近年、マンションの維持管理における考え方に新たな潮流が生まれています。それは、従来行われてきた大規模修繕ではなく、より柔軟で経済的な中規模修繕へとシフトしていくという考え方です。
本稿では、東洋経済オンラインの記事「「談合の温床・大規模修繕は時代遅れ?」、無駄な工事で修繕積立金が枯渇、《マンション管理の新発想》資産を守る「中規模修繕」メリットと課題」 を参考に、この新しい動きの背景、課題、そしてその可能性について、マンション管理士である筆者が考察します。
大規模修繕における構造的な問題点
東洋経済の記事では、マンションの大規模修繕業界が抱える構造的な問題点が指摘されています。2025年3月には、公正取引委員会が数十社もの大規模修繕工事会社に対し、数十年以上にわたる談合の疑いで立ち入り検査を行ったことが報じられています。
なぜ、大規模修繕の現場ではこのような不正が起こりやすいのでしょうか。
株式会社KAIライフサイクルマネジメントの菅純一郎氏は、その理由の一つとして業界の歴史と成り立ちを挙げています。記事によると、
大規模修繕業界は比較的新しく、「A社にいた人が独立してB社、C社を始め、B社にいた人がさらにという形で事業者が増えてきた業界」 であり、その結果、「談合以前に横のつながりが強く、悪意のない忖度も含めればなんとなく価格調整が行われ続けていても不思議ではありません」 と指摘しています。
このように、業界内の強い連携が、競争原理が働きにくい温床となっている可能性があります。
また、相見積もりの慣習も談合を助長する要因として挙げられています。設計監理を行う事業者が作成する設計図書は、規模によっては数百万円もの費用がかかります。この詳細な書類に基づいて各社が単価を入力するだけで総額が算出されるため、「その単価をちょっとずつ高くしたら総額が高くなるのは自明の理」 です。
さらに、大手管理会社が主導する業者会の存在も無視できません。「大手管理会社は業者会などといった名称で大規模修繕を依頼する事業者の集まりを作っており、そこに相見積もりを依頼します。互いにどこが参加しているかがわかれば、その力関係などから受注調整などが起きる可能性は十分にありえます。全社がほんの少しずつ上振れした数字を出せば相場がいくらなのかは全くわからなくなります」。
このように、透明性の低い見積もりプロセスと、関係性の深い業者間の情報共有が、不透明な価格形成につながるリスクを孕んでいると言えるでしょう。
中規模修繕という新たな選択肢
このような大規模修繕における問題点を踏まえ、記事では「談合防止だけでなく、資産の維持、修繕積立金の安定的な運用その他を考えると大規模修繕自体が時代遅れと指摘する人たちがいる」 とし、中規模修繕を目指すべきだという意見を紹介しています。
では、中規模修繕とは具体的にどのようなものなのでしょうか。記事中では明確な定義は示されていませんが、一般的には、大規模修繕のように建物全体を包括的に改修するのではなく、必要な箇所に焦点を当て、時期を分散して行う修繕を指すと解釈できます。
中規模修繕のメリットとして考えられるのは、まずコストの平準化です。大規模修繕では、多額の費用が一度に発生するため、修繕積立金が不足したり、一時金の徴収が必要になったりする場合があります。
一方、中規模修繕であれば、年間の修繕費用を比較的抑えられ、計画的な積立金の運用が可能になります。
また、工事の必要性に応じた柔軟な対応も可能です。建物の劣化状況は一様ではなく、箇所によって進行度合いが異なります。大規模修繕では、まだ十分に機能している部分まで含めて一律に改修されることがありますが、中規模修繕では、本当に修理や改修が必要な箇所を、適切なタイミングで実施することができます。
これにより、無駄な工事を削減し、修繕積立金の有効活用につながるでしょう。
さらに、中規模修繕は談合のリスクを低減する可能性も秘めています。工事の規模が小さく、専門性の高い特定の工事に絞られることで、参加できる業者の選択肢が増え、競争原理が働きやすくなるかもしれません。また、工事の頻度が増えることで、特定の業者との癒着を防ぐ効果も期待できます。
特に談合参加の企業は比較的大企業が多く、上記のような可能性が増えることで、中小企業の参入余地もより増える可能性も考えられるでしょう。
中規模修繕の課題と導入への考察

もちろん、中規模修繕には課題も存在します。まず、長期的な視点での計画策定と管理の重要性が増します。大規模修繕のように一括して改修するわけではないため、それぞれの修繕履歴や建物の経年変化を正確に把握し、将来を見据えた計画を立てる必要があります。これには、専門的な知識や経験が求められるでしょう。
また、居住者の理解と協力も不可欠です。複数回にわたる修繕工事は、居住者にとって一時的な 不便さを伴う可能性があります。中規模修繕の必要性やメリットを丁寧に説明し、理解と協力を得るためのコミュニケーションが重要になります。
さらに、修繕業者の選定と管理もより重要になります。小規模な修繕を頻繁に行うことになるため、信頼できる業者を継続的に確保し、適切な品質管理を行う体制を構築する必要があります。
マンション管理組合が中規模修繕を導入する際には、以下の点を考慮する必要があると考えられます。
- 建物の劣化状況の正確な把握: 専門家による定期的な診断を行い、建物の状態を詳細に把握することが第一歩となります。
- 長期修繕計画の見直し: 現在の長期修繕計画を、中規模修繕の考え方に基づいて見直す必要があります。
- 修繕積立金の再検討: 中長期的な修繕費用を予測し、適切な積立水準を設定する必要があります。
- 情報公開と合意形成: 中規模修繕のメリット・デメリットを居住者に丁寧に説明し、十分な議論と合意形成を図ることが重要です。
- 信頼できる専門家の活用: 設計事務所やコンサルタントなど、専門的な知識を持つ第三者の意見を取り入れながら計画を進めることが望ましいでしょう。
- 透明性の高い業者選定: 相見積もりを複数社から取得し、価格だけでなく、技術力や実績、信頼性などを総合的に評価して業者を選定する必要があります。
- 国土交通省が指摘する大規模修繕工事の考え方との整合:国土交通省は、長期修繕計画においても30年以上の計画で2回以上の工事計画が必要とあるため、その整合が必要になります。
「中規模修繕」という概念に対して、最後に指摘した、国土交通省のいう「大規模修繕工事」とどう折り合いをつけるかは一つ出てくるかもしれません。
大規模修繕工事とは、マンションの管理の適正化の推進に関する法律施行規則(管理の方法の基準)第一条の四のニでは、「マンションの建物の外壁について行う修繕又は模様替を含む大規模な工事をいう。」とあります。
したがって、中規模修繕と読み替えるのであれば、金額を抑えながらこの工事を実施するとも捉えられることができるかもしれません。
いずれにせよ、「本来今のタイミングで必要のない工事を減らす」という観点が重要と言えるでしょう。
まとめ:賢い修繕でマンションの資産価値を守る時代へ
東洋経済オンラインの記事は、大規模修繕における談合のリスクや、画一的な工事による無駄遣いの可能性を示唆し、マンション管理の新たな方向性として中規模修繕を提示しています。業界の構造的な問題や慣習に目を向け、より柔軟で経済的な修繕方法を検討することは、マンションの資産価値を維持し、居住者の負担を軽減する上で重要な視点と言えるでしょう。
中規模修繕は、まだその導入には様々な課題も存在しますが、適切な計画と管理、そして居住者の理解と協力があれば、賢く修繕を行い、大切な資産を守るための有効な手段となり得るのではないでしょうか。
今後は、それぞれのマンションの状況に合わせて、大規模修繕と中規模修繕のメリット・デメリットを比較検討し、最適な修繕計画を選択していく時代になると考えられます。
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