マンションの総会を開こうにも、連絡が取れない区分所有者がいる――。長期滞納や相続放置など、「所在が不明な区分所有者」は多くの管理組合で頭を悩ませる問題です。こうした状況では議決権の総数が満たせず、重要な議案が決められないケースもありました。
この課題を解決するため、令和8年4月施行の区分所有法改正に合わせて、標準管理規約に新設されたのが第67条の3「所在等不明区分所有者の総会の決議等からの除外」です。本稿では、その内容と実務上の対応ポイントを、具体例を交えてマンション管理士が分かりやすく解説します。
条文解説
第67条の3は、区分所有法第38条の2を受けた新しい規定で、「連絡が取れない区分所有者を一時的に総会の議決権から除外できる仕組み」を定めたものです。
これまで、所在不明の区分所有者がいても、その人の議決権は母数に含まれてしまい、総会が成立しない、特別決議が通らないといった事態が各地で発生していました。たとえば老朽化が進んだ建物で、修繕や再生のために4分の3以上の賛成が必要でも、所在不明者が多いと決議ができず、管理組合が事実上「凍結」してしまうのです。
新設条文は、そのようなケースで理事長(=区分所有法上の管理者)が家庭裁判所に申し立てを行い、「所在等不明区分所有者を除外して総会を開くことができる」との裁判を得ることで、実質的な議決を可能にする制度です。
※区分所有法第三十八条の二ならびに、当該条文には「裁判所」との記載がありますが、非訟事件(訴訟事件以外の裁判であり、終局的な権利義務の確定を目的とせず、裁判所が後見的に介入して処理することを特徴とする事件累計)であることから、以下、「家庭裁判所」として記載しています。(非訟事件手続法)
標準管理規約第67条の3「所在等不明区分所有者の総会の決議等からの除外」とは?
以下、条文内容となります。
(所在等不明区分所有者の総会の決議等からの除外)
第67条の3 理事長は、ある専有部分の区分所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、理事会の決議を経て、裁判所に対し、その区分所有者(以下「所在等不明区分所有者」という。)以外の区分所有者により総会の決議を行うことができる旨の裁判(以下「所在等不明区分所有者の除外の裁判」という。)を請求することができる。
2 理事長以外の区分所有者は、裁判所に対し、所在等不明区分所有者の除外の裁判を請求したときは、遅滞なく、理事長にその旨を通知しなければならない。
3 所在等不明区分所有者の除外の裁判が確定したときは、それ以降に開く総会において、所在等不明区分所有者は、議決権を有しない。この場合において、当該所在等不明区分所有者、その有していた議決権及びその有する敷地利用権の持分については、それぞれ組合員総数、議決権総数及び敷地利用権の持分の総数から除外する。
4 前項の規定により総会の決議から除外する所在等不明区分所有者に対しては、第43条第1項並びに第44条第1項及び第2項の通知を発することを要しない。
5 第1項の裁判所への請求を行うこととなる場合は、理事長は、当該請求に要した経費について、弁護士費用等を加算して、当該所在等不明区分所有者に請求することができる。
6 前項に定める費用の請求については、第60条第4項の規定を準用する。
7 第5項の規定に基づき請求した弁護士費用等及び請求に要した費用に相当する収納金は、第27条に定める費用に充当する。
以下、各条文について、具体的に解説します。
理事長による裁判所への請求(第1項)
管理組合の理事長(区分所有法上の管理者)が、家庭裁判所に対して「所在等不明区分所有者を総会の議決から除外する裁判」を請求できることを定めています。
ここで重要なのは、理事長単独の判断ではなく、理事会の決議を経ること。組合全体の意思として申立てを行うことが求められます。
たとえば長期滞納者が相続放置され、登記上は故人名義のままで所在が不明という場合、理事長は理事会の承認を得て、裁判所に除外申立てを行うことが可能です。
理事長以外の区分所有者の請求と通知義務(第2項)
一般の区分所有者も裁判を起こすことは可能ですが、その場合は理事長への通知義務が課せられます。
これは、管理組合の情報共有を確保するための規定です。理事長が知らないところで個人が除外裁判を行うと、総会運営や議決権の管理に混乱を招くためです。
理事長に事前共有して区分所有者が裁判を起こすことが多いと思われますが、条文上、理事長に共有する前に訴えることも可能である条文です。
裁判確定後の議決権除外(第3項)
ここが本条文の中核です。除外裁判が確定すると、その区分所有者の議決権・持分が「総数から除外」されます。
たとえば全30戸(議決権総数も30)のうち2戸(議決権総数2)が除外されれば、総数は28戸、議決権も28戸分として計算します。これにより、特別決議や建替え決議も現実的に成立できるようになります。
通知義務の免除(第4項)
通常、総会招集や議決結果の通知は全区分所有者に対して行う必要がありますが、除外が確定した者については通知不要となります。
これは現実的な運用を想定したものです。通知を出しても届かない相手に、費用と手間をかける必要はないという考え方です。
ちなみに、第43条(招集手続)第1項並びに、第44条(組合員の総会招集権)第1項及び第2項の条文は以下の通りです。※双方とも令和8年4月の法改正による規約改正条文
(招集手続)
第43条 総会を招集するには、少なくとも会議を開く日の2週間前(会議の目的がマンション再生等に係る決議であるときは2か月前)までに、会議の日時、場所(WEB会議システム等を用いて会議を開催するときは、その開催方法)、目的及び議案の要領を示して、組合員に通知を発しなければならない。
(組合員の総会招集権)
第44条 組合員が組合員総数及び第46条第1項に定める議決権総数の各5分の1以上に当たる組合員の同意を得て、会議の目的を示して総会の招集を請求した場合には、理事長は、2週間以内にその請求があった日から4週間以内の日(会議の目的がマンション再生等に係る決議であるときは、2か月と2週間以内の日)を会日とする臨時総会の招集の通知を発しなければならない。
2 理事長が前項の通知を発しない場合には、前項の請求をした組合員は、臨時総会を招集することができる。
弁護士費用等の請求権(第5項)
除外裁判には弁護士費用など一定の出費が発生しますが、その費用は最終的に所在不明区分所有者本人(又は相続人)に請求できる仕組みです。一見すると区分所有者がどこにいるか分からない状況なので、裁判直後では、請求のし様がないとも考えられます。
ただし、管理組合が費用を立て替えても、後に所在が判明した際に回収できる可能性があります。
費用請求手続の準用(第6項)
第60条第4項は、滞納者への弁護士費用などの請求方法を定めた条文です。つまり、所在不明者に対しても、滞納者と同様の手続で費用回収ができるよう整備された形になります。
第60条第4項は以下の通りであり、総会決議を経ずに理事会の決議で訴訟や法的措置を行うことが出来るという規定です。※第60条は法改正による規約改正はありません
4 理事長は、未納の管理費等及び使用料の請求に関して、理事会の決議により、管理組合を代表して、訴訟その他法的措置を追行することができる。
収納金の扱い(第7項)
回収した費用は第27条に定める費用として「管理費に充当」できることが明記されています。つまり、個別の理事長報酬ではなく、管理組合全体の経費に戻すのが原則です。
この点は会計処理上も重要で、理事長個人への入金ではなく、組合の収入扱いとすることが求められます。
第27条は以下の通りです。※第27条は法改正による規約改正はありません
(管理費)
第27条 管理費は、次の各号に掲げる通常の管理に要する経費に充当する。
一 管理員人件費
二 公租公課
三 共用設備の保守維持費及び運転費
四 備品費、通信費その他の事務費
五 共用部分等に係る火災保険料、地震保険料その他の損害保険料
六 経常的な補修費
七 清掃費、消毒費及びごみ処理費
八 委託業務費
九 専門的知識を有する者の活用に要する費用
十 管理組合の運営に要する費用
十一 その他第32条に定める業務に要する費用(次条に規定する経費を除く。)
全体の流れ
- 所在不明の確認:登記簿・住民票・郵便返戻で確認
- 理事会決議:除外請求を行うか審議
- 裁判所への申立て:理事長が管理者として申立書提出
- 除外裁判の確定:議決権除外・通知免除へ
- 費用回収・会計処理:弁護士費用等を組合に戻す
これにより、総会が「開催できない」状態から脱却し、実質的にマンションの意思決定を進めることが可能になります。
このように、第67条の3は、申立て → 除外 → 通知免除 → 費用処理という一連の流れを体系的に規定しています。
理事会・総会・会計がそれぞれ連動するため、管理組合としても条文の構造を理解しておくことが肝心です。
国交省コメントの解説
国交省は第67条の3について、次のようにコメントしています。
【コメント】第67条の3関係
区分所有法第38条の2において、所在等不明区分所有者の総会の決議等からの除外を請求できるのは、所在等不明区分所有者以外の区分所有者又は管理者とされている。第1項の規定は、所在等不明区分所有者の存在により、総会での意思決定が困難になっている場合等を想定し、その円滑化を図るため、管理組合を代表し、理事長が本請求を行う場合の手続を定めたものである。なお、理事長が裁判所に対して本請求を行うに当たっては、あくまで管理者として請求する必要がある点に留意が必要である。
ここから、いくつかの実務ポイントが見えてきます。
理事長が「管理者」として請求する意義
理事長は単なる代表者ではなく、区分所有法上の「管理者」としての法的地位を持っています。そのため、除外の申立ては「個人の判断」ではなく、「管理組合全体を代表して行う」必要があります。理事会での正式な決議を経ずに申立てを行うと、無権限行為と見なされるおそれもあるため注意が必要です。
また、理事長以外の区分所有者も裁判を申し立てることはできますが、その場合は「理事長へ通知義務」が生じます(第2項)。これは、区分所有者が単独で行ったとしても、その後組合全体で手続を共有するための安全弁のようなものです。
「所在不明」の判断基準
「所在を知ることができない」とは、単に連絡が取れないというだけでなく、合理的な探索を行っても所在を特定できない状態を指します。具体的には、
✅管理費等の請求書や総会通知が長期間返戻されている
✅住民票上の住所に居住実態がない
✅相続登記がされず、登記名義人が故人のまま
といった事実(必要な調査を尽くしても氏名等や所在が不明な区分所有者)が積み重なることで、「所在不明」と認められます。
※国土交通省 令和7年マンション関係法改正とこれからのマンション管理 5ページ(資料6枚目)より
裁判所が求めるのは「連絡を取ろうとした努力の証拠」です。管理組合としては、郵便物の記録、理事会議事録、住民からの聞き取りなどを残しておくことが重要です。
裁判手続と費用負担
除外裁判は家庭裁判所に申し立てます。弁護士を通じて行うのが一般的で、費用は数十万円程度が想定されますが、第5項で弁護士費用も含めて所在不明者に請求可能とされています。
つまり、手続きを行った管理組合が最終的に負担する必要はなく、後日、所在が判明した場合にはその費用を回収できる仕組みです。
また、裁判が確定すると、当該区分所有者の議決権・敷地持分は一時的に母数から除外され、通知義務(第43条・第44条関係)も免除されます。これにより、総会運営がスムーズになります。
管理組合として対応すべき事項
この条文は「法律上の救済手段」であり、まずは日常的な管理体制を整えることが前提です。以下に、実務上の対応を整理します。
理事長とそれ以外の区分所有者が裁判所に対して請求を行う場合の違い
そもそも、現に所在が分かっている区分所有者からであれば、裁判所に対する請求を行えるという事になりますが、条文の1項と2項、ならびに国土交通省の補足説明から考えて
✅理事長が裁判を申し立てる場合は「理事会決議」が必要
✅理事長以外の区分所有者が申し立てる場合は、「理事会決議」は不要だが、理事長に対する事後報告が必要
と読み取れます。そして、国土交通省の補足説明にもある通り、
なお、理事長が裁判所に対して本請求を行うに当たっては、あくまで管理者として請求する必要がある点に留意が必要
とあることから、理事長が組合の代表的立場である「管理者」として請求することが求められます。さらに、規約条文では「管理者として行動するに当たり、理事会の決議を得てから動く」ことを定めています。
対して、理事長以外の区分所有者は、区分所有法38条の2に基づく個別請求の権利として想定されているため、理事会の承認までは不要と読むのが自然と考えられます。
名簿整備と情報の更新
そして、所在不明区分所有者にならないようにするために重要なのは、今回の法改正で新たに見直された区分所有者名簿の整備(第31条の2)です。
「所在不明」を証明するには、名簿上の住所や連絡先が最新であることが前提になります。転居届や売買・相続の連絡が遅れると、管理組合は区分所有者がどこに行ったのか、把握できなくなります。
年1回以上の名簿確認を行い、居住実態のない区分所有者に対しては、早期に連絡を試みておくことが肝要です。
理事会での意思決定と弁護士連携
所在不明者が複数いる場合、まず理事会で「除外の裁判を請求するかどうか」を議題に上げましょう。実際の申立ては法的手続にあたるため、弁護士の関与が不可欠です。
また、管理組合に関与しているマンション管理士がいる場合は、理事会での議題整理や資料準備などの段階で支援を行い、弁護士と連携しながら申立てを進める形が適切です。
管理組合として裁判の申立てに必要な資料(郵便返戻記録、議事録、登記簿謄本など)を整え、証拠として提出します。
除外後の議決権管理
裁判が確定した後は、所在不明区分所有者の議決権や持分を「総数から除外」します。例えば全30戸(議決権総数30)のうち2戸が除外されれば、組合員総数28、議決権総数28(規約第46条第1項による場合)として計算します。
この変更は、定足数の変更にも影響するため、総会議事録・区分所有者名簿にも反映させておく必要があります。
ただし、除外の裁判が確定しても、所在等不明区分所有者は区分所有者でなくなるわけではありません。区分所有法および標準管理規約が定めるのは、あくまで「議決権を有しない」という一時的な状態です。
そのため、所有権や管理費負担義務は引き続き存続し、所在が判明すれば議決権行使も再開されます。
滞納管理費の扱い
所在等不明区分所有者が滞納している場合でも、区分所有者である限り管理費等の負担義務は継続します。
除外裁判はあくまで「議決権上の扱い」に関するものであり、管理費などの経済的債務が免除される趣旨ではありません。
そのため、管理組合として、所在が判明した時点で通常どおりの回収手続をとる必要があります。
所在不明区分所有者制度を正しく理解し、動ける管理組合へ
今回の改正で、長年課題となっていた「所在不明区分所有者による総会の機能不全」に対し、ようやく明確な法的手段が示されました。
管理組合にとって重要なのは、以下の3点です。
✅名簿の整備と記録の保存
✅理事会による適正な決議手続
✅弁護士など専門家の活用
所在不明者を放置すれば、修繕や建替えなどの大事な決議ができなくなるリスクがあります。
一方、この新制度を活用すれば、裁判所の判断を得て「動ける管理組合」へと進化できます。制度の趣旨は、排除ではなく「全体の合意形成を前に進めること」。
今後、老朽マンションが増えるなかで、この条文の活用場面は確実に増えるでしょう。
理事長・理事会としては、所在不明者の早期把握と、必要なときに適切な法的措置を取れる体制を整えることが、これからの管理組合運営の要と言えます。








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