―― 「行かない」場所から「住まない」場所へのカウントダウン ――
年末、静まり返った深夜にふとリゾートマンションの情報を眺めていました。そこで目にしたのは、かつてのバブルの象徴、「西武ヴィラ苗場」をはじめとする物件に並ぶ「0円」や「10万円」という衝撃的な数字です。かつて数千万円で取引され、華やかな冬の夜を彩った場所が、なぜ今、資産であったはずのマンションが、「値段が成立しない状態」にまで追い込まれているのか。


※引用:みんなの0円物件 新潟県湯沢町|JR上越新幹線「越後湯沢駅」から車で29分、日本最長ゴンドラがある苗場スキー場近くのマンション一室が0円より(2025年12月24日時点の情報)
多くの人は「リゾート地だから特殊だ」「都会のマンションとは事情が違う」と一蹴します。しかし、実務家としてその深層を覗くと、そこには都会のマンションが10年、20年後に直面する可能性のある「管理が機能しなくなるプロセスの一つの到達点」が、残酷なまでに先取りされています。私たちは今、苗場という鏡を通じて、自分たちの住まいの未来を直視する必要があります。
第1章:11棟の巨大都市「西武ヴィラ苗場」が描いた夢の跡
西武ヴィラ苗場は、単一の建物ではありません。1号館から11号館までが広大な敷地にひしめく全11棟、数千世帯を抱える、いわば「山中に築かれた巨大都市」です。1970年代後半から80年代にかけて、西武グループがその威信をかけて開発したこのリゾート群は、日本の高度成長とバブル期の熱狂を、そのままコンクリートに定着させた存在でした。
当時の苗場は、スキーブームの聖地であり、著名アーティストのコンサートなども相まって、週末ともなれば若者や家族連れで溢れ返っていました。「西武が管理している」という事実は、絶対的な安心とブランド価値を意味し、数千万円を投じてその一室を所有することは、一つの成功の証でもあったのです。
しかし、この圧倒的なスケールと設備水準こそが、後に管理の足かせとなるとは、当時ほとんど意識されていませんでした。
現在でも、近隣の苗場スキー場では夏になると日本有数の野外音楽フェス「フジロックフェスティバル」が開催され、全国から多くの人が集まります。短期間ではありますが、苗場が再び脚光を浴びる瞬間です。ただし、それはあくまで「点」の賑わいに過ぎません。
マンションの管理は、年に数日盛り上がるイベントではなく、365日止まらない日常業務です。フロント24時間体制、広大な共用部の維持管理、老朽化する建物設備――。これらは、利用頻度が下がった所有者にとって、もはや付加価値ではなく、毎月確実に発生する「重い固定費」としてのしかかります。
かつては憧れだった手厚いサービスや巨大スケールの施設群は、使われなくなった瞬間に、「使っていないのに払い続けなければならない」という心理的な負担へと反転します。
苗場の静けさが象徴しているのは、観光地としての盛衰ではありません。巨大な管理構造を、所有者が支えきれなくなっていく過程そのものなのです。
苗場で起きている現象は、決して一つの建物に限った特殊事例ではありません。湯沢町全体に広がるリゾートマンションの実例を俯瞰すると、「使われなくなった瞬間に管理負担へと反転する構造」が、より立体的に見えてきます。
▼湯沢町のリゾートマンション事例から、将来のマンション管理を考える
第2章:0円という価格に織り込まれた「将来負担リスク」
市場に並ぶ「0円」や「10万円」といった価格は、
まず需給バランスの崩壊によって、価格そのものが成立しなくなった結果です。
そのうえで、将来にわたって発生し続ける管理費・修繕積立金の負担や、管理組合として意思決定ができない可能性といった不確実性が、追加的なリスクとして価格に織り込まれていると考える方が、実態に近いでしょう。
なお、0円不動産の中には、管理費や修繕積立金の滞納が背景にあるケースも一部で指摘されていますが、すべての低価格物件が滞納を主因としているわけではありません。
ここで、区分所有法が持つ極めて厳格な原則を思い出してください。管理費等の支払い義務は、前所有者ではなく、新たな購入者(特定承継人)へと引き継がれます。つまり、0円で取得したその瞬間から、新所有者は数百万円単位に及ぶ滞納金を一括で肩代わりする義務を負い、加えて、資産価値の回復がほとんど見込めない物件の維持費を、所有し続ける限り支払い続ける責任を負う可能性があることになります。
価格がゼロである理由は、それ以上の目に見えない負債が、あらかじめセットになっていることが考えられます。
かつての資産は、いつしか手放したくても手放せない、そして相続させたくても相続を拒まれる「負の遺産」へと変質しました。この「ババ抜き」のような状況は、決してリゾート地だけで起きている特殊な現象ではありません。出口を失った不動産が、最終的に辿る普遍的な末路なのです。
誰もが「ババを引きたくない」「ババを渡したい」という心理を抱くのも必然と言えるでしょう。
苗場で起きている現象は、決して一つの建物に限った特殊事例ではありません。湯沢町全体に広がるリゾートマンションの実例を俯瞰すると、「使われなくなった瞬間に管理負担へと反転する構造」が、より立体的に見えてきます。
▼管理費・修繕積立金の滞納対策はこちら
第3章:大手管理会社という「現状維持装置」の限界
西武ヴィラ苗場の物件概要を詳細に見ると、今も「株式会社西武不動産プロパティマネジメント」といった大手管理会社が入り、フロントスタッフが巡回管理していることが確認できます。一見、管理体制は維持されているように見えますが、ここが実務的な最大の落とし穴です。
管理会社は、あくまで委託を受けた業務を遂行する存在であり、マンションを再生させるための意思決定を行う「経営主体」ではありません。区分所有者の多くが所在不明となり、修繕積立金が将来的に不足する懸念が強まれば、どんな大手企業であっても、大規模修繕や抜本的な建て替えに向けた「決断」を代行することは不可能です。
管理会社は、管理組合という組織が実質的に機能不全に陥ったマンションが、物理的に朽ちていく過程を、規約通りに清掃を行い、窓口業務を維持しながら見守り続ける「現状維持装置」としての役割に留まらざるを得ません。ブランドがあるから安心なのではありません。
むしろ、ブランドがあるからこそ「死にゆく管理」が延命されてしまうという、極めて皮肉な構造が浮かび上がります。
第4章:都会のマンションに忍び寄る「苗場化」の相似形
苗場が辿ったプロセスは、未来の都市型マンションのタイムラインと残酷なまでに一致します。その相似形を分解すると、3つの共通項が浮かび上がります。
- 「行かなくなる」から「住まなくなる」へ
リゾートは娯楽の多様化で人が行かなくなりましたが、都会では少子高齢化と人口減少により、相続人が「住まない」空室が確実に増えていきます。都心回帰が進む中で、郊外や通勤不便な立地のマンションから、この「空室化」の波は押し寄せます。 - 相続が引き金となる「所有意識の解離」
1970〜80年代に分譲されたリゾートマンションでは、相続をきっかけに、所有者が管理に関与しなくなるケースが生じやすい構造があります。都会でも同様です。都心近郊の古い物件を相続した子供が「自分は別の場所に家があるし、住むつもりもない」と考えたとき、意識は苗場のオーナーと完全に同期します。所有者が「住民」ではなく「部外者」になった瞬間、マンションの自治は崩壊を始めます。 - 「なぜ利用しないものに払うのか?」という心理的毒素
「住んでいない、利用していない」という事実は、管理費の支払いに対する抵抗感を劇的に高めます。「一回も行っていないのに、なぜ毎月3万円も払わなければならないのか?」という不満が滞納へと繋がり、一戸、また一戸と、管理組合という「船」から人が飛び降りていく。一度始まったこの離脱の連鎖を止めるのは、至難の業です。
表にまとめると、以下のようになります。

※筆者まとめ
こうした「管理が機能しなくなった専有部分」に対して、国もついに直接介入できる法的手段を整え始めました。令和8年4月施行の区分所有法改正では、放置住戸や管理不全状態を是正するための新たな制度が創設されています。
▼【令和8年4月マンション法改正】第67条の5「管理不全専有部分管理命令」を徹底解説
第5章:0円は「原因」ではなく、管理が死んだあとの「症状」
多くの人は、価格が安くなったから管理が荒れたのだと考えがちです。しかし、実務の現場で見える因果関係は、その逆です。お金が回らなくなり、人が関わらなくなり、意思決定ができなくなった結果として、最後に「0円」という数字が表面化したに過ぎません。
0円マンションは、ある日突然現れる不運な「事故物件」ではありません。管理への関与が「例外」になり、理事会のなり手がいなくなり、「今はまだ大丈夫だから」と修繕の議題が先送りされる。そうした小さな管理の壊死が10年、20年と積み重なった末に辿り着く、ひとつの終着点なのです。
冒頭に掲示した「苗場スキー場近くのマンション一室が0円より」という物件概要の画像には、
管理費:調査中
修繕積立金:調査中
特別積立金:調査中
と記載されています。金額の明細を調査している途中で、まずは物件情報だけを掲載した、と好意的に解釈することもできるでしょう。
しかし、さらに注目すべき記載があります。そこには、
管理組合:調査中
とも記されています。管理費や積立金であれば「金額を確認中」と理解できますが、管理組合そのものが「調査中」という表現は、少なくとも外部から実態を把握できない状態にあることを示唆しています。
この情報だけから断定はできないものの、管理組合の内情が不透明である可能性は否定できません。
もしあなたのマンションで、総会の出席率が下がり、空室が増え、管理会社の担当者が代わるたびにサービスの質が落ちていると感じるなら――
それはすでに、「西武ヴィラ苗場に象徴される管理崩壊プロセス」という坂道を下り始めている微かな予兆かもしれません。
管理崩壊は、いきなり0円という形で表面化するわけではありません。その前段階として、修繕積立金の慢性的な不足が静かに進行しているケースがほとんどです。もし心当たりがあるなら、以下の記事もあわせて確認してみてください。
▼マンション修繕積立金不足はなぜ深刻化?回避のための戦略と最新動向【最新版】
第6章:2026年、私たちは「分岐点」に立っている
現在、国はこの「都市の粗大ゴミ」化の連鎖を食い止めるため、法改正を通じて所有者の特定や管理責任を円滑に果たす仕組みづくりを急ピッチで進めています。これからの時代、マンションの資産価値を守るためには、個々の所有者が「ただ住むだけの人」から、管理と意思決定に関わる所有者へと、その役割をアップデートしていくことが、これまで以上に求められるでしょう。
しかし、決して悲観する必要はありません。西武ヴィラ苗場に象徴されるような極端な事例を知ることは、自らのマンションの現状を客観的に見つめ直し、手遅れになる前に舵を切るための、貴重な教訓になります。
管理不全という病は、早期に気づくことができれば、必ず治療可能です。2026年を、単なる暦の更新ではなく、大切な資産を守るための「管理組合の再起動」の年にしていきましょう。
0円になる前に、マンションは必ず「静かに」壊れ始めます。そのかすかな音を聞き逃さない目を持つこと。そして、将来の家族に「負債」を押し付けないための決断を、今、始めること。
それこそが、実務の現場に立ち続けてきた者として、年の瀬に皆様へ最もお伝えしたいメッセージです。






コメント