マンション管理士が見る沢田マンション – セルフビルド建築の魅力と課題

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今回は興味深いマンションとして名高い、高知県高知市薊野北町一丁目にある沢田マンションについて取り上げます。

沢田マンションは分譲マンションではなく賃貸や民泊でも泊まれる集合住宅です。なかなかない興味深い建物として、今回はマンション管理士の視点からこのマンションの魅力について紹介します。

沢田マンションとは何か?セルフビルドで生まれた奇跡の集合住宅

沢田マンション(通称「沢マン」)は、高知県高知市にある地下1階・地上5階建て(一部6階)の大規模集合住宅です。鉄骨鉄筋コンクリート造で、敷地約550坪に約70戸・100人ほどが暮らしています。

驚くべきは、この建物を専門的な建築教育を受けていない一般人の夫婦(沢田嘉農さん・裕江さん)が独学・自力で建てたことです。1971年、当時44歳の沢田嘉農さんが土地を購入して建設を開始し、妻や子供まで工事に動員しながらコンクリート打設から施工まで全て自前で行いました。いわば「セルフビルド」の極致とも言える建築物で、日本の建築史上でも唯一無二の存在です。

完成当初の構想は地上10階建て・100戸という壮大なものでしたが、最終的には地上5階建て・約60戸に落ち着きました。建設当初は母子家庭など生活困窮者を優先的に受け入れる社会的な配慮もなされ、近年では若い世代の入居も増えているといいます。

家賃は間取りや日当たり、設備状況によって2万円から5万円程度と廉価に設定され、入居のハードルも低めです。部屋番号は入居申込の順番で割り振られたため非常に雑多で(101号室や102号室といった一般的番号は一時導入されましたが不評で撤回)、「202号室」が2階ではなく別階に存在するなど宅配業者泣かせの状態だそうです。沢田マンションはまさに常識に捉われない発想で造られ、運営されてきたマンションなのです。

増築を重ねた迷宮のような沢田マンションの建築デザイン

専門家ではなく素人が建てた沢田マンションは、その外観や構造も非常に独特です。施工当初から「設計図は頭の中にある」と嘉農さんが述べたように、正式な図面もなく増改築を繰り返したため、建物全体がまるで迷路のような複雑さを呈しています。

その外観は後付けの増築部分が折重なり、凸凹した巨大要塞のよう。しばしば「日本の九龍城」(香港の九龍城砦)や「軍艦島マンション」になぞらえられ、建築探訪マニアの名所としても知られています。さらには、スペインのサグラダ・ファミリアになぞらえ「日本のサグラダ・ファミリア」と評されることもあり、まさに唯一無二のデザイナーズ物件とも言えるでしょう。

※フリー画像より
増築に増築を重ねた沢田マンション外観(正面)。 白い鉄筋コンクリートのスラブが水平に伸びる一方、中央には鉄骨の塔屋や外廊下が複雑に組み合わさり、既存のマンションにはない独特の風貌を見せる。

特徴的なデザイン要素として、建物正面から屋上近くまで緩やかにカーブしながら伸びるスロープが挙げられます。1989年に設置されたこの自走式スロープによって、なんと3階部分まで自動車で登ることが可能なのです。スロープは5階近くの高さまで達しており、重厚な沢田マンションの外観に動的なラインを与えています。

※フリー画像より

そして、スロープ下には地下駐車場の入口もあり、大型マンションでありがちな「駐車場難民」と無縁の設計です。

写真:yano(Panoramio) / Wikimedia Commons / CC BY‑SA 3.0(表示・継承)

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沢田マンションの自動車用スロープと地下駐車場入口。 敷地に入るとまず目に飛び込んでくるのが5階付近まで緩やかに続くこのスロープです。1989年の増築で設置され、車で建物内部の各階近くまでアクセス可能という驚きの構造になっています。

さらに、上層階には信じられないような空間利用がなされています。4階部分には約25坪(約82㎡)もの大きなが設置されており、鯉が悠々と泳いでいます。元々は屋上プールの計画でしたが、孫が「釣りをしたい」と希望したため池に変更された経緯があるそうです。池には鯉が放たれ、小島には小屋が設置されているなど、集合住宅の一角とは思えない光景です。

5階には庭園が広がり、そこでニワトリやカメ、ブタまでも飼育されています。屋上には畑が造成され、野菜やハーブが育てられているとのこと。収穫された野菜や、それらで作った手作りの石鹸などは1階エントランス付近の良心市(無人販売所)で販売され、住民や訪問者に提供されています。まるで一つのマンションが生態系を伴った小さな村のように機能している点も、他では見られないユニークさです。

この他にも、屋上には自作のクレーン(簡易クレーン)が今も残っています。建築当時に資材を持ち上げるため夫妻で製作したもので、現在はランドマーク的存在です。

写真:yano(Panoramio) / Wikimedia Commons / CC BY‑SA 3.0(表示・継承)

さらに塔屋部分にはオーナー夫妻の自宅(ペントハウス)が一軒家のように構えており、一部にはギャラリーや雑貨店、建築設計事務所までテナント的に入居しているなど、住宅でありながら多機能な建物となっています。増築の重ね合わせによって各住戸の間取りも全て異なり、まさに「究極の団地」とも呼べる個性派マンションです。

沢田マンション、建築基準法との攻防 – “違法建築”と呼ばれる理由とは

沢田マンションについて語る際に避けて通れないのが、建築基準法との関係です。俗に「日本最大の違法建築物」とまで称されるこのマンションですが、その背景には建築確認申請を経ずに建てられた経緯があります。

着工当時(1971年頃)は役所の監督も今ほど厳密ではなく、当時の担当者は「構造強度に文句は言わないが、いずれ手数料を用意できたら許可を取ってほしい」と告げた程度で黙認していたと言われます。しかし最終的に正式な確認申請が行われなかったため、建築基準法第6条(建築確認)違反となり、法的には違反建築物に該当します。

当然ながら行政からの是正指導や工事中止命令なども度重なりましたが、沢田夫妻は粘り強く建設を続行しました。私有財産権や入居者の居住権も絡むため、当局も強制的な取壊し等の措置は取れず、現在は黙認状態で存続しているのが実情です。高知市の建築指導課も「有効な指導が難しいのが現状」とコメントしており、いわゆるグレーゾーンに立つ建築物と言えるでしょう。

違反建築とはいえ安全面が無視されているわけではありません。むしろオーナーや住民自らが防災・安全対策に取り組んでおり、住民有志で自主防災組織を結成して年1回の防災避難訓練を実施するなど、行政とも協調的な関係を築いているとのこと。建物自体も老朽化に対し順次改修や耐震補強が行われ、2005年にはスロープ支柱の耐震補強工事も実施されました。こうした自主的な管理努力もあり、違法建築スレスレでも実用に耐える建物として半世紀近く存続しているのです。

建築基準法上の問題点として指摘されるのは、確認申請の欠如以外にも、集団規定(敷地や道路に対する規制)や単体規定(各部屋や階段の構造要件等)への適合性です。例えば非常階段や避難経路の確保、耐火性能、採光や換気の基準など現行法から見れば満たしていない点もあるかもしれません。しかし、実際に長年住み続ける住民がいるという事実がその実用性を証明しているとも言えます。

マンション管理士の筆者の視点から見ると、分譲マンション・賃貸マンション問わず法令違反状態を抱えた建物の管理は本来非常に困難な案件ですが、沢田マンションの場合はオーナーと住民の強い信頼関係と、既成概念にとらわれない運営方針によって成り立っている特例的ケースといえるでしょう。

独自のコミュニティと管理方式 – マンション管理士が感じる魅力と課題

写真:さかおり / Wikimedia Commons / CC BY‑SA 4.0(表示・継承)

沢田マンションでは、一般的な分譲マンションや賃貸住宅とは一線を画すユニークな居住コミュニティが形成されています。建物の構造上、各階の共用廊下がオープンな半アウトドア空間で、隣戸とのベランダ仕切りも無い造りになっているため、住民同士が顔を合わせやすい環境となっているようです。

プライバシーは部屋ごとに確保されつつも、昔ながらの長屋的なご近所付き合いが自然に生まれるデザインとも言えます。実際、ある入居者が階下から大きな物音がした際、周囲の住民皆が様子を心配して部屋から出てきたというエピソードもあります。都会のマンションなら無視されたり警察沙汰にもなりかねないところ、沢マンでは互いに見守り合う風土が根付いているのです。

一方で、セルフビルドゆえのハプニングや不便さも少なくありません。雨漏りが発生したり、巨大なムカデが出たり、果ては天井板が落ちてきたこともあるといいます。築50年を迎えようとする建物ですから不具合は避けられませんが、そうしたトラブルが起きるたび住民同士で知恵を出し合い助け合うのが沢田マンション流と言えそうです。

困ったときに古参の住人が相談に乗ったり、一緒に修繕方法を考えてくれるため、新参者でも安心して住める雰囲気があります。「不便さを楽しめる人」が長く住み続ける傾向にあるとも言われ、むしろその不完全さがコミュニティの結束を強める結果になっているようです。

マンションのルールも緩やかで、「大家さんが法律」と冗談めかして言われるほどオーナーの裁量が大きいとのこと。無論何でも勝手にして良いわけではなく、室内改装などは事前許可が必要ですが、例えば1階スペースにギャラリーを開設するなど住民発案の企画にも柔軟に対応してきました。

年1回の大掃除(清掃活動)では、欠席者から500円のペナルティを集めて参加者の弁当代に充てるというユニークなルールもあり、強制ではなく緩やかな協力体制を築いています。また、防災訓練やマンション全体イベント(過去には「SAWA SONIC」という音楽・トークイベントも開催)など、自主的な運営行事が豊富です。

こうした取り組みは、マンション管理士の視点から見ると理想的な「住民参加型管理」の形とも言えます。規約や法律一辺倒ではなく、住民の合意と主体性で独自ルールを作り上げている点に、沢田マンションのコミュニティの強さと柔軟性が現れています。逆に、分譲マンションの管理組合にとっては、コミュニティという観点では見習うべき点も多そうです。

もっとも、専門家からすれば課題も指摘できるでしょう。設備の老朽化や耐震性の問題、火災時の避難計画など、通常のマンション以上に注意深い維持管理が必要です。先述のように自主防災組織の結成や耐震補強工事の実施など対策は講じられていますが、法的保護や保険適用が限定的になるリスクは否めません。

それでもなお沢田マンションが魅力的なのは、そうしたリスクを補って余りある人間味あふれる居住環境と、オーナー・住民が一体となって築いた信頼関係があるからでしょう。住民の中には建物内で部屋替え(転居)を何度も経験した方もいるほどで、「沢マンを出ると寂しくてやっていけない」とまで語る元住人もいるほどです。

普通の快適さや便利さとは違う次元で、人々を惹きつけて離さない不思議な魅力が沢田マンションには宿っているようです。

建築ファン必見!沢田マンションに宿泊する方法(沢田マンション 宿泊)

写真:yano(Panoramio) / Wikimedia Commons / CC BY‑SA 3.0(表示・継承)

そんな沢田マンションは、単なる居住用マンションであると同時に、建築ファンや観光客が訪れる観光スポットにもなっています。外観見学や建物内部の見学ツアー(不定期開催)に加え、実は一般の人が宿泊体験できる部屋も用意されています。

沢田マンションでは近年、空き部屋を利用した民泊(簡易宿泊施設)を運営しており、建築マニアならずとも誰でも泊まることが可能です。公式サイトによれば、1泊あたり料金は1人4,000円(個室・鍵付き、共用スペース利用)とリーズナブルで、グループ向けには1泊貸切40,000円(1~10名まで)のプランもあります。

屋上でのバーベキュー用コンロ貸し出しやレンタサイクルも用意されており、まさに「住むように泊まる」感覚で沢田マンションを体験できるのが魅力です。宿泊者向けには、館内の見学モデルコースが案内されたり、注意事項(夜間は静粛に・居住区プライバシー尊重など)が説明されるとのこと。実際に泊まった人のレポートによれば、「迷路のような館内を探検できてワクワクする」「屋上の畑や動物たちにも会えた」といった感想が聞かれます。

宿泊する場合のアクセスは、高知市中心部から少し離れていますが、付近にイオンモールや家電量販店があり利便性は悪くありません。駐車場も先述の通り充実していますので車で訪れても安心です。

チェックイン時には現地の管理人さんや住民の方が笑顔で迎えてくれるというアットホームさで、初めてでも緊張せず馴染めるでしょう。何より、一夜を明かせば沢田マンションの不思議な魅力を肌で感じ取れるはずです。

朝になって共用廊下に出れば、そこには昔懐かしい長屋のようなご近所の挨拶が交わされ、屋上農園から採れたての野菜を持った住人とすれ違うかもしれません。そんなここでしか味わえない体験ができるのも、沢田マンション宿泊の醍醐味と言えます。

おわりに:常識を超えた建築が問いかけるもの

沢田マンションは、「違法建築」「素人施工」といった表面的なレッテルを超えて、建築の本質的な問いを我々に投げかける存在かもしれません。マンション管理士の筆者の立場で眺めれば、確かに法規や安全管理の面で課題山積の物件です。

しかし、その一方で法規制に収まりきらない自由な発想や、人間臭いコミュニティの温かさが、この建物には満ちています。最新の設備やきらびやかなデザインではなくとも、人が集い、助け合い、楽しみながら暮らす空間として機能している沢田マンションは、日本の高度成長期以降の画一的なマンションにはない魅力を放っています。

互いの住民が疎遠であり、避難訓練さえも行われない最近の管理組合(分譲マンション)も多い中で、どのマンションにおいても必要不可欠な集団生活のルールを兼ね備えているのがこの沢田マンションであると言えるかもしれません。

半世紀以上前、少年時代に「いつか自分でアパートを建てたい」と夢見た沢田嘉農さんの情熱が形となり、幾多の困難を乗り越えて受け継がれてきた沢田マンション。常識に挑戦したセルフビルド建築の試みは、現代の私たちにも「住まいとは何か」「建築の役割とは何か」を考えさせてくれます。

高知を訪れる機会があれば、ぜひ沢田マンションに足を運び、可能なら一晩泊まってその空気を感じてみてはいかがでしょうか。建築好き・マンション好きなら一見の価値あり、そしてその体験はきっとあなたの常識を良い意味で覆してくれることでしょう。

※本来建物は建築基準法をはじめとした諸法令を遵守して建築する必要があります。

【記事執筆・監修】
マンション管理士・1級ファイナンシャル・プランニング技能士 古市 守
yokohama-mankan

マンション管理全般に精通し、管理規約変更、管理会社変更、管理計画認定制度の審査、修繕積立金の見直し、自治体相談員、コラムの執筆など、管理組合のアドバイザーとして幅広く活動。
また、上場企業やベンチャー企業のCFOや財務経理部長経験から、経営・財務経理分野にも精通。コンサルティング会社経営の傍ら、経営・財務経理視点を活かし、マンション管理の実践的サポートを行う。

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