首都圏からアクセスの良い箱根は、古くから避暑地・温泉地として人気を集めてきました。バブル期には別荘感覚で多くのリゾートマンションが建設・購入されましたが、購入者の高齢化による来訪頻度の減少に加えて、週末や季節限定でしか使われない部屋も多くみられます。そのため、 利用頻度の低さが管理上のリスクとなっています。
人の出入りが少ない物件では建物の劣化に気づきにくく、役員のなり手不足も相まって管理組合の運営も形骸化しがちです。本記事では、マンション管理士である筆者が、箱根のリゾートマンションを例に、どこのリゾートマンションにもありがちな老朽化物件が直面する分譲マンションにおける管理問題を整理します。そして、普段我々が住む分譲マンションに対する、将来への警鐘と今後の対策のヒントを探ります。
※アイキャッチ画像はフジタ第1箱根山マンション(筆者撮影)
箱根リゾートマンションの歴史: 開発からバブル期まで
箱根のリゾートマンションがどのような歴史を辿って来たのか、まずは見ていきましょう。
1960年代:リゾートマンションの誕生
高度経済成長期を迎えた1960年代、熱海・伊東・箱根といった温泉保養地では、区分所有型リゾートマンションの建設が始まりました。眺望の良い高台に建てられたこれらの物件は、温泉大浴場やプール、フロントサービスなど、ホテルのような共用施設を備え、富裕層の別荘需要に応えるものでした。
特に箱根では1960年代前半に日本初のリゾートマンションが建てられ、建築家・吉村順三氏が設計した「箱根山マンション」が現在も残っています。
1970〜80年代:拡大とバブル期の建設ラッシュ
1970年代に入ると、大手デベロッパーも参入し、1980年代のバブル期には箱根各地でリゾートマンションの建設ラッシュが起きました。強羅や仙石原、芦ノ湖周辺には中規模のマンションが次々と立ち並び、温泉付きや充実した共用施設を大きな売りにしました。分譲価格も急騰し、
✅間取りは1LDK(50〜60㎡前後)が中心
✅坪単価は50万円以上という高額物件も存在
といった特徴が見られます。豪華な造りのため、管理状態が良い物件では築数十年を経ても古さを感じさせないものもありますが、その分管理費が高額になる点が大きな負担となりました。
バブル崩壊後:市場の低迷と資産価値の下落
しかし、1990年代のバブル崩壊で状況は一変します。リゾート需要は急減し、中古市場では資産価値が大幅に下落しました。かつて数千万円で取引されていた部屋が数百万円以下になる例も珍しくなく、箱根でも「100万円で買えるリゾートマンション」として報じられる物件が現れるほどでした。
その結果、格安で購入できる一方で維持費の重さから利用が進まず、高齢オーナーが持て余すケースも増えています。こうしてリゾートマンションは、華やかさの裏で「資産としての重荷」という側面も抱えるようになったのです。
築古リゾートマンションの実情: 老朽化と利用低下
次に、築古リゾートマンションの実情はどのようになっているのか、箱根のリゾートマンションに訪問したこともある筆者や当研究員の声も交えながら紹介します。
歴史的建物としての価値と現実
箱根には築数十年を超えるリゾートマンションが数多く存在します。代表的なのが、建築家・吉村順三氏が設計したフジタ第1箱根山マンション(1963年築/アイキャッチ画像)です。歴史ある建物として趣を残す一方、築60年を超える物件では他のリゾートマンション同様、実際に定住している世帯は少数で、長期間使われていない部屋が目立つ状況にあります。ただし、正確な比率を示す統計は公表されておらず、あくまで印象として語られる点には注意が必要です。
一方で、かつて現地を訪れ、内覧もしたことがある当研究室の研究員の話によると、吉村順三氏を慕い愛着を持って住み続けているオーナーもいたとのことで、歴史的建築を大切にする思いが根付いていることもうかがえます。
リノベーションによる再生の動き
老朽化の進行に歯止めをかけるべく、有志のオーナーがリノベーションに取り組む動きも出ています。実際に若いデザイナーと協力して一室を再生するプロジェクトが進行しており、「古いリゾートマンションを過去から未来へ繋ぐ」試みとして注目されています。こうした活動は、単なる老朽化対策にとどまらず、建物の新しい価値を見出そうとする挑戦でもあります。
バブル期物件も更新時期に直面
1980年代後半〜90年代初頭に建てられたリゾートマンションも、すでに築35年前後となりました。強羅エリアなどに多いこれらの物件は当時の贅沢な仕様により比較的しっかりした造りですが、給排水管や防水などインフラ面は更新時期に差し掛かっています。
修繕積立金が不足すれば、外壁や設備の劣化が一気に表面化し、建物全体の資産価値を下げるリスクが高まります。また、築年が古いほど定住者が少なく、居住率が3割未満にとどまるケースもあり、人が住んでいない部屋が多いことによる防犯面や活気の低下も深刻です。
温泉設備が抱える維持コスト
箱根のリゾートマンションには温泉大浴場を備える物件が多くあります。購入時には魅力であった温泉設備も、築年数が進むにつれ維持費が大きな負担となります。
✅大浴場のボイラーや配管の更新
✅温泉供給設備のメンテナンス
といったコストは年々増加し、利用者が少なくても毎月数万円規模の固定費がかかるのが実情です。
ある高齢オーナーは「泊まりもしないマンションと浸かりもしない温泉のために、毎月5〜6万円を払い続けている」と嘆いており、こうした声は自治体にも寄せられています。
維持費が重荷となる所有者たち
利用頻度が低いにもかかわらず維持費が重くのしかかることで、「安くてもいいから手放したい」と考える所有者が増えています。
築古リゾートマンションは、資産であると同時に負担にもなり得る存在であり、オーナーの高齢化が進む今、管理と活用の在り方が一層問われています。
管理組合が直面する課題: 高齢化・管理費・滞納問題

箱根のリゾートマンションに限らない共通の課題ではありますが、具体的にリゾートマンションの管理組合においては、どのようなことが課題になっているのでしょうか。具体的に掘り下げて見ていきましょう。
出席率の低下と組合運営の停滞
リゾートマンションでは、当初は毎週通うほど熱心に利用されていたオーナーも、年月とともに訪問頻度が下がり、日常的に居住する人が少なくなります。そのため、管理組合活動への関心が薄くなりがちです。
結果として、理事会や管理会社に任せきりとなり、
✅必要な修繕工事が先送りになる
✅管理会社寄りの提案が、白紙委任状によって安易に可決されてしまう
といった問題が起こりやすくなります。総会の出席率が極端に低く、一部の役員に判断が集中する構図はどのリゾートマンションにおいても珍しいことではありません。
所有者の高齢化と滞納問題
区分所有者の高齢化も深刻な課題です。車の運転が難しくなり、箱根の別荘に足を運ばなくなると、管理組合への関心も薄れます。
特に築古マンションでは、以下のような滞納問題が目立ちます。
✅年金生活となり経済的負担から支払いを停止
✅所有者が亡くなり、相続人が費用負担を放棄
滞納住戸が増えると、管理費収入が減り、健全な組合運営に支障をきたします。競売をかけても滞納分を差し引いた残りがわずかで、買い手がつかず回収不能になるケースもあります。
その結果、他の所有者にコストが転嫁され、不満や不信感が募り、管理組合全体において悪循環に陥ります。
資産価値の下落と「負動産化」
管理費や修繕積立金が不足すると、建物の資産価値は低下します。売却しようにも買い手がつかず、なかには「0円でもいいから譲りたい」と言われるような負動産化した事例もあります。さらに、
✅プロの仲介業者も扱わず、個人間で名義を押し付け合う
✅購入後に想定外の修繕費が発覚する
といったトラブルも報告されています。安さに惹かれて購入したものの、冬場の寒さや維持費の負担に後悔する新規オーナーも少なくありません。
組合内の対立と不正のリスク
管理組合内の人間関係も複雑です。あるマンションでは、
✅高額で購入した古参オーナーは、資産価値維持のため管理費の増額を支持
✅安価で入居した新参オーナーは、負担増に反対
という構図で対立が先鋭化し、訴訟にまで発展しました。役員が長年固定化し、短期間で管理費が大幅に上がった結果、滞納や破産、空室が相次ぎ、仲介業者も取り扱いを避けるような「誰も買わないマンション」と化した例もあります。
また、オーナー不在が常態化すると、理事会の村社会化や内部癒着が起きやすくなります。実際、新潟県のリゾートマンションでは、理事長を務めていた人物が長年にわたり管理組合の資金を着服し、巨額の横領事件に発展したケースもありました。
自主管理マンションの現状: メリットとデメリット
このような負担を強いられる中で、自主管理で管理組合を運営しているマンションも存在します。どのようなメリットやデメリットが考えられるのか、確認してみましょう。
箱根にも存在する自主管理マンション
リゾートマンションの維持費負担を少しでも軽減するために、管理会社に委託せず自主管理に切り替えるマンションも一定数あります。筆者が検索したところによると、箱根では「シャンボール箱根湯本」(1981年築・23戸)や「強羅アビタシオン」(1964年築・33戸)といった物件が、管理会社に依頼せずオーナー主体で管理運営を行っているようでした。
自主管理のメリット
自主管理を選択する最大の利点は、管理委託費用が不要になるため、コストを大幅に削減できることです。これにより限られた管理費を建物の修繕や必要な工事に回せる余地が広がります。さらに、区分所有者が自ら管理に関与することで、
✅マンション管理への当事者意識が高まる
✅住民同士のコミュニティが強まりやすい
といった効果も期待されます。
自主管理のデメリットと課題
一方で、自主管理には相応の負担が伴います。管理会社が担ってきた業務を理事や役員が引き受けるため、
✅書類作成や会計処理
✅設備点検や修繕手配
✅クレームやトラブル対応
といった専門的で煩雑な仕事を、限られたメンバーで行わなければなりません。特に役員の高齢化や人材不足により、なり手がいなくなれば継続性に大きな問題が生じます。実際には、熱心な有志に依存するケースも多く、その人が引退すると途端に管理が滞るリスクも指摘されています。
負担軽減の工夫と可能性
近年では、こうした負担を軽くするために
✅会計ソフトやアプリを活用した効率化
✅マンション管理士や弁護士など専門家の顧問契約によるサポート
といった工夫が見られるようになりました。筆者がかつて関与したマンションの中でも、これにより一定の成功を収めている自主管理組合も存在します。
総合的な評価
総じて、自主管理はコスト削減と主体性強化という大きな利点がある一方で、専門性や継続性の確保が難しいという課題を抱えています。リゾートマンションの場合は特に、所有者が遠方在住であったり高齢化が進んでいたりするため、成功には強い熱意と工夫が不可欠です。
自主管理という選択肢は、必ずしもすべてのマンションに勧められる方法ではなく、物件の特性や所有者の状況を踏まえた慎重な判断が求められます。
管理問題への対策と将来への教訓

最後の章では、管理が行き届かない中でもリゾートマンションとしてできる工夫や考え方、さらには都心部のマンションでも考えられる共通の課題について紹介します。
意識改革と柔軟な管理体制
箱根に限らず、リゾートマンションが抱える管理問題に対して、まず必要なのは管理組合の意識改革と体制の見直しです。所有者が高齢化し現地に来られない場合でも、総会や理事会にオンライン参加できる仕組みを整えたり、議決権行使を簡便化したりする工夫が求められます。
また、ITや専門家を活用して管理を支援する方法も有効です。会計処理や点検記録をデジタル化し、必要に応じて外部の管理士や業者にスポット委託するなど、従来の「全面委託」か「完全自主管理」かの二択ではなく、柔軟な管理手法を模索することが重要です。
マンション管理状態が空白にならない、「管理が継続されていること」が管理組合にとって非常に重要であると考えられます。そのため、上記のような工夫を、役員だけではなくあらゆる区分所有者が検討していく事が求められそうです。
再生と利活用の可能性
建物の老朽化に対しては、単なる修繕にとどまらず、用途の見直しや利活用促進がポイントとなります。空き部屋が増えたマンションでは、定住者を増やす方向に舵を切り、終の棲家やテレワーク拠点としての利用を促すことも考えられます。
箱根町も「完全移住でなくてもよい」として、二地域居住や長期滞在を歓迎しています。例えば、利用されていない部屋を良い形でリノベーションすれば、新しい需要を取り込み、若い世代の参加者も増やせるでしょう。実際に古い物件を再生するプロジェクトも進行しており、管理組合の活性化に一役買っています。
ただ、最近のオーバーツーリズムによって、空き部屋に対して民泊を認めるようなことは要検討課題と言えるでしょう。箱根のリゾートマンションを訪問した時も思いのほか「民泊禁止」の看板を掲げるマンションが目に付いたのが印象的でした。
再生困難なマンションへの対応
一方で、物理的・経済的に再生が難しいマンションもあります。管理不全が進み「廃墟同然」と報道されるような建物は、防災上や景観上の問題を引き起こしかねません。実際に他地域では、全所有者の同意を得て解体に踏み切った例もあり、箱根でも同様のケースが将来的に出る可能性は否定できません。
そのため、早い段階から行政と管理組合の連携を強化し、空き家対策の一環としてリゾートマンション問題に取り組むことが欠かせません。
都心マンションへの警鐘
箱根リゾートマンションの問題は、都会の分譲マンションにとっても他人事ではない警鐘です。
都心のマンションでも、高齢化とともに役員のなり手不足や合意形成の困難さといった課題が表面化しつつあります。リゾートマンションほど極端ではなくても、「我がマンションにも同じことが起こり得る」という視点が必要です。
マンションは適切な維持管理を行えば築30年でも十分に住み続けられる資産です。しかし、そのためには時代に合わせた管理の進化と、資産価値を守るための積極的な参加が不可欠です。
リゾートから学ぶ、管理組合の持続力
箱根のリゾートマンションは、豪華な共用施設を備えながらも、オーナーの高齢化や利用減少に伴う管理難に直面しています。管理費滞納や組合機能の低下、資産価値の下落といった問題に対し、今こそ管理体制の再構築や利活用の工夫が必要です。
箱根の事例はすべての管理組合に共通する課題を映し出しており、「無関心でいることのリスク」を示しています。適切な管理と合意形成によってこそ、マンションは100年住み続けられる資産となるのです。
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