修繕積立金運用の限界|金利1% vs インフレ3%で何が起きるか

マンション管理

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2026年を迎え、日本の金融環境は明確な転換点にあります。長らく続いたマイナス金利時代が終焉を迎え、個人向け国債の利率もかつては見られなかった水準まで回復してきました。「元本保証で、預金よりはマシな利回りが得られる国債なら安心だ」――。今、多くの管理組合の理事会で、このような空気が流れているのではないでしょうか。

しかし、マンション管理士として、そしてFP(ファイナンシャルプランナー)として、私はあえて問いかけたいと思います。私たちは今、本当に修繕積立金を「守れている」のでしょうか。

「元本保証さえあれば安全」という従来の常識が、インフレという前提条件の変化によって、将来の修繕能力と必ずしも一致しなくなりつつある。その構造を、本稿ではできる限り冷静に解き明かします。


なぜ今「修繕積立金 × インフレ」を考える必要があるのか

金利上昇=安心ではない理由

金利が上昇し、運用収益が出るようになると、会計担当理事としては「責任を果たしている」という感覚を持ちやすくなります。しかし、金利とインフレは常にセットで考えなければなりません。 経済学には

「名目金利 - インフレ率 = 実質金利」

という考え方があります。

例えば、国債の利率が1%(名目金利)であっても、世の中の物価が3%(インフレ率)上昇していれば、実質的な価値はマイナス2%です。通帳の数字が増えていても、そのお金で買える価値(購買力)は失われていることになります。名目上の利率だけを見て判断することは、出口のない迷路に足を踏いれるのと同義なのです。

あわせて読みたい: 管理組合が直面する課題は運用だけではありません。今取り組むべき全体像についてはこちらで詳しく解説しています。

修繕積立金は「将来支払い前提」の資金である

修繕積立金が管理費と決定的に異なるのは、それが「今使うお金」ではなく、「10年後、20年後に使うお金」であるという点です。今、1億円でできる工事が、20年後も1億円でできる保証はどこにもありません。積立金の管理において最も重要なのは、現在の残高を維持することではなく、将来の工事を実施できる「購買力」を維持することにあります。


金利1%・インフレ3%で積立金に何が起きるのか

名目と実質のズレを数字で整理する

具体的なシミュレーションで考えてみましょう。1億円の修繕積立金を、利率1%の国債で運用したとします。10年後、便宜的に単利で考えると、額面上の残高は約1億1,000万円になります。 年1%で複利運用した場合は約1億1,050万円(税引前)となりますが、同期間にインフレ率が年3%で推移した場合、現在1億円で実施できる工事費は、10年後には約1億3,400万円規模に達します。

  • 10年後の運用残高:約1億1,050万円(複利・税引前)
  • 10年後の想定工事費:約1億3,400万円
  • 不足額:約2,350万円

実際には運用益から税金が引かれるため、この差はさらに広がります。「数字は増えているのに、工事費には全く足りない」という逆転現象。これが、インフレ局面における運用の正体です。

数字を示した次に必要なのは「合意形成」です。 「運用なんて博打だ!」という反対意見が出たときに、感情論にせず、インフレと購買力の話として説明する具体策はこちら。

修繕工事費は“平均的インフレ”ではない

さらに、人件費や資材費に直結する「建設物価」については、一般的な物価上昇率を上回るペースで上昇する局面が繰り返し生じてきた、という事実があります。

その背景には、いくつかの構造的要因があります。第一に、修繕工事は人手依存度が極めて高い産業であり、少子高齢化による技能労働者不足が、そのまま人件費の上昇に直結します。

加えて、高所・屋外作業を伴う体力的・危険性の高い仕事であることから、若年層に敬遠されやすく、新規参入が進みにくいという構造的要因も抱えています。その結果、熟練技能者への依存が続き、人件費が下がりにくい産業構造となっています。

第二に、防水材・金属・設備部材など輸入比率の高い資材が多く、円安局面ではコストが即座に跳ね上がります。

さらに、マンション修繕は「延期できない需要」である点も重要です。景気後退時でも工事を止めることが難しく、価格交渉力が発注側に弱いという構造があります。その結果、一般的な消費財以上に、インフレ圧力をそのまま受け止めやすい分野となっているのです。

世の中の平均的なインフレ率ではなく、「建設・修繕という業界固有のインフレ」にさらされる——これが、マンション修繕の世界を考える際の前提条件です。

さらに詳しく: 実際に大規模修繕工事にはどれほどの費用が必要なのか。最新のデータに基づく解説は、以下の記事をご参照ください。


【深掘り】管理組合の運用を縛る「壁」と「誤解」

「安全確実」の呪縛をどう解くか

標準管理規約には、修繕積立金を「元本保証で運用すべき」とする明確な規定はありません。
もっとも、各管理組合が定める運用細則等では、結果として元本保証を前提とした設計になっているケースも多く、これが「元本保証以外は不可」という解釈を強めてきた側面があります。

さらに、管理組合の役員は資金運用の専門家ではなく、また運用細則等で「元本保証」を前提とした定めがある場合には、その枠内で判断せざるを得ないのが実情でしょう。

そのうえで重要なのは、「元本保証だから安心」と思考を止めるのではなく、インフレによって修繕積立金の実質的な価値がどう変化しているのかを認識し、共有することです。安全確実とは、単に数字を維持することではなく、将来必要となる修繕を実行できる「価値」を維持する視点から捉え直す必要があります。

ペイオフ対策だけで終わっていないか

多くの管理組合が取り組む「運用」の実態は、実はペイオフ(預金保護)対策としての資金分散です。複数の銀行に1,000万円ずつ分ける作業は、確かに銀行の破綻リスクからは資産を守りますが、インフレという「静かなる預金封鎖」からは1円も守ってくれません。分散すべきは「銀行(預け先)」だけでなく、「資産の性質(インフレ耐性)」であるという認識への転換が必要です。


国債は間違いなのか?―2025〜2026年の現状整理

では、修繕積立金の運用先として真っ先に名前が挙がる「国債」について、現在の金利環境を踏まえながら、冷静に整理してみましょう。かつてのマイナス金利時代と今とでは、国債を取り巻く前提条件は大きく変化しています。

直近の国債利率は確かに上がってきている

もちろん、国債そのものを否定するつもりはありません。実際、マイナス金利政策下では、個人向け国債の利率は年0.05%前後に張り付いており、「安全だが増えない資産」の代表格でした。

しかし2024年以降、金融政策の転換を受けて状況は変わりつつあります。たとえば、個人向け国債(10年・変動金利型)の表面利率は、2023年には年0.5%程度だったものが、2025年に入ってからは年1%前後まで上昇しています。これは、定期預金と比較しても無視できない水準です。

こうした環境変化を踏まえれば、「預金よりは有力な選択肢」と評価されるようになったこと自体は、客観的にも自然な流れと言えるでしょう。

それでも国債が“万能”ではない理由

しかし、国債が「インフレ対応資産」として万全かと言えば、そうではありません。

固定金利タイプの国債は、購入時点で利率が確定するため、その後にインフレが加速し、修繕工事費が想定以上に上昇しても、受け取れる利息は増えません。結果として、金利は得ているものの、購買力という観点では目減りが進む可能性があります。

また、変動金利タイプの国債であっても、連動するのはあくまで市場金利であり、建設物価や人件費といった「修繕工事に直結するコスト」に連動する仕組みではありません。インフレ率が高止まりしても、国債の利率が同じペースで追いつくとは限らない点には注意が必要です。

問題は「国債」ではなく「用途との相性」

「国債はアリ。ただし万能ではない」──重要なのは、利回りの優劣ではなく、修繕積立金をどの期間・目的で使うのかという視点です。

比較検討のヒント: 国債やすまい・る債を、短期・中期の資金管理としてどう位置づけるべきかについては、以下の記事で整理しています。


修繕積立金における“本当のリスク”とは何か

修繕積立金の運用を巡る議論では、しばしば「元本割れしないかどうか」が最大の判断基準になります。しかし、その基準だけで本当にマンションの安全は守れているのでしょうか。

元本割れしない=安全ではない

帳簿上の数字は守れていても、結果として建物の価値や居住環境を十分に守れないケースは、決して珍しくありません。

例えば、修繕積立金の残高は計画通り確保されているにもかかわらず、工事費の高騰によって修繕内容を縮小せざるを得なかったり、本来実施すべき工事を先送りしたりする事態が生じます。帳簿上は「問題なし」に見えても、建物の劣化は確実に進行していくのです。

これは、「お金が減らないこと」を重視する会計上の安全と、「必要な修繕を確実に実行できるか」という管理実務上の安全が、必ずしも一致しないことを意味しています。この二つの安全のズレに気づかないまま意思決定を続けてしまうことこそが、現代の理事が直面している本当のリスクだと言えるでしょう。

積立金不足が招く現実的な結末

資金が不足すれば、修繕規模の縮小、工事の延期、あるいは一戸あたり数十万〜数百万円にのぼる「一時金徴収」という選択肢を迫られます。

その結果、当初は軽微だった劣化が放置され、想定以上のスピードで建物性能や資産価値の低下が進行するケースも想定されます。

実録・一時金のリスク:「足りなくなったら一時金で」という安易な考えが、いかに現場を混乱させるか。実際の失敗事例から学ぶべき教訓はこちら。


2026年以降、修繕積立金をどう「守る」と考えるか

インフレという環境変化を前提にすると、「何で運用するか」という手段論よりも先に、何を守るべき資産なのかという目的の再定義が必要になります。その視点に立ったとき、修繕積立金の評価軸は大きく変わります。

守るべきは「元本」ではなく「修繕能力」

これからの時代、守るべきは通帳の数字そのものではありません。10年後、20年後に、必要な修繕を確実に実行できる「修繕能力」そのものです。

帳簿上の残高が維持されていても、工事費高騰によって必要な修繕ができなければ、その積立金は本来の役割を果たしているとは言えません。そのためには、過去の前例に頼るのではなく、インフレを織り込んだ資金計画へ発想を切り替えることが、これからの管理組合に求められます。

【新提案】インフレに対抗する「3つのポートフォリオ」

管理組合が検討すべきは、単一の金融商品ではなく、資金の「出口」に合わせた色分けです。特にこれまでの管理実務では見落とされがちだったのが、将来のインフレに備えるための「防衛資金」という発想です。

  1. 待機資金(預金):近々発生する小規模修繕や突発的な事故に備える「流動性重視」
  2. 基盤資金(国債・すまい・る債):次回の長期修繕工事に向けた「確実性重視」
  3. 防衛資金(インフレ耐性資産):20〜30年後の超長期的な工事費高騰を補完する「購買力維持重視」

このように資金の役割を整理したうえで一部を振り分けることで、従来の「安全性」を確保しつつ、インフレによる修繕費高騰に備える「将来の修繕能力」も同時に意識した、現実的な積立金管理が可能になります。

戦略的アプローチ: 資金不足を未然に防ぐための、2025年以降の最新戦略についてはこちら。


合意形成と判断軸の転換|世代差をどう乗り越えるか

このテーマが難しいのは、運用の是非以前に、区分所有者それぞれが置かれている立場や時間軸が大きく異なるためです。その背景を整理することから、議論を始める必要があります。

なぜ運用の議論はこじれやすいのか

運用の議論を難しくする最大の要因は、居住者の世代間で「時間軸の捉え方」が大きく異なる点にあります。30代・40代の区分所有者は、20年後・30年後も住み続ける前提で「将来の修繕能力」を重視します。一方で、高齢世代にとっては、今後の生活費や負担感が現実的な関心事となり、「慣れない運用」や「不確実な話」への警戒心が強くなりがちです。

このズレを放置したまま「運用の是非」を問うと、議論は感情論に傾きやすくなります。

「利益」ではなく「回避したい未来」で共有する

合意形成の鍵は、運用の目的を「利益を得ること」に置かないことです。「将来の一時金徴収を避ける」「修繕を先送りせずに済む状態を保つ」といった目的であれば、世代を超えた共通利益として整理できます。

「今の100万円を110万円にする投資」

ではなく、

「将来130万円に膨らむ工事費を、今の100万円で賄える状態を維持する準備」

と翻訳して説明することで、議論の軸は大きく変わります。

「運用するか否か」ではなく「判断軸をどう持つか」

「元本保証以外は認めない」という硬直的な姿勢も、「積極的にリスクを取るべきだ」という極端な主張も、どちらも現実的とは言えません。重要なのは、運用する・しないという二択ではなく、何を基準に判断するのかを共有することです。

役員に求められる役割は、前例を踏襲することではありません。

「インフレ3%の世界が10年続いた場合、このマンションはどうなるのか」

その問いを提示し、数字と言葉で説明できる判断軸を理事会に示すことです。

管理会社から示される長期修繕計画は、必ずしもインフレを十分に織り込んでいないこともあります。その前提を読み解き、将来の修繕能力という視点で議論をリードすることこそが、これからの役員に求められる役割だと言えるでしょう。


まとめ|元本保証だけではマンションは守れない

国債は、決して否定されるべきものではありません。しかし、インフレが常態化する2026年以降の世界において、それだけでは「十分条件」とは言えなくなっています。

本当に守れる運用とは、

  1. 将来の工事費予測(インフレ考慮)を直視し、
  2. 元本保証という心地よい言葉の裏にある「目減り」を認識し、
  3. 管理組合の体力に応じた「適切なリスク」を定義すること です。

本当に守るべきものは、通帳の数字ではなく、皆様の大切な資産である「マンションの未来」です。「元本保証=安全」というこれまで有効だった判断軸を見直し、今の積立金が将来の工事費に対してどのような立ち位置にあるのか。その「購買力」を基準にした議論を、今こそ理事会で始めてください。

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