更新決議又は区分所有法第64 条の8第1項の取壊し決議(以下「マンション再生等に係る決議」という。)を経て、円滑化法第9条第1項の再生組合の設立の認可、円滑化法第45 条第1項に基づく事業の施行認可又は円滑化法第163 条の6第1項に基づくマンション除却組合の設立の認可を得るまでの間においては、マンション再生等に係る決議の後であっても、その事業に係る計画又は設計等に必要がある場合には、管理組合は、その経費に充当するため、各棟修繕積立金を取り崩すことができる。同様に、マンション再生等に係る区分所有者の全員の合意の後であっても、その事業に係る計画又は設計等に必要がある場合には、管理組合は、その経費に充当するため、各棟修繕積立金を取り崩すことができる。ただし、取壊し以外のマンション再生等に係る計画又は設計等に必要な経費に充当するために各棟修繕積立金を取り崩す場合は、管理組合の消滅時にその事業に参加しない区分所有者に帰属する各棟修繕積立金相当額を除いた金額を限度とする。
3 第1項にかかわらず、敷地分割決議の後であっても、敷地分割組合の設立の認可までの間において、敷地分割に係る計画等に必要がある場合には、その経費に充当するため、管理組合は、各棟修繕積立金を取り崩すことができる。
4 管理組合は、第1項各号の経費に充てるため借入れをしたときは、各棟修繕積立金をもってその償還に充てることができる。
第29条の位置付け|第28条(団地)と第29条(棟)で「財布の管轄」を分ける条文
団地型マンションの会計は、管理費、団地修繕積立金、各棟修繕積立金のいわゆる「三層会計™」によって構成されます。このうち、第29条は「各棟修繕積立金」の運用ルールを定めています。
最大のポイントは、「どの財布から出すか」という管轄の明確化です。第28条が土地や附属施設、団地共用部分(集会所等)を対象とするのに対し、第29条は「それぞれの棟の共用部分」に限定されます。この境界を明確に維持することが、団地管理の透明性を担保する基本条件となります。
実務上、団地型で揉める本丸は、修繕金額の多寡よりも「支出先の財布の妥当性」です。例えば、A棟の屋上防水を団地全体の積立金から支出することは、B棟の住民から見れば「自分たちの資金が他棟に流用された」と受け止められやすく、強い不信感を招きます。
第29条は、棟の財布を法的に固定することで、棟間での不当な財産移転を制度上抑制し、説明可能な管理体制を維持するための防波堤となっています。ここを混ぜれば、管理組合の説明可能性は著しく低下し、結果として紛争や法的リスクに発展する可能性があります。
第1項|取り崩しの原則(限定列挙)と、実務で効く「6分類」
第1項では、積立金の取り崩しができるケースを6つに限定列挙しています。この「限定列挙」であるという点が極めて重要で、これら以外の目的(例えば管理費の赤字補填など)での使用は、規約趣旨に反する支出として、総会で強い争点となり、後から手続や根拠の説明を求められやすいことを意味します。各棟修繕積立金は、棟の区分所有者が将来の特別な管理に備えて拠出している資金であり、その使途を拡張解釈することは、事実上の財産目的変更に近い性格を帯びる点に注意が必要です。
ここでいう「6分類」とは、第1号から第6号(計画修繕/突発修繕/改良・変更/再生等の調査/管理・運用/その他特別)を指します。
計画修繕
第1号の計画修繕は、長期修繕計画に基づく周期工事(外壁、屋上、鉄部等)を指し、「棟別に積み、棟別に使う」を貫くための中核です。棟ごとに劣化状況や修繕周期が異なる以上、ここを曖昧にすると、費用負担の公平性という最も基本的な原則が崩れます。
突発修繕
第2号の突発修繕は、漏水や災害等による緊急対応を想定しますが、実務上の難所は「団地設備か棟設備か」の境界判断です。給水管の分岐点、排水の合流点といった“切替地点”を事前に図面で共有していない団地ほど、事故対応が遅延するだけでなく、規約上の管理区分そのものが後から争点化する危険があります。
改良・変更
第3号の改良又は変更は、バリアフリー化や防犯強化、宅配ボックス設置などの価値向上投資を含みます。団地全体の合意が難しい局面でも、特定の棟が資産価値向上を目的に仕様をアップグレードする場合、棟の意思決定と棟の財布を一致させることで、制度上の公平性を保ちやすくなります。
再生等の調査
第4号の再生等に係る調査は、第29条が「修繕」にとどまらず、建替え・更新・取壊しという出口戦略の検討費用まで射程に入れている点を示します。棟単位で再生検討が先行するケースでも、調査費の支出根拠を与える条項です。
管理・運用
第5号の管理及び運用は、残高証明等の帳票、印紙税、振込手数料、融資の保証料など、工事以外の周辺コストを拾うための規定です。管理費会計を圧迫させないために積立側で処理する、という運用設計が可能になります。
その他特別な事項
第6号の包括条項は便利に見えますが、“便利箱”として使えば目的外使用の疑義を招きます。実務家としては、議案書において「なぜこれが通常の管理費ではなく、棟の積立金から支出すべき『特別』なものなのか」を論理的に説明し、当該棟の区分所有者全体の利益に資することを証明する力が問われます。
第2項|再生局面の例外(建替え・更新・取壊し)と「不参加者控除」の歯止め
第2項は、区分所有法上の決議(建替え・更新・取壊し)を経て、「マンションの再生等の円滑化に関する法律(以下、円滑化法)」上の認可(再生組合の設立認可、施行認可、除却組合の設立認可)を得るまでの「移行期」における資金ルールです。
この条文の核心は、推進のための柔軟性と「不参加者への財産保護」の同居にあります。建替え検討には多額の設計・計画費用がかかりますが、これを積立金から支出することを認めつつも、「事業に参加しない区分所有者に帰属する相当額(=将来清算等において帰属が整理される持分相当額)」を除いた金額に制限しています。これは、不参加者が最終的に受け取るべき清算金等の原資を、事業費として先に使い切ってしまうことを防ぐ歯止めです。
実務上、ここが最も揉めるポイントです。なぜなら、参加・不参加の意思表示が揺れ動く段階で「控除額」を算定しなければならないからです。第29条は「使ってよい」と背中を押す条文であると同時に、「使うなら守るべき順序と計算根拠を持て」と釘を刺す条文でもあります。
第3項|敷地分割の移行期に取り崩せる例外(「認可までの間」)
敷地分割決議後、敷地分割組合の設立認可までの間における計画費用等の取り崩し規定です。ここでいう「計画等」には、敷地の測量、分割案の作成、権利関係や負担の整理、概算事業費の試算など、合意形成に必要な前提資料の整備が含まれ得ます。団地型マンションが「団地を解消して各棟独立」を選択する場合、そのプロセスで発生するコストが宙に浮かないよう、橋渡しの役割を果たします。
ここでも「認可までの間」という期間限定の特例であることを意識する必要があります。
第4項|借入れと償還(各棟修繕積立金で返せる)=将来資金の固定化
管理組合が修繕等のために借入れをした際、その返済に各棟修繕積立金を充当できることを定めています。一度借入れを決めれば、返済期間中の元利負担が固定化され、次の大規模修繕の時期や積立金額の再設計がセットで必要になります。
金利水準、返済期間、総支払利息が将来の修繕原資に与える影響は、できる限り数値で示し、長期修繕計画(資金計画)とセットで説明するのが安全です。将来の区分所有者に返済負担を先送りする構造を持つことを忘れてはなりません。借入れに関する決議要件は別途区分所有法及び規約に従うことを前提に、棟の財政構造そのものの組み換えを意味する重い経営判断となります。
第29条の補足コメント解説
条文の趣旨をより正確に理解するためには、国土交通省が示している公式コメントにも必ず目を通しておく必要があります。
※以下は国交省コメントの原文です。読み飛ばしても理解できるよう、この直後に「運用の要点」を整理します(必要な方は原文で確認してください)。
第28条及び第29条関係
① 対象物件の経済的価値を適正に維持するためには、一定期間ごとに行う計画的な維持修繕工事が重要であるので、団地修繕積立金及び各棟修繕積立金を必ず積み立てることとしたものである。
② 分譲会社が分譲時において将来の計画修繕に要する経費に充当していくため、一括して購入者より修繕積立基金として徴収している場合や、修繕時に、既存の団地修繕積立金又は各棟修繕積立金の額が修繕費用に不足すること等から、一時負担金が団地建物所有者又は区分所有者から徴収され
る場合があるが、これらについても団地修繕積立金又は各棟修繕積立金として積み立てられ、区分経理されるべきものである。
③ 団地修繕積立金を取り崩すことができる事由として第28条第1項第一号から第三号に掲げる「一定年数の経過ごとに計画的に行う修繕」、「不測の事故その他特別の事由により必要となる修繕」及び「土地、附属施設及び団地共用部分の改良又は変更」並びに各棟修繕積立金を取り崩すことができる事由として第29条第1項第一号から第三号に掲げる「一定年数の経過ごとに計画的に行う修繕」、「不測の事故その他特別の事由により必要となる修繕」及び「棟の共用部分の改良又は変更」には、実際の工事費用のほか、工事に係る計画立案、工事履歴等の調査、設計等の準備段階の費用も含まれる。
④ 第28条及び第29条の各第1項第五号に掲げる「修繕積立金の管理及び運用」に要する費用とは、修繕積立金を保管する銀行口座の残高証明書等の帳票発行手数料や、住宅金融支援機構の「マンション共用部分リフォーム融資」等の金融商品を活用する際に必要となる保証料、修繕積立金を取り崩して実施した工事に関する諸費用(印紙税、工事代金を支払った際の振込手数料等)等を想定している。
なお、修繕積立金の管理及び運用に要する費用については、修繕積立金の取崩しの対象として規定せず、管理費から支出することもできる。
⑤ 本規約の対象とする団地(コメント全般関係③参照)の建替えは、団地全体の一括建替え決議による場合、棟ごとの合意及び団地の建替え承認決議による場合の2つの方法がある。一括建替え決議を選択できるのは、区分所有法第70条第1項の要件を満たす団地型マンションのみであり、管理組合においては、各マンションの実態に応じて、規約を定めることが重要である。
⑥ 円滑化法に基づく再生組合によるマンション建替事業までのプロセスのうち、管理組合として、修繕・改修との比較等による建替えの必要性、建替えの構想について検討する検討段階及び各団地建物所有者又は各区分所有者の合意形成を図りながら、建替えの計画を本格的に検討する計画段階においては、管理組合が建替えの検討のため、調査を実施する。調査の主な内容は、再生マンションの設計概要、マンションの取壊し及び再生マンションの建築に要する費用の概算額やその費用分担、再生マンションの区分所有権の帰属に関する事項等である。
⑦ マンション建替事業におけるプロセスのうち、再生組合の設立段階においても、団地修繕積立金又は各棟修繕積立金を取り崩すことのできる場合があることを定めたのが第28条及び第29条の各第2項である。
⑧ マンション建替事業におけるプロセスによらず、円滑化法第45条のマンション再生事業の認可に基づく建替え、又は団地建物所有者の全員合意に基づく任意の建替えを推進する場合であっても、必要に応じて、第28条若しくは第29条の各第1項及び第2項、又は第28条若しくは第29条の各第2項と同様の方法により、団地修繕積立金又は各棟修繕積立金を取り崩すことは可能である。ただし、任意の組織に関し、その設立時期について管理組合内で共通認識を得ておくことが必要である。
⑨ 円滑化法に基づくマンション建替事業を除くマンション再生事業、マンション除却事業の場合にも、建替えの場合と同様に、第1項及び第2項に基づき、必要に応じて、団地修繕積立金又は各棟修繕積立金を取り崩すことは可能である。
⑩ マンション再生等に係る合意形成に必要となる事項の調査に要する経費の支出は、各マンションの実態に応じて、管理費から支出する旨管理規約に規定することもできる。
⑪ 第29条第1項第四号中の「建物の更新」とは、建物の構造上主要な部分の効用の維持又は回復(通常有すべき効用の確保を含む。)のために共用部分の形状を変更し、かつ、これに伴い全ての専有部分の形状、面積又は位置関係の変更をすること(いわゆる「一棟リノベーション」)を指すものである。
①「必ず積み立てる」の意味|各棟修繕積立金は“任意の政策”ではなく資産価値維持の前提
国交省コメント①は、積立を「必ず行うこと」と明示しています。マンション管理において「今は景気が悪いから積立を停止しよう」といった安易な政策判断は、資産価値を棄損させる行為であり、規約趣旨に反することを明確にしています。
計画修繕は単なる選択肢ではなく、管理組合が果たすべき基本的責務であるという姿勢が反映されています。
② 修繕積立基金・一時金も“各棟修繕積立金として区分経理”|財源の混在が紛争を生む
分譲時に一括徴収される「修繕積立基金」や、不足時に緊急徴収する「一時負担金」についても、すべて各棟修繕積立金として区分経理すべきとされています。これは「集め方が違っても、その性格は棟の財産である」という整理です。
例えば「基金は管理組合全体の予備費だ」といった恣意的な解釈を封じ、あくまで当該棟の区分所有者の財布に紐付けるべきことを示しています。
③ 第1号〜第3号には準備段階費用も含む|調査・設計を積立から出せないと意思決定が止まる
実際の工事費だけでなく、調査・診断、履歴調査、設計等の「準備段階費用」が含まれることが明記されています。これは第28条だけでなく、第29条第1項第1号から第3号の射程にも及ぶ整理であり、棟単位の劣化診断や設計業務についても、各棟修繕積立金からの支出根拠が与えられているという意味を持ちます。実務上、このコメントは非常に効きます。
管理費会計に余裕がない組合でも、積立金から調査費を出せることで、修繕の必要性を科学的に証明し、総会の意思決定を前に進めることができるからです。
④ 「管理及び運用」の具体例+管理費支出も可|重要なのは“どちらで出すかを団地内で統一すること”
保証料や振込手数料などを「積立金から出す」か「管理費から出す」か、規約で選択できるとしています。重要なのは「今回は管理費、次回は積立金」といった場当たり的な運用をしないことです。
会計処理の継続性がなければ、長期的な収支見通しが不安定となり、住民への説明責任を果たせなくなります。
⑤〜⑨ 再生ルートの全体像|建替えだけでなく更新・除却でも「移行期の費用」が発生する
コメント⑤から⑨にかけては、再生プロセスにおける資金支出の考え方を整理しています。特にコメント⑤は、団地の建替えには、団地全体の一括建替え決議による方法と、棟ごとの合意を前提に団地の建替え承認決議によって進める方法の二つがあることを示し、実態に応じた規約設計が重要であるとしています。
規約第1項・第2項の枠組みに基づく限り、同様の方法により取り崩しが可能ですが、任意の組織の設立時期について管理組合内で共通認識を得ておく必要があるという実務上の難所も示唆されています。
⑩ 調査費を管理費で出す選択肢|積立温存か、短期負担か、団地の経営判断
再生調査費を管理費から出すことも可能としています。積立金を1円でも多く「実際の工事原資」として残したい団地にとっては合理的な選択肢ですが、管理費の単年度収支を圧迫するため、どちらを選択するかは団地全体の経営戦略となります。
⑪ 「建物の更新」の定義(いわゆる一棟リノベ)|大規模修繕との境界を誤ると決議要件が崩れる
共用部分の形状を変更し、かつ、それに伴い全専有部の形状・面積・位置関係を変更する、いわゆる『一棟リノベーション』を指すと定義されています。これを単なる「改良(第3号)」と誤認して進めると、区分所有法上の決議要件や権利変換の整理が前提から崩れ、手続自体が無効と評価されるリスクがあります。
第29条が「修繕」と「更新」をあえて書き分けているのは、その手続きの重みが全く異なることへの明確な警告です。
管理組合として注意すべき事項
以上の条文とコメントを踏まえたうえで、実務に落とし込む際に特に意識しておくべきポイントを整理します。条文の理解だけで終わらせず、理事会運営や議案作成の場面で具体的にどう使うかという視点で確認していきましょう。
注意① 「どの財布か」の前に「どの共用部分か」|境界を図面で固定しないと毎回揉める
団地型において、配管や受水槽、ポンプ室、電気幹線設備などが「団地共用」か「棟共用」かは最大の論点です。問題は、物理的な位置ではなく「管理区分上どこに属するか」という点にあります。財布の取り違えは、後の監査や総会での質疑で高い確率で問題となり、「なぜこの棟の積立金から支出したのか」「団地修繕積立金ではないのか」という根本的な疑義を招きます。
特に給水管の分岐点や排水管の合流点、電気設備の幹線分岐などは、図面を確認しなければ判断できないケースが多く、担当理事の経験や感覚に依存した判断は極めて危険です。したがって、系統図や竣工図を根拠に、「ここまでは団地会計、ここから先は棟会計」という境界線を管理用図面として明確に整理し、理事会内で共有しておくことが不可欠です。
さらに、その整理内容を長期修繕計画や修繕履歴にも反映させておくことで、将来の理事交代後も判断基準がぶれません。この作業を怠ると、修繕のたびに「どの財布か」を巡って議論が振り出しに戻り、結果として理事会が空転し、意思決定が遅延するという構造的問題を抱えることになります。
注意② 議案書の型を固定する|「第29条第1項◯号」を必ずラベル付けする
積立金の支出は限定列挙です。したがって、支出議案には以下の5項目を毎回セットで入れるべきです。
✅どの棟のどの共用部分か(図面・系統図の具体的位置)
✅第29条第1項第◯号に該当するか(法的根拠の明示)
✅管理費ではなく積立金で支出する理由(特別性の説明)
✅金額の妥当性と見積根拠(相見積りの結果など)
✅将来の資金計画への影響(次回の大規模修繕や将来の積立金見通しへの影響)
この「型」を固定することで、反対派からの追求に対しても、論点を条文上の根拠や客観的な数値へ引き戻しやすくなります。
注意③ 準備段階費用(調査・設計)こそ“出口”と“上限”を先に決める
コメント③により調査費支出が容易になりましたが、これは「調査のための調査」を許すものではありません。「この調査で何を判断するのか(修繕か建替えか等の出口)」と「支出上限額」をセットで総会承認しておく必要があります。
そうしなければ、調査費だけが肥大化し、将来の工事原資に影響を与える可能性があります。
注意④ 第2項(再生局面)の資金は「不参加者控除」が最大の争点になる
建替え反対派がいる中で積立金を取り崩す場合、第2項の「不参加者相当額の控除」は極めてシビアに判定されます。残高のうち、不参加者の持分割合に応じた金額を正確に算定し、残った枠内でしか支出できないというルールを、議案作成前に精査しなければなりません。
ここでの計算誤りは、後に責任追及の対象となる可能性も否定できません。
注意⑤ 借入れは“工事の承認”ではなく“将来修繕”の再設計|長期修繕計画の改訂が必須
第4項を適用して借入れを行う際、理事会は「お金を借りる承認」だけを取りがちですが、それは不十分です。借入れによって将来の修繕余力がどれだけ低下し、その結果として「次に予定していたあの工事を何年延期するのか」または「積立金を月額いくら値上げするのか」という長期修繕計画の改訂案を同時に示すべきです。
借入れは、将来の区分所有者に返済負担を先送りする構造を持つことを忘れてはなりません。
まとめ|「棟の財布」を守れるかが、団地管理の分水嶺
第29条は、団地型の「三層会計™」という複雑な仕組みの中で、「棟の財産権を独立させ、目的外使用を許さない」ための鉄則です。
第1項による運用の型作り、第2項・第3項による再生・分割期の柔軟性と財産保護、そして第4項による金融機能の活用。これらを正しく理解し、条文に沿って運用することは、理事会の説明責任を支えるだけでなく、団地内における棟間の公平性を維持するための前提条件となります。
棟の財布の管理が曖昧になれば、修繕以前に合意形成の基盤が揺らぎます。この事実を重く受け止め、日々の会計処理と議案設計に第29条の精神を反映させてください。そして、その前提を制度として固定するのが第30条(区分経理)です。第29条が「使途のルール」だとすれば、第30条は「会計の運用ルール」です。三層会計™を概念で終わらせず、帳簿と通帳の運用として回すための条文が次に控えています。




コメント