2025年12月19日、内閣府は首都直下地震の新たな被害想定を12年ぶりに公表しました。タワーマンション(タワマン)が林立する首都圏において、今回の想定で最も注目すべきは「建物の被害」よりも、むしろ「インフラの停止、とりわけエレベーターの停止による生活の麻痺」です。
日経新聞が報じたエレベーターの停止予測台数は、前回想定の約1.5倍となる1万7200台。「倒壊しないから安全」という神話の裏側で、管理組合が直面する「高層階の孤立」というシビアな現実を、マンション管理士・FPの視点で深掘りします。
タワマン管理の基本(一般マンションとの違い)を先に押さえる:
タワーマンションは本当に「安全」なのか:構造的安全性と居住継続性の乖離
まず前提として、タワーマンションは構造面において非常に高い安全性を備えています。新耐震基準はもちろん、超高層建築物特有の厳しい基準をクリアしており、震動を逃がす「免震・制震構造」が一般的です。家具の固定などの対策を適切に施していれば、揺れによる致命的な建物被害は想定しにくい、というのが専門家の一致した見解です。
しかし、ここで管理組合が陥りやすい罠があります。それは、「建物の無事=生活の継続」と考えてしまうことです。消火設備や非常用電源が整備されていても、それはあくまで「命を守るための設備」であり、「日常の利便性を維持するための設備」ではありません。構造的に「住める」状態であっても、インフラが途絶した高層階が「生活に耐えうる場所」であり続けられるかは、全く別の議論です。
なぜ「1週間以上」も止まるのか:メンテナンスのボトルネックと“点検待ち”の必然
最新の想定では、エレベーターへの閉じ込め人数は減少しました。最寄り階に自動停止する装置の普及が進んだためです。しかし、管理組合として注意すべきは、「閉じ込められない=すぐに動く」ではないという点です。
大規模停電が発生すれば、マンションだけで約1万7200台(約1万1000棟)のエレベーターが止まります。電力が復旧しても、プロによる点検が終わるまでは再稼働できません。ここで注目すべきは「保守人員の物理的限界」です。12年前の想定時よりタワマンは激増しましたが、保守エンジニアの数はそれに比例して増えてはいません。病院や公共施設が優先される中、民間マンションの点検は後回しにならざるを得ません。
「たまたま長引く」のではありません。統計的な「必然」として、復旧まで1週間から10日間の停止を想定すべき時代に入ったのです。もしエレベーターの老朽化が進んでいるのであれば、復旧の足かせになるリスクも考慮し、早めの対策が望まれます。
エレベーター改修の判断基準を明確にする:
在宅避難の「盲点」:トイレと排水の地獄
タワマン防災の基本は「在宅避難」ですが、最も過酷なのは「トイレ」の問題です。多くのタワマンでは電動ポンプで水を汲み上げています。停電すれば断水し、非常用発電機が切れた後は、トイレを流すことすらできません。
さらに深刻なのは下水管の破損や、排水ポンプの停止です。これを知らずに上層階でトイレを流すと、低層階の住戸で汚水が逆流・溢れ出すという悲劇が起きます。地上40階で「トイレが使えない、流せない、捨てに行けない」状態が続くことは、不便を通り越し、公衆衛生上の危機です。管理組合は「簡易トイレを配る」だけでなく、「排水制限を全戸に徹底させる運用ルール」を策定しておく必要があります。
東京都港区マンション 震災対策ハンドブック(在宅避難のすすめ)1ページ・資料5枚目
✅<災害発生後の対応ミスにより大きな被害が発生しました>
高層階居住者が排水管の損傷に気づかずにトイレを使用し水を流したことで、低層階で下水があふれ出して大きな被害になってしまいました。
マンション管理組合が実施すべき防災対策を網羅する:
高層階の孤立:支援物資が「届かない」構造的理由
地上40階の階段は、約800段以上に達します。成人男性であっても、空身で往復するだけで疲弊します。10キロの給水袋を抱えて階段を登るのは、屈強な消防隊員でも過酷な作業です。
災害時、自治体による支援物資は「マンションの玄関先」までは届くかもしれません。しかし、そこから「40階の玄関」まで運んでくれる公的支援は存在しません。実質的に外出や物資調達が極めて困難な状態、すなわち「孤立」が発生します。高齢者や乳幼児のいる世帯にとって、エレベーターの停止は死活問題です。フロア単位での「共助」の仕組みが機能しない限り、高層階住民は見捨てられた存在になりかねません。
備蓄は「10日分」が新基準:居住継続性のための投資
日経記事でも指摘されている通り、備蓄の整備は遅れています。一般的に推奨される「3日分」の備蓄は、避難所へ移動することを前提とした数字です。在宅避難を完遂しなければならないタワマンにおいては、最低でも10日分、できれば2週間分の食料・水・簡易トイレの備蓄が必須となります。
専有部分の収納スペースには限界があります。管理組合として、「各フロアの倉庫」や「共用部の空きスペース」を防災倉庫として再定義し、水やトイレだけでも分散配置する検討が不可欠です。これは単なる「非常時の快適性」の問題ではなく、高層階に住み続けられるかどうかという居住継続性の問題です。
管理組合が今すぐ「理事会」で議論すべき具体的論点
理事が今すぐ着手すべきは、以下の4点です。
- マンション版BCP(事業継続計画)の策定:誰が何を判断するのか。保守会社との優先点検プロセスの確認。
- 非常用発電機の燃料備蓄の強化:給水ポンプやエレベーターを限定稼働させるための燃料確保。
- フロア自律型の組織作り:フロアごとに安否確認と物資分配を完結できるリーダーの選任。
- 「実動」訓練へのシフト:実際に階段を使って物資をリレー運搬できるか検証する。
特に防災訓練については、形骸化させないための「参加したくなる工夫」が求められます。
防災訓練の参加率を高める実践的な工夫:
横浜エリアの認定制度と「10日分備蓄」の新基準
横浜市にお住まいなら、市独自の認定制度も一つの大きな指標になります。高層マンションの孤立対策は、認定項目の中でも非常に重要なポイントです。今回の国の被害想定を受け、基準はよりシビアになることが予想されます。まずは認定制度の概要を把握し、自物件の立ち位置を確認しましょう。
横浜市内のマンション防災認定制度をチェックする:
「タワマン防災」は資産価値そのものである(管理の質が問われる時代)
防災対策は、単なる善意の活動ではありません。震災後に「このマンションは管理組合が機能して生活が維持できた」という評価が残れば、それはマンションの格付け(資産価値)に直結します。
逆に、汚水の逆流やパニックが起きたマンションは、震災後に中古市場で「リスク物件」として敬遠されることになります。昨今注目されている「管理の格付け」では、防災の実効性が“点数”として現れます。あなたのマンションが平均以上かどうか、まずは全体像を確認しておきましょう。
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まとめ:正しく知り、論点を共有する「管理力」
首都直下地震の新被害想定は、タワマン住民にとって決して楽観視できるものではありません。タワマンは「倒壊しにくい」が、その代償として「孤立しやすい」という脆弱性を持っています。
管理組合の役割は、この現実を正しく居住者に伝え、準備の優先順位をつけることです。「エレベーター停止は1週間続く」ことを、想定外ではなく「前提条件」として受け入れたとき、初めて本物の対策が始まります。年の瀬に、ご自身のマンションの「管理力」を今一度見直してみてください。
※本記事は2025年12月19日公表の国の被害想定および日経新聞の報道を基に、筆者独自の視点でマンション管理組合向けに論点を整理したものです。








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