横浜市青葉区のあざみ野周辺を歩いていると、やたらと「すすき野」方面へ向かうバスを目にします。今回、別の団地を訪れた際にも、あざみ野方面からすすき野方面へ向かうバスが次々と走っていました。
「このバスの先には、いったいどのような街があるのだろうか」
そんな素朴な疑問から、実際にすすき野まで歩いてみることにしました。
すすき野は横浜市青葉区の北部、川崎市麻生区との境に近い住宅地です。地域内には鉄道駅がなく、あざみ野駅、たまプラーザ駅、新百合ヶ丘駅、柿生駅など、周辺の主要駅はいずれも2km以上離れています。
数字だけを見ると、「駅から遠い昭和の郊外団地」という印象を持つかもしれません。しかし、現地を実際に歩いてみると、その印象はかなり変わりました。
頻繁に走る路線バス、商業施設、公園、学校、医療施設。そして築50年を超えた団地を次の世代につなごうとする住民主体の活動。すすき野は、単に古い団地が残っている場所ではありません。
今回は、すすき野団地とその周辺地域を歩きながら、「なぜ駅から遠い場所で一つの生活圏が成立しているのか」、そして高経年団地がこれからさらに長く存続していくために何が必要なのかを考えます。
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まず整理しておきたい「すすき野団地」と「すすき野」の違い
すすき野を調べると、少し分かりにくい点があります。「すすき野団地」という名称で情報を探すと、分譲住宅とUR賃貸住宅の情報が混在して出てくるからです。
今回中心に見る「すすき野団地」は37棟820戸の分譲団地
今回、団地再生や「100年団地」の取り組みとして中心的に取り上げるすすき野団地は、1974年に旧日本住宅公団が分譲した大規模団地です。
総戸数は820戸。複数の住棟からなる、昭和の典型的な大規模団地の一つです。2026年時点では築50年を超えており、建物の高経年化と住民の高齢化という、いわゆる「二つの老い」に直面しています。
UR賃貸住宅「すすき野」は324戸の別物件
一方、UR都市機構にも「すすき野」という賃貸住宅があります。こちらは横浜市青葉区すすき野3丁目6-1にある324戸のUR賃貸住宅です。
URが公開している「すすき野 団地のくらし」では、バス交通や買い物、公園、学校、医療施設など、この地域の生活環境が詳しく紹介されています。
したがって本稿では、
- 820戸の分譲マンション群としての「すすき野団地」
- UR賃貸住宅を含めた「すすき野地域」
- すすき野一丁目から三丁目までの生活圏
を必要に応じて区別しながら見ていきます。この違いを整理しておかないと、団地の戸数と地域人口などを混同してしまうため注意が必要です。
すすき野は8,000人以上が暮らす一つの生活圏
すすき野一丁目から三丁目までを見ると、2025年6月30日時点で人口は8,083人、世帯数は4,041世帯です。これは820戸の分譲すすき野団地だけの数字ではありません。すすき野という町全体の数字です。
それでも、駅から離れた横浜市北部の住宅地に8,000人を超える人口が集積していることは、この地域の規模を理解するうえで参考になります。
すすき野という町は、1973年に土地区画整理事業に伴って誕生しました。その後、1970年代の住宅開発によって団地や住宅地が形成され、現在まで半世紀以上にわたって生活の場として使われ続けています。
そして実際に歩くと、「住宅が並んでいるだけの場所」とは少し違う印象を受けます。道路、公園、学校、店舗、医療施設などが一定の範囲にまとまり、そこを頻繁なバス交通が外部の鉄道駅と結んでいます。
一つの生活圏として考えた方が、すすき野という街の性格を理解しやすいでしょう。
駅から2km以上離れていても、バスが街をつないでいる
すすき野地域には鉄道駅がありません。あざみ野駅、たまプラーザ駅、新百合ヶ丘駅、柿生駅などが周辺の主要駅になりますが、いずれも地域から2km以上離れています。
一般的な不動産広告では、「駅徒歩○分」という指標が強く意識されます。その物差しだけで見れば、すすき野は決して有利な立地とは言えません。
しかし、現地で印象的だったのはバスの多さでした。
次々と行き交うバスは「巨大なコンベアベルト」のようだった
あざみ野方面からすすき野方面へ歩いている間にも、何台ものバスとすれ違いました。住宅地から鉄道駅へ人を送り、鉄道駅から再び住宅地へ人を戻す。
その様子を見ていると、静かな住宅地と鉄道駅を絶え間なく結ぶ「巨大なコンベアベルト」のようにも感じられます。
UR都市機構は、UR賃貸住宅「すすき野」と駅を結ぶバスについて、多い時間帯には約5分間隔、平日は朝5時台から25時台まで運行されていると紹介しています。もちろん、すべての路線が常に5分間隔で走っているという意味ではありません。
それでも、鉄道駅がない住宅地を支える交通インフラとして、バスが非常に大きな役割を果たしていることは現地でも実感できます。
すすき野からは、あざみ野、たまプラーザ、新百合ヶ丘、柿生など複数方向へバスで移動できます。鉄道駅が一つ存在するのではなく、複数の鉄道駅へバスで接続する構造になっているところも、この街の特徴でしょう。
ブルーライン延伸で「すすき野付近」に新駅計画も
すすき野の将来を考えるうえでは、横浜市営地下鉄ブルーラインの延伸計画も無視できません。計画では、現在のあざみ野駅から新百合ヶ丘駅南口付近まで約6.5kmを延伸し、新たに4駅を設けます。
横浜市側では「嶮山付近」と「すすき野付近」に新駅を設置する計画となっています。
ただし、ここは最新情報に注意が必要です。以前は2030年が開業の目標年次として示されていましたが、2026年4月時点で横浜市が公表している事業概要では、開業目標は「精査中」となっています。
建設物価の高騰や鉄道需要の変化など、事業化判断当時には想定していなかった課題への対応が続いており、現在は鉄道事業許可の取得に向けた事業計画の精査などが進められています。
したがって、「まもなく地下鉄が開業する」と考えるのは早計です。一方で、「すすき野付近」が新駅予定地として位置付けられていること自体は、今後の地域のあり方を考えるうえで大きな要素です。
「駅から遠い」と「暮らしにくい」は同じではない
駅距離とは別に考えなければならないのが、日常生活をどこまで地域内で完結できるかです。
UR賃貸住宅「すすき野」を基準としたURの周辺案内を見ると、徒歩圏にはさまざまな生活施設があります。
買い物を支える商業施設
地域内には東急ストアすすき野店があり、食料品だけでなく衣料品店、100円ショップ、薬局、書店、歯科クリニックなども入っています。毎日の買い物のたびに鉄道駅まで出る必要がある街ではありません。
緑の多い公園
URの案内では、嶮山公園は徒歩約8分とされています。
実際に現地を歩いても、団地周辺には緑が多く、高度経済成長期に大量供給された住宅というより、長い年月を経て樹木が成長した成熟した住宅地という印象を受けます。新築時には小さかった木々も、50年という時間を経て街の風景そのものを形成しています。
学校と医療も生活圏にある
同じくURの案内では、すすき野中学校は徒歩約4分、救急外来に対応する横浜総合病院は徒歩約20分とされています。
これらの徒歩時間はUR賃貸住宅「すすき野」を起点とした数字であり、すすき野団地のすべての住棟から同じ距離という意味ではありません。それでも、教育、医療、買い物、公園などが地域内やその周辺に存在していることが、長期間にわたって住宅地を維持する基盤になっていることは確かでしょう。
つまり、「駅から遠い=生活が不便」とは必ずしも言い切れません。
重要なのは、鉄道駅まで何分かだけではなく、日常生活に必要な機能がどのような範囲に配置され、それをどの交通手段が支えているのかという視点です。
築50年を超えたすすき野団地を襲う「二つの老い」
もちろん、すすき野団地に課題がないわけではありません。むしろ、築50年を超えた現在、高経年マンションがこれから全国で直面していく問題を先行して経験しているとも言えます。
一つは建物の老朽化。もう一つは住民の高齢化です。
高齢化率46.6%という現実
すすき野団地リビングラボによると、すすき野団地住民の高齢化率は2022年1月時点で46.6%でした。当時の青葉区全体の21.9%と比較すると、2倍以上です。
住民のほぼ半数が65歳以上という状況になれば、単に建物を修繕すればよいという話ではなくなります。
管理組合や自治会の役員を誰が担うのか。高齢者の孤立をどう防ぐのか。買い物や移動をどう支えるのか。災害時に住民同士で助け合えるのか。さらに次の世代が入居したいと思える住宅地にできるのか。
建物の長寿命化と住民の世代交代を同時に考えなければなりません。
これは、当研究室がこれまで訪問してきた若葉台団地、野庭団地、左近山団地、河原町団地などにも共通する問題です。
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建替えだけではなく「未来に住みつなぐ100年団地」へ
すすき野団地で興味深いのは、築50年を迎えた団地の将来像として、建替えだけを唯一の答えとしていないことです。
すすき野団地リビングラボでは、「未来に住みつなぐ100年団地」を掲げています。
経年劣化した建物を適切に修繕しながら使い続けるとともに、それを支える人間関係や地域の仕組みまで含めて再構築しようという考え方です。
「管理組合だけで何とかする」から一歩外へ
高経年マンションでは、管理組合に求められる仕事が増え続けます。
長期修繕計画、大規模修繕、給排水設備、耐震、防災、高齢者対応、空き住戸、役員不足など、築年数を重ねるほど課題は複雑になります。
一方で、管理組合は基本的には建物や敷地などの管理を担う組織です。地域全体の福祉、雇用、コミュニティづくり、地域経済まで、すべてを管理組合だけで担うのには限界があります。
すすき野団地では、住民主体の「一般社団法人 団地暮らしの共創」が活動し、近隣の施設や外部団体などとも連携しながら、従来の管理組合や自治会だけに依存しない仕組みづくりが進められています。
ここは、今後の高経年マンションを考えるうえで非常に重要なポイントだと思います。
管理組合をなくすという話ではありません。建物管理を担う管理組合と、地域活動を担う別の主体が役割を分け、必要に応じて連携するという考え方です。
すすき野は「住宅しかない街」でもない
もう一つ興味深い数字があります。
2021年の経済センサスによると、すすき野一丁目から三丁目には147の事業所があり、1,211人が働いています。
ここでも注意したいのは、これはすすき野団地内だけの数字ではなく、すすき野という町全体の数字だということです。
しかし、8,083人が暮らす住宅地の中に1,000人を超える雇用が存在することは、「昼間になると全員が都心へ通勤して誰もいなくなるだけのベッドタウン」というイメージとは少し異なります。
地域内には商業、医療、福祉をはじめとしたさまざまな仕事があります。さらに、すすき野団地リビングラボを含む横浜市北部では、都市養蜂や地域産品、地域内の資源を循環させる活動なども紹介されています。
これらすべてがすすき野団地の事業というわけではありません。ただ、「住む人は単なる消費者であり、地域の外からサービスを受けるだけ」という構造から、地域の中にある人材や資源を生かして新たな活動を生み出そうという考え方は、高齢化する住宅地にとって興味深いものです。
すすき野団地から考える「100年続くマンション」
当研究室では「100年続くマンションを研究する」という視点から、高経年マンションや団地を実際に歩いています。その立場から見ると、すすき野団地には重要な示唆があります。
建物だけ100年残しても「100年マンション」にはならない
マンションの長寿命化というと、
- コンクリートの耐久性
- 防水
- 給排水管
- 外壁
- サッシ
- エレベーター
など、建物や設備の話が中心になります。もちろん、それらは非常に重要です。
しかし、建物を100年使用できても、住民が暮らせなくなれば住宅としての役割は失われます。
バスがなくなる。スーパーがなくなる。病院へ行けない。管理組合の役員がいない。地域とのつながりがなくなる。
その状態で建物だけ残っても、「100年続くマンション」と呼べるのかは疑問です。
駅距離だけでは測れない住宅地の価値
すすき野を歩いて、もう一つ感じたことがあります。住宅の価値を「駅徒歩○分」という単一の数字だけで判断すると、見落とすものがあるということです。
もちろん鉄道駅への距離は重要です。しかし、それと同時に、
- バスなどの代替交通が維持されているか
- 日常の買い物ができるか
- 医療機関へアクセスできるか
- 公園などの生活環境があるか
- 地域活動が続いているか
- 次の世代が入ってくる余地があるか
まで含めて見る必要があります。
すすき野は、鉄道駅から離れているからこそ、バス交通と地域内の生活機能が重要な役割を担ってきた住宅地とも言えます。
すすき野団地は次の50年へ進めるか
1970年代に生まれた多くの団地が、いま築50年前後を迎えています。これまでの50年間は、建物を維持しながら住み続ける時代でした。
しかし、これからの50年間はそれだけでは足りません。
建物をどう残すのか。住民をどう入れ替えていくのか。地域交通をどう維持するのか。商業・医療・福祉をどう残すのか。管理組合、自治会、地域団体、行政、民間企業などが、どのように役割を分担するのか。
すすき野団地が掲げる「100年団地」という考え方は、単に築100年の建物を目指しているのではなく、こうした複数の課題を含めて、次の世代に住宅地をつないでいこうとする試みとして見るべきでしょう。
実際に現地を歩いて印象に残ったのは、築50年を超えたことそのものではありませんでした。バスが何台も行き交い、日常生活を支える施設があり、川崎市との境まで住宅地が続いている。そこには、今も多くの人が暮らす「街」があります。
そして、その街を次の50年へどう引き継ぐのかという取り組みがすでに始まっています。
高経年マンションを考えるとき、私たちはどうしても大規模修繕工事や修繕積立金といった「建物管理」に目を向けます。しかし、100年続くマンションを考えるのであれば、その視野をもう少し広げる必要があるのかもしれません。
建物を維持する。人が暮らし続ける。地域とのつながりを維持する。
この三つが重なって初めて、住宅は長く使い続けることができます。すすき野団地は、そのことを考えるための非常に興味深い事例だと感じました。
主な参考資料
・独立行政法人都市再生機構「すすき野 団地のくらし」
・独立行政法人都市再生機構「すすき野」物件情報
・一般社団法人YOKOHAMAリビングラボサポートオフィス「すすき野団地リビングラボ」
・横浜市「高速鉄道3号線の延伸」
・横浜市「3号線延伸概要」
・総務省・経済産業省「経済センサス」※横浜市のリンク
・神奈川県「集合住宅での脱炭素チャレンジ―断熱強化など―」




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