マンションの理事会で今、最も議論が白熱するテーマの一つが「機械式駐車場の撤去・平面化」です。 空き区画が増え、高額なメンテナンス費用や将来の数千万円単位の更新費用が管理組合の財政を圧迫する中、「いっそ壊して平置きにすれば楽になる」という発想は、一見すると合理的で魅力的な解決策に映ります。
しかし、現場で多くの相談を受けるマンション管理士として、あえて警鐘を鳴らすとすれば、 駐車場の撤去は、単なる「設備のコストカット」ではありません。それは、マンションという資産の構造を根本から書き換える「不可逆な経営判断」です。
安易な決断が、10年後、20年後の区分所有者に「負の遺産」を押し付ける“地雷”となっていないか。 既存の記事でお伝えした「機械式駐車場の維持費問題と撤去の実務」を一歩踏み込み、今回は「撤去していいマンションと、してはいけないマンションの境界線」を、法務・行政・資産価値の三つの視点から徹底的に解剖します。
なぜ「撤去・平面化」が当たり前の選択肢になってきたのか
かつて、マンションにおける駐車場は「作れば埋まる」収益の柱であり、修繕積立金を支える「打ち出の小槌」でした。しかし、現在はその前提が根底から崩れています。
空き駐車場は“管理不全の兆候”でもある
駐車場利用率の低下は、単なる「若者の車離れ」だけが原因ではありません。 居住者の高齢化による免許返納、カーシェアリングの普及、そして何より「そのマンションのターゲット層と駐車場のスペックが乖離している」という構造的なミスマッチが潜んでいます。
空き区画が目立つ状態を放置すれば、管理不全のレッテルを貼られ、資産価値の低下を招きます。
具体的には、駐車場使用料収入の減少による管理組合全体の収入低下や、歯抜け状態が続くことによる「人が減っているマンション」という外部からの印象悪化が重なり、
結果として、修繕に十分な財源を確保できているのか、また管理が適切に行われているのかについて、外部から見て不安視される要因になり得ます。
撤去費用の話だけで判断すると、ほぼ失敗する
理事会で「駐車場を壊しましょう」という提案が出るとき、その根拠のほとんどは「将来の更新費用が浮くから」という数字の話です。しかし、キャッシュフローの改善だけで判断するのは極めて危険です。
解体費は一時コスト、問題はその後
機械式駐車場の解体・埋め戻し・平面化工事には、構造や工法によって差はあるものの、1台あたり数十万円から100万円超の費用が生じるケースも珍しくありません。これは一時的な支出ですが、本質的な損失は「用途の消失」にあります。
一度平面化してしまえば、将来的に再び駐車台数を増やすことは物理的・経済的にほぼ不可能です。例えば、将来的に電気自動車(EV)が普及し、EV充電インフラを備えた駐車場の需要が再燃した際、「あの時壊さなければ……」と後悔しても、時すでに遅しなのです。
「外部貸し」という延命策の甘い罠
撤去の前に「外部の人に貸して収益を上げればいい」という意見が必ず出ます。しかし、これには高いハードルがあります。 まず、マンション管理組合が外部へ駐車場を貸し出す場合、継続性・営利性が認められると「収益事業」と判断され、法人税・住民税・事業税の課税対象となる可能性があります。 申告の手間と納税額を差し引くと、期待したほどの収益にならないケースも少なくありません。
さらに、不特定多数の部外者が敷地内に出入りすることによるセキュリティ管理上のリスク増大や、規約・細則変更、運用ルール整備の手間など、現場の負担は想像以上に重くなる傾向があります。
法律の罠:なぜ「特別決議」さえ通れば安心、とは言えないのか
実務上、駐車場の撤去は「共用部分の変更」に該当します。ここで多くの理事が誤解しているのが、区分所有法における「特別の影響」の解釈です。
「重大変更」としての法第17条:改正法への対応
駐車場の撤去は、共用部分の形状・効用を著しく変更する行為に該当する可能性が高く、原則として区分所有法第17条に基づく特別決議が必要になります。 なお、令和8年(2026年)4月1日以降に招集手続きを開始する総会からは、改正法により決議要件(定足数+出席者〔委任状・書面議決等を含む〕の4分の3以上)が整理されています。 プロフェッショナルな理事会としては、施行時期を見据えた正確な手続きが求められます。
二つの「特別の影響」を切り分ける
ここがプロの視点として最も重要なポイントです。撤去に際しては、以下の二つの「特別の影響」を個別に検討しなければなりません。
- 共用部分の変更に伴う「特別の影響」(区分所有法第17条第2項:特定の区分所有者に特別の影響がある場合は承諾が必要): 撤去工事そのものによって、特定の区分所有者が受ける直接的な不利益です。
- 運用ルールの変更に伴う「特別の影響」(区分所有法第31条第1項:規約の変更により特別の影響がある場合は承諾が必要): 例えば、最判平成10年10月30日(区分所有法31条1項後段の「特別の影響」が争点となった事案)のように、駐車場の専用使用権者に対する規約改正や使用料変更等が「特別の影響」に当たり得るとして、承諾の要否が争点となるケースがあります。
「多数決で決まったから従え」という強引な進め方は、後に裁判で決議取消しを求められる重大な地雷になり得ます。
条例・附置義務という「後から気づいても戻れない壁」
これが、都市部のマンションにおける最大の“見えない地雷”です。
自治体による「附置義務駐車場」の縛り
多くの場合、マンションは条例により「戸数に応じた駐車場設置」を義務付けられています。 撤去の瞬間に直ちに処分が出ることは稀ですが、将来の建替え・増改築・用途変更など“行政手続が発生する局面”で、条例上の要件が足かせになり得ます。
横浜市における実例とリスク
特に横浜市は、横浜市駐車場条例(附置義務駐車場)について、条例本文に加え、解説資料、Q&A、台数算定表、届出手続の流れまで公式に整理されています(建築確認申請前の届出を含む)。
機械式駐車場の撤去自体が直ちに問題となるケースは多くありませんが、将来の建替えや増改築、用途変更などで行政手続が発生した際に、当時の附置義務基準が適用される可能性があり、結果として
✅必要駐車台数の再算定
✅確保方法の見直し(敷地内確保・隔地確保等)
✅追加工事費や手続負担
が生じることがあります。
実務上、管理組合が自治体への確認を一切行わずに撤去を進めることは想定しにくいものの、「今は問題にならなくても、将来の行政手続で影響が顕在化する論点」として、撤去検討の初期段階から必ず共有しておくべき事項といえます。
総会で必ず出る「反対意見」への向き合い方
駐車場の撤去を議題に上げると、必ずと言っていいほど強い反対意見が出ます。これらを「一部のわがまま」と切り捨てるのではなく、多角的な視点で検証する必要があります。
Q1.「現利用者の権利をどう守るか?」
撤去計画において最も強い反発が出やすい論点です。この場合、「特定の個人を意図的に排除するものではない」ことを明確にするため、抽選のやり直しなど客観的で公平な選別基準や、代替案の提示が欠かせません。法的な「特別の影響」を回避する観点からも、強行ではなく、丁寧な合意形成プロセスが求められます。
あわせて、駐車場縮小の結果、やむを得ず外部駐車場を借りる区分所有者が生じる場合には、不公平感を最小化する配慮も重要です。例えば、敷地内駐車場の使用料を周辺相場よりやや高めに設定し、利便性とのバランスを取るなど、負担の偏りを調整する視点を併せて検討することが、実務上の納得感につながります。
Q2.「資産価値が下がる懸念への回答」
これは、「機械式駐車場の維持・更新コストが修繕積立金を圧迫するリスク」と、「駐車台数減少に伴う駐車場収入の低下」を天秤にかけて考える必要があります。機械式駐車場の費用負担は、駐車場会計として独立管理されているケースと、修繕積立金で一体管理されているケースがあり、特に後者では影響がマンション全体に波及しやすくなります。
そのため、長期修繕計画のシミュレーションにおいて、「撤去せず維持した場合、将来どの時点で、積立金が月額いくら程度引き上げられる可能性があるのか」を具体的な数字で示すことが、資産価値への影響を冷静に判断するための重要な材料となります。
Q3.「将来の復元可能性について」
「一度壊すと元に戻せない」という懸念に対しては、撤去後の平面化にあたり、将来的な用途変更を見据えた設計上の配慮を行うことが重要です。
例えば、EV充電スタンドの設置を想定した配管・配線を事前に確保しておくことや、一部を暫定的に駐輪場として利用しつつ、将来、駐車場として再転用できる余地を残すといった可変性のある計画も検討に値します。
【深掘り】駐車場撤去における「管理組合の経営判断」
駐車場問題の解決は、理事会役員の任期である1〜2年で完結するような軽いテーマではありません。
放置すれば「負のスパイラル」に陥る
決断を先延ばしにすることもまた、一つの「判断」です。しかし、利用率が大きく低下した(あるいは半数前後まで低下した)機械式駐車場を放置すれば、10年後にはメンテナンス費用が収入を逆転し、修繕積立金を食いつぶし始めます。 積立金が枯渇すれば、大規模修繕工事の規模縮小や、一時金の徴収というさらなるリスクが顕在化します。
「設備」ではなく「インフラ」として捉える
マンションにとって駐車場は、単なる「設備」ではなく、生活を支える「インフラ」です。 撤去を検討する際は、以下の5つのステップで、論理的な裏付けを取ることをお勧めします。
- 需要予測: 今後の居住者の年齢層変化と、周辺の駐車場相場・空き状況の調査。
- ライフサイクルコスト(LCC)分析: 撤去費用だけでなく、30年スパンでの「維持・更新費用」との比較。
- 法務リスク調査: 17条・31条のクリアと、特定住民への「特別の影響」の有無。
- 行政確認: 自治体(横浜市等)の附置義務台数の再算定と、将来の制限確認。
- 合意形成プロセスの設計: 感情論に流されない、データに基づいた住民説明会の実施。
結び:30年後の資産価値に「責任」を持てるか
機械式駐車場の撤去・平面化は、確かに強力な財政再建策になります。しかし、それは「精密な診断」に基づいた処方箋であるべきです。
改正法への対応、最高裁判例の検討、そして自治体条例の確認。これらを無視した撤去は、将来必ず大きな歪みを生みます。 「自分たちの代で、厄介な機械式駐車場をなくしてスッキリさせた」という手柄が、次世代にとっては「必要なインフラを失った不便なマンション」という評価に変わる可能性を忘れてはいけません。
まずは、ご自身のマンションが「壊していいマンション」なのか。 目先の数字だけでなく、法的根拠と将来予測に基づいて、賢明な判断を下してください。








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