【保存版】所在不明区分所有者の調査手順|弁護士に頼む前に理事長がやるべき「証拠集め」の極意

マンション管理

※当コラムでは商品・サービスのリンク先にプロモーションを含むことがあります。ご了承ください。

「管理費を数年間滞納しているあの部屋、本当に人は住んでいるのか?」
「郵便受けは溢れているが、勝手に調べるわけにもいかない…」

マンション管理組合の理事長を悩ませる最大級の厄介事、それが「所在不明区分所有者(行方不明者)」の問題です。

総会のたびに「法的措置を検討中」と報告しつつ、解決の糸口が見えないまま数年が過ぎてしまう――これは多くの管理組合で見られる典型的なパターンです。

いざ弁護士に相談すると、「まずは調査をしてください」と案内され、着手金・調査費用・裁判所への予納金などを含めてケースによっては100万円前後に及ぶこともあります。
こうした金額の負担感から、手続きに踏み出せず悩み続ける管理組合は実際に多いのです。

しかし、ここで諦める必要はありません。実は、裁判所への申し立てや弁護士への依頼をスムーズに進めるための「不在の証拠」の多くは、管理組合(理事会)の権限で、かつ適法に集めることが可能です。

本記事では、多くの弁護士や大手メディアが語らない「現場レベルでの所在不明者調査の実務」について、マンション管理士の視点から具体的な手順を解説します。

すべてをプロに丸投げして高額な費用を払う前に、まずはこの記事にあるチェックリストを片手に、理事ご自身で「現場確認」を行ってみてください。その「一枚の報告書」が、膠着した事態を動かす強力な武器になります。

※本記事は、令和8年4月施行予定の改正区分所有法および関連制度を前提に解説しています。実際の運用状況や裁判所の判断により細部が変わる可能性がありますが、現時点で管理組合が備えるべき実務知識として有効です。

なぜ、管理組合による「事前調査」が不可欠なのか?

まず、なぜ理事長たちが自ら汗をかいて調査をすべきなのか、その理由を「法律」と「お金」の両面から解説します。

理由①:裁判所が求めるのは「感想」ではなく「事実」だから

2023年4月の民法改正により、従来の「不在者財産管理人(民法25条)」に加え、新たに「所有者不明土地・建物管理制度(民法264条の2以下)」が導入されました。

一方で、マンションについては、令和8年4月施行の区分所有法改正により、所在不明区分所有者への調査義務(67条の2)や総会決議からの除外(67条の3)など、より実務に即した規律が整備されます。

これらの区分所有法の規定で対応しきれない場合、最終的に民法の管理人制度(不在者財産管理人・所有者不明建物管理命令)を利用して、専有部分を管理したり、連絡可能な代理人を選任する手続きに進むことになります。

所在不明者の財産管理には主に2つの制度があります。1つは、民法第25条に基づく『不在者財産管理人制度』で、所在不明者の全財産(預金・不動産など)を対象とします。もう1つは、2023年4月施行の新制度『所有者不明土地・建物管理命令』(民法第264条の2以下)で、所在不明の特定不動産だけを地方裁判所が対象として管理命令を出す制度です。

前者は不在者の身元がわかっていることが前提となり、後者は身元不明のケースでも利用できます。また、予納金負担の面では、後者の方が軽減される可能性があります。

なお、令和8年4月の改正区分所有法では、所在不明の所有者がいても管理を進められるよう、新たに『専有部分の管理命令制度』が設けられます。これにより、管理組合では対応できない場合でも、裁判所を通じて専有部分の管理を行える道が整備されつつあります(詳細は別記事で解説予定です)。

※参考:標準管理規約第67条の2(所在等の探索)の解説はこちら

しかし、どの制度を利用するにせよ、裁判所(地裁または家裁)は必ずこう聞いてきます。
「その所有者が『本当にいない』という客観的な証拠はありますか?」

「郵便物が溜まっているから、たぶんいないと思います」という程度の報告では、裁判所は絶対に動きません。個人の財産権を制限し、第三者に管理させるという強力な手続きである以上、裁判官や書記官は「厳格な疎明(そめい=一応確からしいという証拠)」を求めます。

「本当に実家に帰っているだけではないのか?」「入院しているだけでは?」という裁判所の疑念を晴らすためには、複数の事実を積み上げるしかないのです。

理由②:弁護士費用の「ブラックボックス」を削るため

この証拠集めを、最初からすべて弁護士や司法書士に依頼するとどうなるでしょうか。

彼らは法律の専門家ですが、探偵ではありません。現地に行ってインターホンを押し、近隣に聞き込みを行い、電気メーターを確認する…といった作業を行う場合、当然ながら「現地調査日当」「タイムチャージ(時間制報酬)」が発生します。

移動時間も含めて専門家の時間を拘束すれば、それだけで数万〜数十万円が飛んでいきます。しかし、現地のことを一番よく知っているのは、そこに住んでいる皆さん(管理組合)です。

「自分たちで調べられる範囲」を調べ尽くし、報告書としてまとめてから専門家に渡す。これだけで、初期費用を大幅に圧縮できるだけでなく、着手までのスピードが劇的に早まります。

【実務】居住実態を暴く5つのチェックポイント(深掘り編)

では、具体的に何を見ればよいのでしょうか。戸建て(空き家)の調査とは異なり、マンションには「共用部分」という立ち入り可能なエリアがあるのが強みです。

以下の5点は、実際に私が実務で確認を推奨しているポイントです。単に「見る」だけでなく「そこから何を読み取るか(プロの視点)」まで解説します。

その① ライフライン(電気・ガス・水道)は「雄弁な証人」

人間が生活していれば、必ずライフラインが動きます。これは最も客観性が高い証拠です。

電気メーターの「深読み」

最近のマンションは「スマートメーター(デジタル式)」が主流です。ここで見るべきは、数値の変動だけではありません。

通信ユニットの点滅: メーター下部にある通信ランプが点滅していれば通電中です。
液晶表示が消えている: これが重要です。液晶が消えていれば、ブレーカーが落ちているか、電力会社による「送電停止措置(契約強制解除)」が取られている可能性が高いです。

もし「契約はあるが使用量ゼロ(入院・施設入所)」なのか、「契約自体がない(夜逃げ・孤独死後の放置)」なのかが分かれば、打つべき手が変わってきます。

ガスメーターの「閉栓タグ」

ガスメーターの元栓付近を見てください。長期間使用がない、あるいは料金未納が続いた場合、ガス会社が閉栓し、誤って開けられないように「閉栓タグ(プラスチックの封印)」やキャップを取り付けていることがあります。

これがあれば、「ガスが使えない状態=物理的に生活不可能」であることの強力な証明になります。

水道メーターの「コマ」

水道メーター(量水器)の蓋を開け、中の「パイロット(銀色のコマ)」が回っているか確認します。また、自治体によっては長期閉栓の場合にメーター自体を取り外したり、特殊なキャップを嵌めることがあります。

その② 郵便受けの「地層」から時期を特定する

単に「溢れている」という事実だけでは不十分です。その中身を(外から見える範囲で)観察し、「不在が始まった時期」を特定します。

例えば、郵便受けの底の方に「昨年のクリスマスのチラシ」が見えたとします。あるいは、「令和〇年〇月分の水道検針票」が挟まっていたとします。それにより、「少なくとも〇年〇月時点では、既に回収する人間がいなかった」という時系列が証明できます。

これは、後に裁判で未納管理費を請求する際、「いつから時効のカウントダウンが始まっているか」を判断する重要な材料になります。

その③ 玄関周りの「埃(ホコリ)」と「クモの巣」

共用廊下から玄関ドアを観察し、写真に残します。

✅ドアノブの上部に積もった埃の厚さ
✅ドアの隙間やインターホン周辺に張ったクモの巣
✅ドアの隙間に挟まったまま変色しているポスティングチラシ

これらは「人の出入りがあれば物理的にあり得ない状況」を示す、視覚的に分かりやすい証拠となります。

その④ 夜間の「定点観測」と「死角」

可能であれば、理事会のメンバーで手分けをして、1週間程度、夜間(19時~21時頃)の状況を確認します。「7日間連続で、夜になっても明かりがつかない」という記録は重要です。また、もし可能であれば、ベランダ側(外観)から洗濯物の有無やカーテンの開閉状況も確認してください。

「365日、カーテンが同じ位置で閉め切られている(あるいは開けっ放しである)」ことは、生活反応の欠如を強く示唆します。

その⑤ 管理員・近隣住戸への「戦略的」ヒアリング

個人情報保護法を気にして聞き込みを躊躇する方がいますが、管理組合の正当な業務(管理費請求・管理不全防止)の範囲内であれば問題ありません。

ただし、無遠慮に聞き回るのではなく、「管理組合として必要な調査である」旨を告げた上で、必要最小限の情報を収集してください。

また、得られた情報は理事会内で適切に管理し、部外者や他の居住者にむやみに共有しないことも重要です。

✅「そういえば半年前に、大きな荷物を持って出て行くのを見た」
✅「昨年の夏頃に警察が来て、中で何か調べていた」
✅「親戚と名乗る人が一度だけ来て、荷物を運び出していた」

こうした証言は、単なる「不在」ではなく「所有権放棄」や「事件性」を判断する決定的な鍵になります。証言が得られた場合は、必ず「日時」と「証言内容」を記録に残してください。

ちなみに、急を要する漏水・火災・異臭などの緊急事態であれば、標準管理規約第23条(必要箇所への立入り等)に基づき、理事長および委任を受けた者が専有部分に立ち入ることも想定されています。ただし、本記事で扱っている所在不明者の調査は、あくまで日常的な「外観調査」が前提です。

【調査の法的意味】所在不明区分所有者への管理費請求と「公示送達」の関係

ここで少し専門的な話をします。なぜ、ここまで執拗に「いないこと」を証明しなければならないのでしょうか。

それは、日本の法律の大原則として「相手に通知が届かなければ、裁判を始められない(送達の原則)」があるからです。区分所有法59条による競売請求であれ、支払督促であれ、訴状や督促状が相手に届かなければ、手続きはそこでストップします。

しかし、相手が夜逃げをして行方不明の場合、いつまで経っても裁判ができません。そこで例外的に認められるのが「公示送達(こうじそうたつ)」という手続きです。公示送達は、管理費滞納に対する通常訴訟や支払督促、区分所有法59条の競売請求など、裁判手続全般で使われる「特別な送達方法」です。

これは、裁判所の掲示板に呼出状を掲示することで、相手に届いたとみなして裁判を進めることができる強力な制度です。

当然、裁判所は簡単にはこれを認めません。もし相手が旅行中なだけだったら、知らない間に裁判で負けることになり、人権侵害になるからです。

そこで管理組合が作成した「調査報告書」の出番です。この報告書は、裁判所書記官に対し、以下のロジックを証明するための「疎明資料」となります。

【裁判所への主張ロジック】
「我々は現地を詳細に調査しました。電気・ガスも止まり、郵便受けは半年以上放置され、近隣も姿を見ていません。就業場所も不明です。
よって、この区分所有者の住居(生活の本拠)は、もはやここにはありません。
通常の方法では送達できないことが明らかですので、公示送達を認めてください

このロジックを通すための「弾丸」を込めるのが、理事長の仕事なのです。

理事長ができる調査の「限界」と、専門家へのバトンタッチ

ここまで「自分でやろう」と言ってきましたが、理事長にはどうしても越えられない「壁」があります。それは「住民票や戸籍の取得」です。

よく「管理組合の理事長名義で、役所に行って相手の転居先(住民票)を調べられないか」という相談を受けます。

法律上(住民基本台帳法等)は正当な理由があれば可能とされていますが、実務上の窓口対応は非常に厳格です。実際には、「管理費請求訴訟のために住所を確認する必要がある」といった具体的な目的や資料を示しても、自治体ごとに判断が分かれるのが実務です。

ここから先は「職務上請求」の出番

管理組合では住民票・戸籍の取得が実務上ほぼ不可能であるため、ここから先は弁護士・司法書士・行政書士といった、「職務上請求権」を持つ専門家の出番となります。
※マンション管理士は職務上請求権を持たないため、住民票の取得などの調査行為はできません。

しかし、専門家が職務上請求を行うためにも、「管理組合として、やるべき調査は行ったが連絡がつかない」という実績が必要です。

具体的には、以下の2つが揃って初めて、スムーズに職務上請求や法的手続きに移行できます。

理事会による現況調査(前述の5つのチェックポイント)
内容証明郵便の不達(「宛所尋ねあたらず」で戻ってきた封筒)

つまり、管理組合が作成する現況調査チェックシートは、単なる「状況把握」ではありません。 この資料があることで、弁護士や司法書士など、職務上請求権を持つ専門家が住民票・戸籍調査に進むだけの合理的根拠を示すことができます。

言い換えれば、「管理組合としてやるべき調査は尽くした」という事実を明確に示すことが、次の法的ステップに移るための必須条件なのです。

そして、専門家の調査によってもなお所在が確認できない場合、はじめて「この所有者は現実に連絡不能であり、総会運営に支障が生じている」という法的評価が可能になります。

今後の法改正により、区分所有者の所在が分からなくても、裁判所を通じて専有部分の管理ができるような制度(管理命令制度)も始まります。ただし、それも『まず調査を尽くした実績』がないと申立てが認められません。だからこそ、最初の段階で理事会ができる範囲で証拠を積み上げることが何よりも大切なのです。

ここで重要になるのが、令和8年4月施行の区分所有法改正で新設された第67条の3(所在等不明区分所有者の総会除外)です。 この条文は、「一定の調査を尽くしても所在が分からない場合には、その区分所有者を議決権の数から除外できる」という、総会成立のハードルを大きく下げる画期的なルールです。

したがって、チェックシートで調査記録を積み上げ、専門家による調査を経て「所在不明」が明らかになれば、はじめて第67条の3の適用が現実味を帯びてきます。

※参考:所在不明者を総会決議から除外する手続き(改正区分所有法)についてはこちら

調査時の注意点(コンプライアンス)

調査は管理組合の正当な業務として行うものですが、方法を誤ると刑事責任民事上の損害賠償につながるおそれがあります。ここでは、必ず守るべき「禁止事項」を整理します。

× 勝手に鍵を開けて室内に入る
「管理規約に立ち入り権限があるから」といっても、緊急事態(漏水・火災・異臭など)の場合を除き、任意に入室することは認められません。鍵業者を手配して開錠すれば、住居侵入罪(刑法130条)に問われる可能性があります。 調査はあくまで廊下・ベランダなどの外観調査に限定してください。

× 郵便物を開封する
郵便受けに溜まっている郵便物を勝手に開封すると、信書開封罪(刑法133条)に該当するおそれがあります。 確認できるのはあくまで、外から見える範囲の日付・量・状態までです。

× 張り紙で氏名を晒す
「○○号室の○○さん、至急ご連絡ください」のような掲示は、名誉毀損プライバシー侵害のリスクがあります。 掲示が必要な場合でも、管理規約や細則の定めに基づいた形式的・事務的な案内にとどめ、個人情報を過度に公開しないよう注意してください。

以上のルールは、所在不明者対応に限らず、管理組合が行うすべての調査に共通する基本原則です。「必要最小限」「外観中心」「記録重視」を徹底することが、トラブルを避ける最大のポイントです。

まとめ:その「記録」がマンションを守る資産になる

所在不明者の問題は、放置すればするほど状況が悪化します。管理費の滞納額が膨らむだけでなく、所有者が死亡して相続が発生すれば、権利関係がネズミ算式に複雑になり、解決にはさらに多額の費用と時間がかかるようになります。

今すぐ弁護士に依頼する予算が組めなくても、「毎月1回、メーターと郵便受けの状況を記録し、写真を撮っておく」ことだけは始めてください。今日から始めるその地道な記録こそが、将来、裁判所を動かし、他の区分所有者の資産価値を守るための決定的な証拠となります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました