マンションの給排水設備は、建物とともに老朽化していきます。特に床下の排水管は普段目に触れない場所にあるため、劣化が進行しても見落とされがちです。気づかないまま放置すると、漏水や腐食、カビの発生といった深刻な問題に発展する可能性があります。
本記事では、床下排水管交換の必要性や工事の基本工程、選択できる工法の特徴と比較、費用や工期の目安、補助金制度の活用方法までを、国土交通省が事例として挙げている千葉県のマンションにおける事例も踏まえながら、マンション管理士の筆者が解説します。管理組合の理事や居住者が正しい判断を下すためのガイドとしてご活用ください。
なぜ今、床下排水管交換が必要なのか
築30年以上のマンションでは、排水管の劣化が深刻な課題となっています。鋳鉄管や古い塩ビ管など、かつて主流だった材料は、現在では寿命が近づいており、腐食や詰まりの原因となっています。これらの管材は湿気や温度変化にも弱く、住宅内部のトラブルを引き起こす要因になります。
特に目立つ劣化の兆候には、以下のようなものがあります:
- 床材がふわついている
- 排水口付近にカビ臭がする
- 排水がスムーズに流れなくなった
一般的に、築40年以上のマンションでは、床下を解体しなければならない事例も発生しています。こうした問題は、住環境だけでなく資産価値にも悪影響を与えるため、早めの対応が求められます。
床下排水管交換工事の基本工程
工事は大きく5つの工程に分かれます。以下のステップで段階的に進行します:
- 事前調査
- ファイバースコープや内視鏡カメラを使い、配管の内部状況を確認。
- 配管図面と現況の照合を行い、必要に応じて図面を修正。
- 床の解体・既存管の撤去
- 床材を一部または全面的に解体。
- コンクリート内の斫り作業が発生する場合もあり、工期が影響を受ける。
- 新規配管の設置
- HIVP(耐衝撃性塩ビ管)や防音型VU管を使用。
- 正確な水勾配(1/50〜1/100)の確保。
- 振動吸収材や固定具で施工精度を高める。
- 通水テスト・水圧検査
- 接合部や配管ルートの漏水がないかを確認。
- 高圧水を使ったストレステストを併用。
- 床の復旧・仕上げ
- 解体前と同等以上の品質で床材を復旧。
- 必要に応じて防音・断熱材の再設置も実施。
このように、各工程で精度と丁寧さが求められ、全体の工期や費用にも影響します。住戸内の施工では、住民との調整も重要な要素となります。
外部掘削と非開削(トンネル工法)の比較
排水管交換の手法には、外部から掘削して行う従来工法と、地面を掘り返さずに管を通すモール工法があります。前者は地中の状態を直接確認できる反面、騒音や振動、近隣への影響が大きくなりやすいという課題があります。一方、後者は低騒音・短工期といった利点があるものの、対応できる現場が限られ、費用も高めです。
比較の要点:
- 外部掘削:1〜2万円/m、自由度高いが騒音・日数多め
- トンネル工法:3〜5万円/m、景観配慮に優れるが制限あり
施工現場の立地条件、地中状況、工期の制限などを考慮して適切な工法を選ぶことが成功の鍵となります。
掘削工法の分類と特徴
床下外部掘削(トンネル工法)のイメージ画像が、国土交通省のデータとしてありましたので、紹介します。

※引用:国土交通省 給排水管更新工事 実施要領書2027年(平成29年)9月3日より
排水管交換に使われる主な掘削工法には、現場の構造や周辺環境に応じて次の3種類があります。
✅配管経路開口掘削:床下の既存の点検口や配管に沿って、小規模に開口を設けて作業する工法。屋内作業が中心となるため、近隣への影響が比較的少なく済む。
✅たこつぼトンネル掘削:建物の内部から垂直に掘削してピットを設け、そこから水平に管路方向へ掘り進める工法。騒音や振動の影響が抑えられ、狭小地でも施工が可能。
✅床下外部掘削(トンネル工法):建物の周囲を掘り返しながら配管ルートを全体的に更新する工法。工事の精度は高い反面、騒音・粉塵・工期ともに大きな負担が発生。
排水管の更新工事では、以下のような掘削手法が現場条件に応じて採用されます。
工法名 | コスト | 工期 | 騒音 | 粉塵 | 特徴 |
配管経路開口掘削 | 低〜中 | 数日〜1週間 | 大 | 大 | ・点検口や床材の小開口で施工可能。室内中心で作業しやすい。 ・居住しながらの工事は困難なため、仮住まいが必要。 |
たこつぼトンネル掘削 | 中 | 1〜2週間 | 低~中 | 低~中 | ・周囲の影響を抑えながら住戸内部から地中を掘削。狭小地でも施工可能 ・居住しながらの工事も可能 |
床下外部掘削(トンネル工法) | 中〜高 | 3〜6週間 | 高 | 高 | ・配管全体を更新可能で精度高いが、工期・影響とも大きい。 ・居住しながらの工事も可能 |
※筆者調べ
これらの掘削方法は、建物の構造、敷地条件、工事目的に応じて適切に選定される必要があります。
掘削方法以外のライニング工法を含めた比較
以下、工法について整理しておきます。
工法名 | コスト (目安) | 工期 (目安) | 騒音 | 粉塵 | 特徴(メリット・制約) |
配管全面更新工事(開削工法・取替工事)※配管経路開口掘削 | 約30~70万円/戸(共用部のみ); 専有部含む場合100万円超も。非開削工法より1.5~2.5倍程度高額 | 各住戸あたり約4~5日(マンション全体では規模により数週~数か月) | 大 | 大 | 既設配管を全て新品の配管に交換する工法。耐久性・信頼性が最も高く、耐用年数30~40年相当の新管で衛生的(漏水リスクも低減)。 |
塗布ライニング工法(内面樹脂塗膜更生) (非開削工法の一種) | 約20~40万円/戸(共用部のみ施工時)。更新工法の約1/2以下の費用で済むことが多い | 住戸あたり1~2日程度で施工完了。更新工法より短期間で済み、1系統あたりほぼ1日で作業可能なケースも | ごく小さい | ほぼなし | 既存排水管の内壁にエポキシ樹脂などのコーティング材を塗布して管内に新たな防食層を形成する延命工法。短工期・低コストで効果的に延命できる一方で延命効果は約10年程度に留まる。 |
樹脂ライニング工法(ホースインライナー反転工法) (非開削工法) | 約20~40万円/戸(共用部のみ)。塗布式より材料・手間がかかるが、それでも更新工事より安価(更新費用の約1/1.5~1/2程度) | 基本的に短工期(塗布工法と同程度)で、更新工法より施工期間を大幅に短縮可能。 | 小 | 小 | 老朽化した既設管内に特殊樹脂を含浸させた繊維製ライナー(ホース状の布)を空気圧などで反転挿入し、硬化させて管内に自立性のある新しい内管を形成する工法。塗布ライニングに比べ費用は高めだが、それでも全面更新よりは工期・費用とも大幅に抑えられるのが利点。 |
パイプ引抜き工法(管内引抜更新・カンヌッキ工法) ※たこつぼトンネル堀削、トンネル工法はこちら | 従来の開削式更新工事に比べ、総工費の大幅削減が可能。大掛かりな解体復旧工事や作業員数を減らせるため、人件費・復旧費用を含めたトータルコストが抑えられる。 | 工期大幅短縮(専用装置による古管の引き抜き作業は短時間で完了)。立て管1本あたりの撤去・新設に要する時間が短く、全体工程も圧縮可能 | ごく小さい | ほぼ無し | 既設の老朽管に専用の油圧装置等をセットし、管そのものを丸ごと引き抜いて撤去した上で、新しい配管を同経路に挿入する革新的な更新工法。 |
※筆者調べ
費用・工期の目安と事例紹介
さらに、具体的な費用や工期の目安、そして事例を紹介します。
工事費用に影響する主な要素
マンションにおける排水管交換工事の費用は、配管の延長、建物の構造、使用する配管材、施工手法、アクセスのしやすさなど、さまざまな要素によって大きく変動します。さらに、工事範囲が専有部分のみにとどまるか、共用部分(床下配管や立て管)まで及ぶかによっても工事内容や費用に大きな違いが生じます。
費用に影響する主な要因は以下のとおりです:
- 建物の構造(階数・梁構造・配管の露出/埋設)
- 使用配管材の種類(HIVP、VP、鋳鉄管など)
- 工事の手法(非開削工法・外部掘削方式)
- 共用部分と専有部分の工事範囲
- 内装復旧・仮設工事の有無
戸当たり・全体工事の目安
目安としては、1戸あたりの費用が10万~30万円程度となるケースが多いですが、設備が複雑だったり、内装復旧が必要な場合はこれ以上かかることもあります。特に配管の経路変更や管理組合による仕様指定がある場合、追加コストが発生します。
マンション全体では、規模や階数、工法の選択によっては300万円から数千万円に達することも珍しくありません。築年数が古く、配管がコンクリートに埋設されているような建物では、斫り作業や補修工事の追加が必要となり、費用が跳ね上がる傾向があります。
工期の目安と進め方
また、工期に関しても、住戸単体での作業であれば1~3日で完了することが多い一方で、全体を一括して施工する場合や、住戸ごとに工程を分けて進める場合には3〜4週間、場合によってはそれ以上かかるケースもあります。工事スケジュールの柔軟性や、住民の在宅調整との兼ね合いで、段階的な工事方式(例:1フロアずつの施工)を採用することも多く、これが結果的に工期延長の一因になります。
実例:Cマンション(千葉県内、83戸)
国土交通省が公表したマンションの給排水管更新工事に際し、専有部分と共用部分との一体的な更新等に取り組んだ事例において、以下のような事例が紹介されています。
- 対象:築40年、7階建て、83戸の分譲マンション
- 工事内容:共用部・専有部の排水管一体更新工事
- 工法:1階と上階で異なる工法を採用、特殊な配管状況に配慮
- 管理形態:自主管理、在外組合員多数
- 工事中の工夫:アンケート調査、立ち会い負担軽減策、高齢者配慮
- 改修後:オプション工事でバリューアップ、床材変更なども対応
このように、合意形成や工事の進め方、工法の選定など、実際の現場での工夫が多数見られる好例として紹介されています。
補助金・助成金制度の活用方法
床下排水管交換工事は高額になりがちなため、費用負担を軽減する手段として補助制度の活用が重要です。国の制度だけでなく、自治体ごとに独自の補助金・助成制度を設けている場合があります。
国土交通省の「マンション長寿命化等モデル事業」
この制度では、長寿命化に資する改修工事を対象に補助金が出されます。排水管更新工事も対象のひとつで、主な特徴は以下の通りです:
- 補助率:工事費の3分の1(上限あり)
- 対象:一定の劣化診断・長期修繕計画を含む申請が必要
- 審査:書類審査を経て採択される
自治体独自の補助金(例:東京都中央区)
一部の自治体では、排水管や給水管の更新工事に対して独自の助成金制度を設けている所もあります。たとえば東京都中央区では、築20年以上の分譲マンションを対象に、共用部分の大規模修繕や給排水管の更新工事について、設計費用と工事費用の一部を助成する制度を実施中です 。
- 対象工事:給排水管の更生・取替え、屋上・バルコニー防水、壁面改修など
- 助成率:
- 設計費用:対象部分の2/3(上限100万円/10年に2回)
- 工事費用:対象工事費 × 10% × 2/3(上限1,000万円/10年に2回)
- 申請方法:中央区都市整備公社を通じて申請(工事着手2か月前まで)
- 詳細・申請資料はこちらの自治体公式ページをご確認ください:
→ 東京都中央区「分譲マンション共用部分改修費用助成」
申請時に必要な書類・準備
補助制度の活用には、次のような準備が求められます:
- 劣化診断報告書
- 長期修繕計画書
- 工事費用の見積書
- 管理組合の総会議事録(承認済みのもの)
- 申請書類一式(所定フォーマット)
これらを事前に整えておくことで、スムーズな申請と採択につながります。多くの制度では提出時期が決まっているため、スケジュール管理も重要なポイントです。
管工事のポイントと工事会社選び
排水管の交換工事は、専門性が高くトラブルも多いため、信頼できる工事会社の選定が極めて重要です。
業者選びのチェックポイント
以下のような観点から、複数の業者を比較検討することをおすすめします:
- 給排水設備工事の実績が豊富か
- 建築士や管工事施工管理技士などの資格者が在籍しているか
- 見積書が明確で内訳が詳細に記載されているか
- アフターケアや保証制度が整っているか
また、必ず2~3社から見積もりを取り、比較する「セカンドオピニオン」の視点も重要となります。
保証範囲と工事内容の確認
契約前に必ず以下のようなポイントを確認しましょう:
- 保証の内容と期間(漏水、配管詰まりなど)
- 内装復旧の範囲と仕上げ方法
- 工事中の仮設対応(騒音・振動対策、通行経路など)
- 緊急時対応体制の有無
住民への事前通知や掲示物の作成を代行してくれる業者もあり、管理組合にとって大きな負担軽減につながります。
住民対応・合意形成の進め方
排水管交換工事は、専有部・共用部にまたがるため、住民との調整や合意形成が不可欠です。工事の必要性や内容をしっかりと伝えることで、トラブルの回避とスムーズな実施が可能になります。
費用負担の線引きと説明
- 共用部分(床下の主管など):管理組合負担
- 専有部分(室内配管など):原則は所有者負担
- 共用部分と専有部分を一体として行う工事:管理組合により負担額を検討
この線引きを明確にし、事前に総会で承認を得ることが重要です。誤解を避けるためには、簡潔かつ具体的な資料を作成しておくと良いでしょう。
特に、工事の際には、共用部分のみ行い、専有部分はそれぞれ行ってくださいという事では、費用や手間等が莫大に掛かってしまいます。そのため、繋がっている排水管については一体として工事を行うことがほとんどです。また、これは標準管理規約第21条第2項で、
✅2 専有部分である設備のうち共用部分と構造上一体となった部分の管理を共用部分の管理と一体として行う必要があるときは、管理組合がこれを行うことができる。
とあることから、管理組合主体で実施することとなるでしょう。
住民への説明・コンセンサスの形成
以下の手順で住民への理解を得ていくのが望ましい流れです:
- 調査結果や劣化状況を示す説明会の開催
- 工事内容・費用の概算提示と質疑応答
- 管理組合総会での議決・承認
- 施工前のスケジュール配布と注意喚起
特に、生活上の支障は避けられないとのことで、終日自宅にいることが多い高齢者や在宅居住者への配慮が求められる場合があります。管理組合や役員にとっては、ほぼ経験したことが無い工事となることから、ノウハウのある工事業者や管理会社に任せることも要検討です。そして、必要に応じて個別訪問や電話等での補足説明も検討しましょう。
まとめ:交換タイミングの判断と次の一手
床下排水管は、目に見えない部分であるがゆえに、劣化の発見が遅れがちです。しかし、適切なタイミングで交換工事を実施することで、居住環境の改善と資産価値の維持につながります。
特に、以下のような状況が見られる場合は、早急な対応が望まれます:
- 床が沈む、湿気を感じる
- 排水の流れが悪くなる
- カビや異臭が気になる
こうしたサインを見逃さず、管理組合として調査や予算措置、住民への説明を段階的に進めていくことが、後のトラブルを回避する最善策です。
最後に、国や自治体の支援制度も活用しながら、コスト面の負担を軽減することも検討してみてください。給排水設備は「住まいの血管」とも言われるほど大切な存在です。計画的な更新こそが、次の世代にも安心して住み続けられるマンションづくりにつながります。
今回のコラムを音声解説で紹介しています
今回のコラムについて、音声解説で非常に分かりやすく紹介しています。以下
から是非確認してみてください。
コメント