マンション管理の現場で、静かに、しかし確実に増えている問題があります。 それは――「区分所有者と連絡が取れない」という事態です。
海外赴任や海外移住、投資目的での取得。さらに、相続未了で名義だけが残るケース。こうした背景により、管理組合からの総会通知や重要なお知らせが届かず、「送ったはずの通知が機能しない」という状態が起きやすいマンションが増えています。
対策として注目されるのが「国内管理人」制度です。ただし、導入すれば解決する魔法ではありません。本記事では、条文解説にとどまらず、管理組合の実務で国内管理人がどう効くのか、どこまで期待すべきかを現場視点で整理します。
なぜ今「所有者と連絡が取れない」マンションが急増しているのか
マンションの管理運営において「連絡が取れない」ということは、単に郵便物が戻ってくる以上に、総会運営・滞納回収・緊急対応に直接の支障をもたらします。背景は大きく3つあります。
①海外・長期不在の増加
②相続未了の増加
③管理会社だけでは埋められない限界
それぞれのケースについて、具体的に紹介します。
海外在住・長期不在・投資目的所有者の増加
まず挙げられるのが、区分所有者の居住実態の多様化です。仕事の都合での海外赴任や、リタイア後の海外移住など、生活の拠点が日本国外にあるケースはもはや珍しくありません。また、都心部を中心に「住むため」ではなく「資産運用」として購入される割合が増え、所有者が一度も現地を訪れないまま、管理だけが継続するケースも増えています。
投資家にとってマンションは「金融商品に近い感覚で捉えられがち」なため、管理組合から届く郵便物を軽視し、開封すらされないまま放置されることが「連絡不能」への入り口となります。我々がDMを受け取ったとき、「あとで見よう」と思ったまま机の端に置きっぱなしにする、あの感覚に近いと言えば分かりやすいでしょう。
相続未了・名義はあるが実質不在というケース
さらに深刻なのが、世代交代に伴う相続問題です。所有者が亡くなった後、遺産分割協議が進まない、あるいは相続人が誰であるか管理組合が把握できないまま放置されるケースです。登記簿上の名義人と、実際に意思決定をすべき相続人が一致しない状態が続くと、管理組合は「誰に連絡すれば手続が前に進むのか」「どの連絡先が有効なのか」という判断に迷い、実務が止まりやすくなります。
いわゆる「空き家問題」は、一戸建てだけでなくマンションでも進行し、相続未了が“連絡不能”を生みやすい土壌になります。
管理会社では埋められない「連絡不能」の限界
多くの理事会では「連絡が取れないのは管理会社の責任だ」と考えがちですが、ここに大きな落とし穴があります。管理会社の業務はあくまで「届出のある連絡先へ事務的に通知を送ること」であり、そこから先の行方不明調査や法的交渉までを行う権限も義務も、管理委託契約の範囲外です。
住民名簿を整備しようにも、所有者本人にそのつもりがなければ、管理会社の力だけで「所在不明・連絡不能の所有者」を突き止めることは困難です。
連絡不能が引き起こす実務リスク(総会/滞納/事故)
連絡不能が放置されると、管理組合の実務は次の三つの場面で深刻な行き詰まりに直面します。
「総会」
定足数の扱いが不安定になり、重要な決議が成立しない、あるいは後から有効性を争われるリスクが高まります。
「滞納」
管理費等の督促状が届かず、法的措置に不可欠な送達ができないまま、未収金だけが積み上がっていきます。
「事故」
漏水などの緊急時に入室確認ができず、初動が遅れることで被害が拡大し、復旧費用や賠償責任を巡る調整が難航します。
国内管理人制度の「正体」|できること・できないことを先に潰す
「連絡不能」への対策として、法改正を機に注目されているのが「国内管理人(国内連絡先)」制度です。要点は、国内に“確実な受領窓口”を置くことです。しかし、その実態を正しく把握している方は多くありません。
国内管理人は“何でも代行”ではない|削れない権限と限界
「国内管理人を選任すれば、本人に代わって何でも代行してくれる」
そう誤解されがちですが、実態はもう少し整理が必要です。
国内管理人には、区分所有法第六条の二第2項で定められた法定五権限(保存行為、利用・改良、総会通知受領、議決権行使、債務弁済)が当然に帰属し、これらを委任契約で削除・制限することはできません。一方で、それ以上の行為――たとえば工事への賛否判断や個別交渉――まで自動的に代行できるわけではなく、別途の追加委任が必要です。
管理会社・理事長・代理人・国内管理人──「誰が何をできるか」を切り分ける
国内管理人は、管理組合にとっての“担当者”ではありません。特定の区分所有者に付く存在であり、管理組合側の立場から見れば「国内で書類が受け取れる相手がいる」という意味にとどまります。ここを取り違えると、理事会の期待が先走り、連絡ルートが逆に壊れます。
整理すると、
✅管理会社は委託契約に基づく事務の受託者
✅理事長は管理組合の代表者
✅代理人(議決権代理人等)は本人の意思表示をする者
✅国内管理人は本人側の窓口兼(一定の範囲での)法定代理権者
です。
したがって実務では、国内管理人=通知・連絡の固定先として使い、議決権行使や契約判断は「代理人」や追加委任の有無で別管理にするのが安全です。
国内管理人の効力は「法定五権限+追加委任」──ゼロでも万能でもない
ポイントは、法律が与える最低限の権限(法定五権限)があり、これは削除も制限もできないという点です。一方で、法定五権限の外側にある行為──たとえば、契約締結の具体的判断、工事の承認手続、金融機関手続、理事会への代理出席などは、追加で委任して初めて動く領域です。
つまり実務では、「国内管理人に任せる」と言った瞬間に何が動くのかを、法定(自動)/追加委任(任意)で線引きし、管理組合としては“どの範囲の委任が届出書に書かれているか”だけを淡々と確認するのが正解です。
運用ミスで壊れるのは「連絡ルート」──典型トラブル
国内管理人制度で一番怖いのは、制度そのものではなく運用ミスで連絡ルートが壊れることです。
管理組合側が国内管理人を“所有者の代役”として扱い、判断まで押し付けてしまうケースです。権限の裏付けがない依頼を重ねれば、国内管理人は距離を置き、結果として連絡が再び途絶えます。
条文・法定五権限の整理はこちら(標準管理規約第31条の3)
ここまでの話は“実務の扱い方”です。制度の根拠となる条文、そして法定五権限(削除・制限できない)の整理は、別記事でまとめています。条文ベースで確認したい場合は、こちらを参照してください。
国内管理人が「実務で効く場面」|総会・滞納・事故を一本化
国内管理人が実務で効くのは、法定五権限を日本国内で確実に行使・受領できる状態を作れる点にあります。ただし、管理組合の責任を引き受けたり、本人の判断を代替する制度ではありません。
総会・通知:法定五権限としての位置づけ/代理人との切り分け
国内管理人には、法定五権限として、区分所有者と同等に議決権を行使する権限が含まれます。すなわち、区分所有者に代わって、議案に賛成するか反対するかを判断し、投票すること自体が法的に認められています。もっとも、議決権行使の権限があることと、本人意思を無視してよいことは同義ではありません。
一方で実務上は、国内管理人がどの立場・どの判断基準で賛否を決めたのかが不明確なまま議決権が行使されると、後日、所有者との間で紛争になるリスクがあります。そのため、国内管理人に判断を委ねる場合であっても、事前に判断方針や裁量の範囲を共有・記録しておく運用が、実務上は有効です。
滞納:法定五権限と送達の関係/回収責任は誰か
国内管理人が機能するのは、督促・通知を国内で確実に受領させられる点にあります。これにより、支払督促や訴訟といった法的手続に必要な「送達不能リスク」を下げやすくなります。
ただし、国内管理人は債務者ではありません。管理費等の支払義務や最終的な回収責任は、あくまで区分所有者本人にあります。「国内管理人がいるから回収が進むはず」と過信せず、法的手続の準備は並行して淡々と進めることが重要です。
事故・漏水時における保存行為権限と実務上の前提整理
国内管理人は区分所有法第6条の2第2項に基づく法定五権限として、保存行為を行う権限を有します。その射程には、状況に応じて専有部分への立ち入りを伴う保存行為も含まれます。
もっとも、国内管理人側において、保存行為を行えるよう鍵管理がされていることが実務上の前提となります。そのうえで、具体的な対応手順や管理会社との役割分担は、管理規約・使用細則や契約内容により整理しておく必要があります。
「国内管理人がいても改善しない」ケース(制度と運用のズレ)
国内管理人を選任しても、所有者が「任せたつもり」になり、その後の意思表示をしないケースでは実務は改善しません。また、国内管理人自身が法定五権限を理解せず、単なる伝言役にとどまる場合も同様です。
国内管理人は「連絡係」ではなく、権限を行使する主体です。この認識が共有されていないと、制度は形だけになり、管理組合の実務は止まります。
失敗しない運用設計|委任状・費用・ルール整備(ここが勝ち筋)
国内管理人制度の成否は、法律の理解ではなく「運用ルールの作り込み」で決まります。管理組合が主導して、実効性のある設計を行う必要があります。
委任状:包括委任が危険な理由/具体化すべき範囲
国内管理人の選任時に「管理に関する一切の件を委任する」とする包括委任は、実務上は危険です。権限と責任の境界が曖昧になり、トラブル時に対応が止まる原因になります。
国内管理人には法定権限がありますが、それ以外の任意の権限を付与する場合こそ具体化が必要です。通知対応、緊急時対応、議決権行使などを項目ごとに明示し、必要最小限にとどめることが安全な運用につながります。
届出書:管理組合が確認すべきポイント(連絡手段・更新運用)
届出書を受理する際、管理組合が必ず確認すべきなのは、実際に連絡が取れる手段が機能しているかという点です。具体的には、主たる連絡方法(電話・メール等)や、連絡可能な時間帯を把握しておく必要があります。
なお、国土交通省が示す届出書ひな型には有効期限の記載は想定されていません。そのため、期限を一律に設けるというより、定期的に届出内容を見直し、更新を促す運用を管理組合側で用意しておくことが現実的です。
所有者の死亡や売却、居住状況の変化は避けられないため、年1回の名簿確認や理事会通信による届出再確認などを組み合わせることで、国内管理人制度の形骸化を防ぐことができます。
費用:原則は所有者負担/管理費からの拠出は当然不可
国内管理人の選任や活動に関する費用は、当該区分所有者が個別に負担すべきものです。管理組合の管理費から拠出することは、絶対に実施してはなりません。
国内管理人は、特定の区分所有者の事情(海外居住等)に対応するための制度であり、その費用を全区分所有者で負担する合理性はありません。管理費を充当すれば、受益と負担の関係が崩れ、管理組合内の公平性を著しく損ないます。
国内管理人制度を導入する際は、「費用はすべて所有者個人負担である」ことを明確にし、管理組合は一切関与しないという線引きを徹底する必要があります。
費用:実務で揉める「実費」パターン(郵送・連絡・手数)
実務上揉めやすいのが、書類転送にかかる郵送代や国際電話代などの「実費」(例:国際書留、転送費用)です。これらは、所有者と国内管理人の間で取り決めるべき事項であり、管理組合が関与すべきものではありません。
この点を届出時に明確にしておかないと、国内管理人が実費負担を嫌って連絡や転送を控えるなど、本末転倒な事態を招きかねません。実費の扱いは、制度運用の前提条件として切り分けておく必要があります。
管理組合内ルール:届出書式の統一/運用フロー
管理組合としては、国内管理人に関する届出書式を統一し、事務処理を標準化しておく必要があります。届出書には、国内管理人の氏名(名称)・住所(居所)・連絡先といった法定記載事項を正確に記入させ、管理組合はそれを名簿に反映するだけ、という運用に徹します。
あわせて、
✅連絡手段の種類
✅実費負担は所有者と国内管理人の間の問題であること
といった運用上の前提事項を、届出書や別紙で明示しておくことが重要です。
国土交通省が紹介している届出書のひな形は以下のとおりです。

※国土交通省「令和7年マンション標準管理規約(単棟型)改正新旧対照表」をもとに筆者が独自作成
国内管理人制度は「管理組合が何かを判断・調整する仕組み」ではありません。届出を受け、記録し、更新を管理する――この事務に徹することで、制度は最も安定して機能します。
まとめ|国内管理人は「連絡不能対策の一手段」
国内管理人制度は、管理運営を万能にする制度ではありません。しかし、「連絡が取れない」という致命的なボトルネックを解消する、極めて実務的な手段です。
制度を過信せず、
・名簿の更新
・届出ルールの明確化
・ITによる直接連絡
と組み合わせて使うことで、初めて効果を発揮します。
まずは、名簿と連絡ルートを最新化する。国内管理人制度は、そのための補助線として位置づける。
この整理ができていれば、実務は止まりにくくなります。






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