1966年に誕生し、半世紀以上にわたって地域に愛されてきた「桜台団地」。横浜市でも屈指の規模を誇る18棟・約4.4ヘクタールのこの場所は、今、総戸数761戸の次世代型レジデンス「プロミライズ青葉台」として生まれ変わろうとしています。
「団地は規模が大きいほど建替えが難しい」。これは業界の“常識”です。数百人の権利者がいれば、数百通りの価値観と家計事情があるからです。実際、多くの大規模団地が「建替えか、修繕か」の議論の果てに、合意形成の迷路に迷い込んでいます。
しかも本件は、当初計画で 還元率約58%という、決して恵まれたとは言えない条件からスタートしています。それでも桜台団地は、110回を超える協議を重ねた末に「建替え」という針の穴を通してみせました。
✅なぜ、ここまで話がまとまったのか。
✅そして、なぜ事業としても成立したのか。
本稿では、公開されている動画や日経新聞の記事などを手がかりに、マンション管理士かつFPの立場から「プロミライズ青葉台」というプロジェクトを分解します。
あわせて、横浜市内に60カ所以上あるとされる同規模団地に、この成功モデルがどこまで再現可能なのかも考えてみたいと思います。
※ヘッダー画像は横浜市住宅供給公社、株式会社UR リンケージの2023年4月25日付のプレスリリースより引用しています。
桜台団地とは何か──巨大団地の実像と老朽化の現実
1966年誕生、18棟・約4.4haという横浜でも屈指のスケール
桜台団地が建設されたのは高度経済成長期のまっただ中。人口の急増に対応するため、全国各地でニュータウン・大規模団地が整備されていた時期です。その中でも桜台団地は、規模・立地ともに「横浜を代表する団地」のひとつでした。
敷地は約4.4ヘクタール。緑地と住棟がゆったり配置され、18棟・456戸が桜台の丘に並びました。最寄りの青葉台駅とは約24メートルの高低差があり、いわゆる“丘の上の団地”として独特の景観と暮らしやすさを持っていました。
紹介動画の中で、かつての住民が
「団地内に果物の木が多くて、子どものころは木に登って実を食べていた」
と語っている場面があります。
団地の南側には桜台公園へ続く桜並木があり、「森の中に住む感覚」を覚えている方も多いでしょう。この「土地の豊かさ」と「ゆとりある敷地計画」は、後に建替えを支える重要な資産になります。
老朽化の現実──「修繕では限界」という共通認識
一方で、築50年を超えたRC造建物には、どうしても越えられない“寿命の壁”があります。
給排水管や電気設備の劣化、外壁・防水の傷み、旧耐震基準による安全性への不安。
エレベーターがなく、バリアフリーにも対応していない。
間取りも狭く、現代の生活スタイルに合わない──。
日経の記事によると、桜台団地では2004年頃から再生の検討が始まりました。当初は「修繕で延命すべきだ」という声と「建替えを見据えるべきだ」という声がぶつかり合い、簡単に方向性が出たわけではありません。
転機になったのは、耐震診断や長期修繕計画の試算を冷静に行い、「このまま修繕を続けても、資産価値と快適性を十分には維持できない」という現実を共有できたことだと考えられます。
単に「古くなったから建て替える」のではなく、
「この土地に住み続けたいが、今の器のままで次の世代に渡してよいのか?」
という問いに向き合った結果として、建替えという選択肢が現実味を帯びていきました。
なぜ建替えが成功したのか──FPが分析する「3つの勝因」
大規模団地の建替えには、きれいごとだけでは済まない「お金の話」と「合意形成」が必ずついてきます。
桜台団地が成功した背景には、大きく分けて三つの勝因があったと考えています。
勝因① 圧倒的な“余剰容積”があった
まず外せないのが「容積率に余裕があった」という点です。
建替え事業の基本構造はシンプルで、
もともとの権利者分の住戸(権利床)を確保したうえで、
それ以上の“余った床(保留床)”を新規分譲して、建設費などの原資をまかなう
という考え方になります。
桜台団地の場合、
✅従前:456戸
✅従後:761戸
と、プラス305戸分の住戸を新たに供給できています。この「305戸分の販売収入」があるからこそ、還元率58%という条件でも事業が成り立ちました。
さらに、青葉台というエリア特性も重要です。田園都市線沿線の人気エリアであり、新築分譲マンションの平均価格は6,000万円前後。販売力のあるエリアだからこそ、保留床の売却によって建替え費用を回収する“収支の絵”が描けたと言えます。
逆に言えば、容積率に余裕がなく、保留床がほとんど出ない団地では、いくら住民が頑張っても同じスキームは組みにくい、という厳しい現実も見えてきます。
勝因② 「還元率58%」の心理的ハードルを、“愛着の継承”で乗り越えた
次に大きかったのが、「還元率58%」という条件をどう飲み込むか、という点です。
還元率58%とは、ざっくり言えば、
70㎡を持っていた人が、同じ広さの部屋を無条件で手にすることはできない
(追加負担なしだと、権利床はおおむね40㎡前後になる水準)
ということです。同じ面積を希望すれば、相応の持ち出しが必要になります。
通常なら、この時点で建替えは頓挫してもおかしくありません。
ここで効いてきたのが、動画のキーワードにもなっている
Reborn with Love(愛とともに生まれ変わる)
というコンセプトです。
✅団地時代の森で育った木々の“子ども”を、新しい敷地に植える「森の循環」
✅セントラルプラザを中心に、世代を超えて交流できる共用空間を設計すること
✅入居前から「AOBAFUL LIFE」といったイベントで、新旧住民のコミュニティを前もって育てておくこと
こうした一連の施策により、
「ここは、ただの新築マンションではなく、長年住んできた“我が街”が形を変えて続いていく場所だ」
というメッセージが、言葉ではなく体験として伝わるようになっています。
経済合理性だけを見れば「負担が増えるから反対」という結論になってもおかしくないところを、「愛着」と「コミュニティ」という非金銭的な価値で補った──。
ここに、桜台団地ならではの強さがあったと感じます。
勝因③ 「110回の協議」を支えた、公的機関と専門家の伴走
三つめは、合意形成のプロセスを長期にわたって支えた“伴走者”の存在です。
桜台団地の建替えでは、横浜市住宅供給公社(JKK)とURリンケージが深く関わっています。民間デベロッパーだけでは、採算が悪化すれば計画が止まるリスクがありますが、公的法人が入ることで
✅事業収支の調整
✅権利変換のスキームづくり
✅高低差24mを解消する専用エレベーターなど、インフラ整備
✅長期にわたる説明会・委員会運営の支援
といった部分を、腰を据えて支えることができます。
さらに、動画では
「桜台団地さんは、自分たちで設計費用も負担して、長年頑張ってきた団地」
というコメントが紹介されています。管理組合側に高い当事者意識があり、その上に公的機関や専門家が乗っている構図です。
「自分たちで考える管理組合」と「それを支える専門家・公的機関」。この二層構造があったからこそ、110回を超える協議を“消耗戦”にせず、建替えという結論まで持っていくことができたのでしょう。
プロミライズ青葉台が実現したもの──「団地」から「街」への進化
建替え後の姿であるプロミライズ青葉台は、もはや「一つの団地」というより、小さな「街」に近い存在です。
共用棟・中央広場・緑地──生活動線から作り直した街区デザイン
住棟は5棟、そこに共用棟2棟を組み合わせ、中央には「セントラルプラザ」と呼ばれる広場空間が配置されています。ここを起点に、キッズスペース、スタディスペース、ミュージックルーム、カラオケルーム、ラウンジなど、多様な共用施設が広がっています。
昭和の団地にありがちな「なんとなく空いているスペース」はほとんど残っておらず、人が集まり、立ち止まり、会話が生まれる「仕掛け」が随所に組み込まれています。
空地率は約62.5%、植栽は約110種。桜台公園へと続く桜のラインを意識した景観計画と合わせて、「森の中の団地」という原風景を現代版にアップデートしたと言ってよいでしょう。
入居前から始まるコミュニティ形成
特筆すべきは、入居前から「AOBAFUL LIFE」といったプレイベントを通じて、新旧住民が顔を合わせる機会をつくっている点です。
防災をテーマにしたレクチャー、森の循環に関するワークショップ、子育て世帯同士の交流。こうした場を通じて、
「従前住民 vs 新規入居者」
という構図ではなく、
「同じ街に住む仲間」
という意識を、生活が始まる前から育てているように見えます。
建替え後の大規模マンションでは、新旧住民のミゾがコミュニティの課題になりがちですが、プロミライズ青葉台ではそこに明確な手当てがされている点が、他の事例と比べても大きな特徴だと感じます。
横浜市内の他団地にも再現できるのか──「3つの条件」と「1つの絶対条件」
では、この成功モデルは、横浜市内の他団地にもそのまま当てはめられるのでしょうか。
横浜市には、築40年以上・500戸超の大規模団地が、分譲・賃貸合わせて60カ所以上存在するとされています。これらの団地の理事会からも「建替えは現実的なのか?」という相談を受けることがあります。
結論から言えば、
条件が揃えば可能だが、ハードルは相当高い。
というのが正直なところです。
団地再生を考えるときの「3つの条件」
まず、桜台団地のような建替えを検討するのであれば、最低限次の三つは確認しておく必要があります。
1つ目は、余剰容積があるかどうか。
今よりも多くの床面積を建てられる法的余地(容積率の“余り”)があるかどうかは、事業収支に直結します。感覚的には、従前より1.5倍前後の戸数が見込めるかどうかが、一つの目安になるでしょう。
2つ目は、立地ポテンシャル。
増えた住戸をきちんと売り切れるエリアかどうか。田園都市線・青葉台というブランドと、駅からの距離、周辺環境があったからこそ、プロミライズ青葉台は平均6,000万円前後の価格帯でも需要を確保できました。
3つ目は、管理組合の当事者意識。
建替えは10年単位のプロジェクトです。理事が毎年ローテーションするなかで、「中長期のビジョンを持って継続的に走れるかどうか」は、想像以上に重要なポイントです。
それでも避けられない「1つの絶対条件」──冷静な“現状診断”
そして最後に、どうしても避けられない「絶対条件」があります。
それは、
「自分たちのマンション・団地の実力を、数字で冷静に把握すること」
です。
✅容積率の余地はどれくらいあるのか
✅現在の土地・建物の資産価値はどれくらいか
✅将来の修繕コストと比較して、建替えは本当に合理的か
✅周辺マーケットは、新築分譲を受け止められる状況にあるのか
こうした点を、感覚ではなく「数字と図面」で見える化することが、建替えを議論するスタートラインになります。
もし、余剰容積がほとんどなく、立地的にも新築分譲の価格が期待できないのであれば、無理にプロミライズ青葉台を追いかける必要はありません。その場合は、
✅可能な限りの長寿命化工事(配管更新・耐震補強・共用部リニューアル)
✅将来的なマンション敷地売却制度の活用
✅個々の区分所有者にとっての出口戦略(売却・住み替えなど)
といった別の選択肢を、現実的に検討していくことになります。
まとめ──建替えは「技術」ではなく、「覚悟」と「条件」の問題
プロミライズ青葉台の成功は、青葉台という立地と広大な敷地、余剰容積という“条件”があったからこそ成り立った側面は否定できません。しかし、それだけでは説明しきれないものがあります。
20年近い検討期間、110回を超える協議。自分たちで設計費を負担し、何度も専門家と議論し、それでも「この街でこれからも暮らしたい」という思いを手放さなかった管理組合と住民の覚悟。
「還元率が低いからやめる」
「負担金が出るなら反対する」
というところで思考を止めてしまえば、桜台団地は今も老朽化した団地のままだったかもしれません。
建替えは、誰にとっても簡単な選択ではありません。しかし、「このまま何もしない」というのも、また一つの決断です。
もし、あなたのマンション・団地でも将来に不安を感じているのであれば、まずは一度、自分たちの“条件”を冷静に診断してみてください。
夢を話す前に、現実を直視するところからしか、持続可能な選択肢は見えてきません。
そのうえで、建替えなのか、長寿命化なのか、あるいは別の出口なのか。
それぞれのマンションごとに「現実的な最適解」を一緒に探していくのが、マンション管理士・FPとしての私の役割だと思っています。




コメント