【令和8年4月マンション法改正】標準管理規約第24条の2「保険金等の請求及び受領等」―理事長の代理権と管理組合の新たな責務

管理規約解説

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令和7年(2025年)改正の標準管理規約では、新たに第24条の2(保険金等の請求及び受領等)が新設されました。この条文は、従来の第24条第2項および第67条第3項第二号を整理・統合したもので、理事長が共用部分に関する保険金や損害賠償金、不当利得返還金を一括して請求・受領できる仕組みを明確にしたものです。

背景には、同年の区分所有法改正(第26条第2項)があります。この改正で、管理者(理事長)が、現区分所有者だけでなく旧区分所有者についても保険金等の請求を代理できることが法律上も明確化されました。これにより、理事長が団体として請求を一元化し、共用部分に関する保険金を確実に修繕費へ充てる運用が可能となります。

法施行は令和8年(2026年)4月ですが、標準管理規約では先行して令和7年版に条文が取り込まれています。

条文解説

第24条の2は全8項構成であり、理事長の代理権、手続きの一元化、旧区分所有者の取扱い、使途の原則、費用回収、通知義務を体系的に定めています。

標準管理規約第24条の2「保険金等の請求及び受領等」とは?

以下、条文内容となります。

(保険金等の請求及び受領等)
第24条の2 理事長は、前条の契約に基づく保険金並びに敷地及び共用部分等について生じた損害賠償金及び不当利得による返還金(以下「保険金等」という。)の請求及び受領について、区分所有者及び区分所有者であった者(以下「旧区分所有者」という。)を代理する。
2 理事長は、理事会の決議を経て、保険金等の請求及び受領に関し、区分所有者及び旧区分所有者のために、訴訟において原告又は被告となること、その他法的措置をとることができる。
3 保険金等の請求及び受領は、前2項の規定によらなければ、これを行うことができない。
4 区分所有者は、区分所有権を譲渡した場合において、区分所有法第26条第2項の別段の意思表示を行わない。
5 保険金等は、これが生じた原因となる敷地及び共用部分等の瑕疵の修繕のために必要な費用に充当する。ただし、当該費用に充当してなお残余があるとき、敷地及び共用部分等の瑕疵の修繕を要しないとき、又は理事長が保険金等を受領した時に既に修繕を終えているときは、管理組合は、当該保険金等を第27条に定める費用に充当し、若しくは修繕積立金に組み入れ、又は既にした修繕のために費用を負担した者に対する償還に充てることができる。
6 第1項及び第2項の規定に基づき区分所有者を相手方として敷地及び共用部分等について生じた損害賠償金及び不当利得による返還金の請求をする場合、理事長は、当該区分所有者に対し、違約金としての弁護士費用その他の諸費用を請求することができる。
7 前項の規定に基づき請求した弁護士費用その他の諸費用に相当する収納金は、第27条に定める費用に充当する。
8 理事長は、第2項の規定に基づき区分所有者及び旧区分所有者のために原告又は被告となったときは、遅滞なく、区分所有者及び旧区分所有者にその旨を通知しなければならない。この場合において、第43条第2項及び第3項の規定は、区分所有者への通知について準用する。

以下、各条文について、具体的に解説します。

理事長の代理権(第1項)

理事長は、保険契約に基づく保険金のほか、共用部分等に関して発生した損害賠償金や不当利得返還金について、区分所有者および旧区分所有者を代理して請求・受領する権限を持ちます。この「旧区分所有者」には、すでに区分所有権を譲渡した元所有者も含まれます。

たとえば、外壁事故に伴う保険金が譲渡前に発生していた場合でも、理事長が一括で請求し、修繕費に充てることが可能となります。

訴訟追行の権限(第2項)

理事長は、理事会の決議を経て、保険金等の請求および受領に関して原告・被告として訴訟その他の法的措置を取ることができるとされました。これにより、保険会社・施工会社などとの紛争処理を理事長が管理組合の代表として一元的に行うことが可能になります。

実務上は、理事会議事録に訴訟方針・弁護士選任・費用見積等を明記しておくと望ましいでしょう。

個別請求の禁止と一元行使(第3項)

共用部分に関する保険金・損害賠償金・不当利得返還金の請求および受領は、理事長が一元的に行うものとし、区分所有者や旧区分所有者は個別に行うことができないと定められました。いわゆる「団体一元行使」の原則であり、重複請求や受領トラブルを防止するための根幹部分です。

次章で解説する国土交通省コメントでも「理事長による団体的行使の明確化」と明記されています。

「別段の意思表示」を禁止(第4項)

第4項では、区分所有法第26条第2項に定められた「旧区分所有者の別段の意思表示(=代理を拒否する意思表示)」を規約上で禁止しています。つまり、区分所有者が区分所有権を譲渡した場合でも、理事長による代理行使を妨げるような意思表示はできないという明確なルールを設けたものです。

これにより、理事長の代理権が途切れず、保険金等の一元的な処理が実現します。ただし、この規定が導入される前に既に売却していた旧区分所有者には適用されません。(参考:国交省コメント第24条の2関係③)

受領金の使途(第5項)

理事長が受領した保険金等は、原則として共用部分等の修繕に充当すると規定されました。ただし、修繕を要しない場合や既に修繕が完了している場合には、

✅管理費に充当
✅修繕積立金に組み入れ
✅修繕費用を負担した者に償還

のいずれかに充てることができます。つまり、理事長が団体として受領した保険金を個々に分配せず、組合として合理的に再配分する仕組みです。

弁護士費用等の回収(第6・7項)

理事長が区分所有者を相手に損害賠償金や不当利得返還金を請求する場合、弁護士費用その他の必要費用を当該区分所有者に請求できると明記されています。これらの費用は「違約金」のような位置づけとなり、受領した金銭は第27条に定める管理費会計に充当されます。

訴訟対応コストを組合全体で負担しないための制度的裏付けです。「違約金としての弁護士費用その他の諸費用を請求」とある通り、本来弁護士費用は訴える側が負担しなければならないことが原則ですが、「違約金として」と付けることで、弁護士費用も相手方に請求できるという、標準管理規約お馴染みの、特有の言い回しになります。

訴訟時の通知義務(第8項)

理事長が第2項に基づき原告または被告となったときは、遅滞なく区分所有者および旧区分所有者に通知しなければならないとされました。通知の方法は、第43条第2項および第3項を準用するため、電磁的方法(電子メール・掲示板等)による通知も可能です。

この条項により、訴訟の進行や受領金処理を透明化し、関係者への説明責任を果たす仕組みが整えられています。

国交省コメントの読み解き方

当該条項に対する国土交通省のコメントは非常に長くなっています。そのため、全文を表示せずにポイントのみ紹介します。

全文は、標準管理規約単棟型(コメント含む)の18ページ(56枚目)にありますので、合わせてご参照ください。

改正の目的は「団体一元化」と「透明性の確保」

国土交通省の公式コメント(第24条の2関係)②では、

「理事長による団体としての行使に一元化し、区分所有者及び旧区分所有者による個別行使を禁止するものである。」

と明記されています。つまり、改正の狙いは「理事長の代理権強化」と「資金の透明化」です。

保険金等の行使主体を理事長に一元化することで、修繕資金を確実に組合で管理できる体制が生まれました。

「別段の意思表示」禁止の意義

旧区分所有者が代理拒否(別段の意思表示)を行うと、団体としての請求が分断され、実務上の混乱が生じます。そこで第4項では、この意思表示を規約上で禁止し、団体行為の統一を確保しています。

ただし、規約制定前に既に所有権を譲渡していた旧区分所有者にはこの義務は及びません。コメント③でも

「区分所有者でなくなった後も「別段の意思表示」をしてはならないという義務を負うこととなる。」

と明確に補足されています。

受領金の使途制限と団体的運用

第5項の使途規定は、修繕を原則としつつ、残余金や修繕不要の場合の柔軟な処理を認めています。

受領した保険金等を区分所有者及び旧区分所有者に分配することなく、団体として用いることを可能としている。

とあるとおり、理事長が受領した保険金を団体の判断で適正に再配分できるようにすることで、「分配トラブルを防ぎ、組合会計を健全化する」実務的意義を持ちます。

管理組合が対応すべき実務ポイント

最後の章では、今回の標準管理規約の条文追加を受けて、管理組合がどのように考え、動いて行けば良いのかの視点で具体的に解説します。

なぜ理事長が“一元化”して請求すべきなのか

今回の改正で最も重要なポイントは、「保険金等の請求や受領は理事長が一元的に行う」という原則が、法と規約の両面で明文化されたことです。では、なぜそこまでして一元化しなければならないのでしょうか。

まず、個別行使を許すと二重請求や重複受領が起こりやすくなります。外壁タイルの剥落事故を例にとると、誰が、どの範囲の損害を、どの原因で請求するかがバラバラになり、結果として保険会社からの信頼を失うおそれがあります。

また、施工会社や設計事務所との責任割合を整理する際にも、主張が食い違えば組合全体の立証力が弱まり、補償額が減額されるリスクが生まれます。

もう一つの理由は公平性です。共用部分に起因する事故では、専有部分の位置によって被害の大きさが異なっても、本質的には「建物全体の価値」を守るための修繕です。

理事長が代理して団体として請求・受領することで、資金を建物全体の修繕費として公平に扱える仕組みになります。

さらに、一元化は会計監査・情報開示・総会報告の面でもシンプルです。いわば「スピード・公平・透明」の三拍子を実現する運用形態なのです。

旧区分所有者の位置づけを整理する

次に、意外と見落とされがちなのが旧区分所有者(すでに区分所有権を譲渡した人)の取扱いです。改正後の規約第24条の2第4項は、旧区分所有者が「別段の意思表示を行わない」義務を明確にしています。

つまり、売却したからといって「自分は代理してもらわなくていい」「請求権は自分で行使したい」と言うことはできません。

この条文があることで、理事長の代理権は過去の所有者にも一貫して及ぶ形になります。もしこの規定がなければ、理事長が保険金を請求するたびに、過去の所有者全員から委任を取り直す必要が出てしまい、実務が完全に行き詰まります。

ただし、規約改正より前にすでに所有権を譲渡していた人には、当然この義務は及びません。

したがって、管理組合は「改正前売却者リスト」を作成し、誰が新規約の対象かを明確に管理することが重要です。

こうした台帳整備と、売却時の周知文書(「別段の意思表示はできない」旨の説明書)をセットで運用すれば、トラブルはかなり減らせます。

受領した保険金の“使い道”をどう判断するか

保険金や損害賠償金を受け取ったとき、理事長(理事会決議含む)が最初に考えなければならないのは「どこに入れるか」です。

第5項では「修繕費用への充当」が原則とされ、これを第一に考えなければなりません。ただし、修繕を終えていたり、修繕が不要と判断された場合には、次の3つの使途が認められています。

  1. 管理費に充当
     事故対応のために発生した調査費・通信費・専門家謝礼など、いわば“その期の臨時支出”を補填する使い方です。
     損害の原因調査や弁護士費用など、経常的な管理活動の延長にあるものはこちらが適します。
  2. 修繕積立金に組み入れ
     受領金を「将来の修繕計画の原資」として繰り入れる方法です。
     再発防止のための恒久補修や追加工事を次期に回す場合などに有効です。
  3. 償還(立替者への返金)
     事故発生直後に区分所有者が個人で応急工事を行ったり、共用部と誤認して専有部側が一時負担した場合など、立替実費の返金に使うことができます。
     ただし、金額・領収証・因果関係が明確なケースに限られます。

この3つのいずれにするかは、理事会での判断プロセスを明文化しておくとよいでしょう。

「修繕済み」「残余」「不要」のいずれに当たるかをチェックリスト化し、理事会議事録に選択理由と金額根拠を残すことが、後の監査でも信頼を生むポイントです。

証拠と台帳の整備は“事故カルテ”方式で

保険金請求や損害賠償の手続きは、時間が経つほど「何を根拠にしたのか」が不明瞭になりがちです。理事長が代わるたびに、過去の事故情報が断片的になる例も少なくありません。

そのため、理事会としては「事故カルテ」形式で台帳をつくることをおすすめします。

たとえば、

✅事故ID、発生日、場所、原因、調査報告書
✅保険会社・施工会社との往復書類
✅理事会決議・支出証憑・請求書・領収書
✅通知履歴(第8項に基づく現・旧区分所有者への通知記録)

これらをフォルダ単位で整理し、電磁的方法を用いる場合はクラウド等の共有フォルダーで共有すれば、理事長交代時にもスムーズに引き継げます。“紙よりも証拠の整合性”が大事な時代です。

紛争時の対応と費用回収の実務

保険会社や施工会社との交渉がこじれ、訴訟に発展した場合、理事長は第2項に基づき原告・被告として行動することができます。このときに発生する弁護士費用などの法的費用は、第6項により相手方に請求可能であり、その収納金は第7項に基づき管理費会計に充当できます。

重要なのは、「費用の相当性」を客観的に残すことです。弁護士費用の見積書・契約書・成果物(意見書、訴状案、和解案など)を台帳に添付し、理事会で承認した上で支出・収納の流れを明示することで、後日の説明が容易になります。

こうした記録を積み上げておけば、紛争対応そのものが次期以降の理事会の“事例集”として機能するはずです。

まとめ ― 修繕資金を守るための一元管理へ

令和7年改正で新設された標準管理規約第24条の2は、理事長が共用部分に関する保険金・損害賠償金等を団体として一元的に請求・受領する仕組みを明確にしました。旧区分所有者の「別段の意思表示」も禁止され、代理拒否や個別請求による混乱を防ぐ体制が整っています。

今後は、規約の改訂や台帳整備に加え、使途判断の明確化と透明な会計処理が鍵です。理事長の権限強化は同時に説明責任の強化でもあります。

改正の趣旨を踏まえ、管理組合全体で「修繕資金を守るための運用体制」を築くことが求められます。

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