大規模修繕工事を目前に控えた管理組合や修繕委員にとって、避けては通れない不安が「談合」の存在です。近年、国土交通省の注意喚起や、いわゆる「談合30社リスト」がインターネット上で注目を集めており、多くの役員が「リストに載っている会社を避ければ安心だ」と考えています。
しかし、現役のマンション管理士として断言させていただきますが、特定の社名リストをチェックするだけの対策は、ウイルス対策ソフトを更新せずに古いデータベースだけを見ているようなものです。談合は特定の「悪い会社」が起こすイベントである以上に、その案件の「発注構造」が生み出すシステム上のエラーだからです。
私はマンション管理士として、談合を告発する立場ではなく、管理組合が誤った判断をしないための「技術」を提供する立場です。本稿の目的は、感情的な批判ではなく、理事会が今すぐ実践できる「見積書から不自然な予兆を検知する実務技術」を伝授することにあります。社名という「点」の情報に振り回されるのをやめ、見積書という「データ」から真実を読み取るプロの視点を手に入れてください。
なぜ「会社名リスト」では修繕リスクを防げないのか
談合は“行為”であって“会社名”ではない
「あの会社はリストに載っていないから白だ」という判断は、実務上極めて危険です。談合は、特定の企業の永続的な属性というよりも、案件単位、あるいは特定のコンサルタントとの関係性の中で、条件が揃った時に発生する「時限的な行為」だからです。
同じ施工会社であっても、競争が激しく透明性の高いAマンションの公募では極めて健全な見積を提示する一方で、選定プロセスが不透明なBマンションでは、構造的な「調整」に巻き込まれているというケースは珍しくありません。つまり、見るべきは「どの会社か」ではなく、「提示された見積の内容が、他社の影響を受けずに独立して作られたものか」という一点に集約されます。
管理組合が唯一、平等に入手できる武器は「書類」である
管理組合の役員は、業者の内部事情や裏の人間関係を知る術を持ちません。しかし、唯一にして最強の判断材料を手にしています。それが、各社から提出された「見積書」です。
見積書には、その業者の意思、積算の精度、そして「どのような前提条件で作成されたか」という足跡がすべて残っています。見積書診断とは、単なる金額の比較ではなく、書類に刻まれた不自然な一致を検知する、管理組合にとっての「高度な防御技術」なのです。経験談や噂話に惑わされる必要はありません。目の前の紙に書かれた数字と文字こそが、最も雄弁に実態を語っています。
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不透明な事案が起きる背景には、管理組合側の「情報の非対称性」があります。まずはその実態を構造的に理解してください。
見積書診断の大原則:金額ではなく「揃い方」を見る
具体的なチェック項目に入る前に、診断の極意をお伝えします。それは「高い・安い」という絶対額で判断しないことです。不自然な調整が行われているケースでは、むしろ金額の並びは非常に「もっともらしく」整えられています。最安値の業者すら、実質的な比較不能状態の中で選ばされている可能性があるからです。人格を疑うのではなく、構造を疑うのがプロの視点です。
真の診断は、必ず複数社の見積書を横断して行います。「平均との差」を見るのではなく、「各社がバラバラに現地を調査したのであれば、物理的に起こり得ないはずの“不自然な一致”」を探し出すのです。各社の積算担当者が独自の視点で見積もれば、必ず「解釈の差」が出る箇所があります。そこに鏡のように同じ数字や言葉が並んでいる時、そこには第三者の「シナリオ」が存在している可能性があります。
プロが伝授する「見積書チェック項目」【検知技術10選】
では、具体的な検知ポイントを見ていきましょう。以下はいずれも、専門知識がなくても複数の見積書を横に並べることで確認できる、実務上のチェック視点です。
※以下の項目は、工事方式そのものを否定するものではありません。「本来ばらつくはずの要素が、合理的な説明なく揃っていない場合」に、管理組合が説明を求めるための論点として整理しています。
数量・面積・単位が「小数点以下」まで完全一致していないか
ここが最も強力な証拠となります。足場面積、外壁塗装の㎡数、シーリングの延長(m数)を全社で比較してください。これが小数点以下まで、全社でピタリと一致していることはありませんか?
大規模修繕において、各社が独立して現地調査を行った場合、その結果が小数点以下まで完全に一致することは、実務上ほとんど起こり得ません。測り方や算出基準は会社ごとに必ず差が出ます。もし完全一致しているなら、それは各社が自前の調査ではなく、提供された「共通の数量表」をそのまま流用し、単価だけを割り振った形式的な競争に陥っていることを示しています。
その結果、設計監理方式であれば設計監理コンサルタントが、責任施工方式であれば取りまとめを行う管理会社が、数量算定の前提条件を事実上統一する立場になっているケースがあります。
これは必ずしも不適切な行為を意味するものではありませんが、各社が独立して算出した結果なのか、それとも共通前提に基づくものなのかを区別して確認する必要があります。
工事項目名・工法の「言い回し」や「順番」の不自然な一致
各社の見積書を1行ずつ見比べてください。工事の名称や、工法の説明文が、同じ順番、同じ言い回し、同じ粒度(細かさ)になっていませんか?
本来、業者が違えば「下地補修」を「躯体改修」と呼んだり、内訳をどう分解するかは担当者の裁量に委ねられます。それにも関わらず、句読点の位置まで似通った文言が並んでいる場合、それは一つの「マスタープラン」を全社がなぞっている強い疑いを示唆しています。
端数処理(丸め方)に共通の「クセ」がないか
合計金額ではなく、中項目の端数を見てください。例えば、どの会社も下3桁を「000円」で切り捨てていたり、あるいは特定の項目だけ共通の端数が残っていたりしませんか?
金額が近いこと自体はあり得ますが、積算担当者の「数字の丸め方というクセ」まで一致することは、統計学的にあり得ません。誰かが作成した予算の割り振り案に基づき、逆算して各社の数字を作った際に、こうした痕跡が残るのです。
共通して「欠落している工事項目」の有無
これは「書かれていないこと」を見抜く、一歩進んだ技術です。例えば、そのマンションの立地条件からして明らかに必要不可欠な工事項目が、どの会社の見積書にも一切出てこないといったケースです。
もし各社が独立して現場を歩き、リスクを検討していれば、一社くらいは「この部分で追加費用がかかります」と指摘してくるはずです。全社が同じ「盲点」を共有している場合、それは特定のシナリオに沿って、意図的に不都合な論点を回避している可能性があります。
各社の金額が「一定の比率」で並ぶスライド現象
3社から相見積もりを取った際、A社を1.0とした場合、B社が1.05、C社が1.10といった具合に、すべての項目において一定の比率で数字が綺麗に並んでいることはありませんか?
実際の実務では、A社は塗装が得意だから安いが、B社は防水が得意だから安い、というように項目ごとに「凸凹」が出るのが自然です。すべての項目で一律にスライドしている見積書は、実力による積算ではなく、形式的な順位付けが行われている疑いがあります。
独自の「特定工法・メーカー」による指定の有無
見積の前提条件の中に、特定のメーカーしか施工できない、あるいは特定の特許工法が指定されていることはありませんか?他社が参入しようとしても「その工法はうちではできない」となれば、その時点で競争は成立していません。これは「仕様書による条件の固定化」であり、不透明な調整の下準備としてよく使われる手法です。
現場説明会(現説)での「質問内容」と「回答の揃い方」
見積提出前の質疑応答において、特定の会社から出た質問に対して、全社に共有された回答がそのまま「全く同じ形式」で見積書に反映されているかを確認してください。特定の業者の意見が、あたかも最初からの共通ルールであるかのように扱われ、全社がそれに従っている場合、実質的な比較不能状態を作り出されている可能性があります。
下地補修率などの「リスク想定」の不自然な一致
タイル張替えの想定枚数や、下地補修の発生率。これらは調査によって見解が分かれる部分です。それが全社揃って「実数精算だが、見積上は一律5%」といった具合に固定されている場合、比較のポイントを意図的に封じられ、工事後の「追加増額」への道筋をあらかじめ作られている可能性があります。
見積書の「作成日」や「アプリケーション」
可能であれば、電子データ(PDF等)のプロパティを確認してください。作成日時が数分違いであったり、同じアプリケーションソフトで作られた形跡があったりしないでしょうか。また、提出順序があまりにもスムーズに「最後に出した会社の金額が最も安い」といったパターンが繰り返される場合も、事前の調整が疑われます。
共通の「除外事項」による条件設定
「◯◯については別途」「◯◯は工事範囲外」といった除外事項が、全社で一言一句同じではありませんか?本来、業者は独自のリスク管理を行いますが、責任範囲をあらかじめ固定化するための業界的な調整が行われている可能性も否定できません。除外事項の共通化は、後々のトラブル回避のための業者間での調整である場合が多いのです。
横浜市の事例:
私たちの拠点である横浜市でも、公的な注意喚起が行われています。地域の特性と実情を反映した議論が必要です。
なぜ「設計コンサルタント」経由でも不自然な一致が起きるのか
条件の固定化が招く構造的リスク
本来、管理組合の味方であるべき設計コンサルタントが、不自然な一致を生み出す要因となっているケースも見受けられます。コンサルタントが作成した数量表を全社にそのまま使わせる、特定の業者に対応が偏りやすい仕様を盛り込む、といった行為です。これらは「積算の公平性」という名目のもとに行われますが、結果として各社の独自性を奪い、実質的な比較不能状態を招きかねません。
形式的な競争に騙されないために
コンサルタントが「5社も集まり、厳しい競争になりました」と報告してきたとしても、その中身が上記のチェック項目に抵触しているなら、それは形式的な競争に過ぎません。管理組合はコンサルタントの報告を鵜呑みにせず、自らの手で見積書を比較する「検証の目」を持つ必要があります。中立的な設計者であっても、業界の慣習に染まっている可能性があることを忘れてはいけません。
なお、これらのチェック視点は、国土交通省や公正取引委員会が示している「談合・不当な調整が生じやすい構造」や「競争性が失われる典型的な要因」という考え方を踏まえつつ、マンション管理の現場で実際に確認可能な形に落とし込んだものです。個別事案の違法性を判断するためのものではなく、管理組合が合理的な説明を求めるための実務整理として提示しています。
この診断技術で「分かること」と「分からないこと」
この技術を用いる際、管理組合として持つべき姿勢を明確にしておきます。これは専門家としての「誠実さ」に関わる問題です。
分かること:プロとして説明を求めるべき「矛盾」
- その見積が、他社から独立して真面目に算出されたものかどうか
- 特定の「見えない誘導」を受けて、作成プロセスが形骸化していないか
- 業者やコンサルタントに対して、論理的な根拠を持って「回答」を求めるべき不透明なポイント
分からないこと:断定は避け、現象を突く
- それが法的に「談合」と断定できるかどうか
- 関与している個人の「意図」や、裏側の不適切な金銭授受の有無
管理組合の役割は、探偵や裁判官になることではありません。「説明のつかない不自然な見積書を、そのまま受け入れない」という毅然とした態度を示すことです。その態度こそが、結果として不透明な調整の成立を阻止し、組合員の資産を守る最大の防壁となります。「不自然な点だけを突き、説明を求める」。これが、最も反論されにくく、実効性の高い専門家のスタンスです。
管理組合が取るべき“正しい次の一手”
もし、上記のような違和感が見つかった場合、どう行動すべきでしょうか。感情的に業者を問い詰めるのは逆効果です。証拠を突きつけるのではなく、「質問」という形で外堀を埋めていくのが賢い理事会の立ち回りです。
まずは管理組合側で、見積書の作成根拠について確認すべき論点を整理します。そのうえで、「なぜ数量が全社でピタリと一致しているのか」「なぜ特定の仕様を全社が採用しているのか」といった質問事項を、面談前に書面で提示してください。
面談当日は、その書面を前提として即時に説明を求め、回答の具体性や整合性を確認します。さらに、面談での説明内容については、後日あらためて書面での回答を求めることで、説明責任の所在を明確にすることが重要です。その回答が不透明であったり、コンサルタントが説明を過度に拒むようであれば、そこで初めて第三者の目を検討すべきです。
大切なのは、「疑う」という後ろ向きなエネルギーを、「条件を再定義し、正しく比較し直す」という建設的な技術に変えることです。その一歩が、数千万円、数億円という修繕費用の適正化へと繋がります。
まとめ:社名リストよりも「書類を見る力」が資産を守る
不適切な調整を暴くことは難しいかもしれません。しかし、不自然な見積を検知し、それを拒絶することは、書類を比較する勇気さえあれば誰にでもできます。ネットに流れる古い社名リストを眺めて不安になる時間があるなら、今手元にある見積書を並べ、1行ずつ言葉の重なりを確認してください。
会社名という「看板」はいくらでも偽装できますが、積算された「数字」と「言葉」には、作成者の意図が必ず刻まれています。見積書を読み解く力を養うこと。それが、インフレで工事費が高騰する現代において、マンション管理組合が持つべき、最も基本的で強力な防衛策であることを忘れないでください。資産を守れるのは、リストではなく、あなたの「目」なのです。
参考:本稿の整理にあたって踏まえた考え方
本稿で紹介したチェック視点は、特定の違法行為を認定するものではありませんが、以下のような国・行政機関が示している「競争性が失われやすい構造」や「不当な調整が生じやすい状況」に関する考え方を踏まえ、マンション管理の実務で確認可能な形に整理したものです。
・公正取引委員会「独占禁止法Q&A(談合・カルテル関係)」
https://www.jftc.go.jp/dk/dk_qa.html




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