大規模修繕工事では、建物の調査、工事内容の検討、施工会社の選定、工事中の確認など、多くの場面で専門知識が必要になります。理事会や修繕委員会が、設計コンサルタントなどの専門家の支援を受けることは、重要な選択肢です。
しかし、専門家へ依頼すれば、それだけで公正な業者選定や適切な発注が保証されるわけではありません。
2026年10月19日の日本経済新聞は、大規模修繕工事の不正を受け、住民側が手口や対策を共有する動きを報じました。国土交通省でも、同日、「マンション大規模修繕工事の発注等の適正化に関する検討会」の第1回が開催されています。
参考:日本経済新聞「マンション修繕不正、住民に自衛の動き 被害者らが手口紹介サイト」
では、専門家へ依頼した後、管理組合には何ができるのでしょうか。
筆者は、管理組合がすべての技術的な問題や不正を見抜こうとするよりも、元の資料を確認できること、提案の理由を質問できること、判断の経緯を記録できることを、発注の仕組みに組み込むことが大切だと考えます。
今回は、事件の手口ではなく、専門家の支援を受けながら、管理組合が発注者として判断できる状態をどう保つかを考えます。
▼今回のコラムの全体像です(画像クリックで拡大します)

専門家を入れることと、確認体制をつくることは別の話
設計コンサルタントなどの専門家には、劣化状況の調査や修繕設計、施工会社選定の支援、工事監理など、それぞれの契約に応じた役割があります。
工事の経験がない理事や修繕委員だけで、仕様や数量、施工方法の妥当性まで判断するのは難しいでしょう。専門家の知識や経験を活用する意義は大きくあります。
一方で、専門家が作成した比較表を受け取り、その説明を聞いて承認するだけでは、管理組合に判断の根拠が十分に残らない場合があります。
例えば、比較表には3社が並んでいても、応募した会社が本当にその3社だけだったのか、ほかの会社がどのような理由で候補から外れたのかは、その表だけでは分かりません。
確認したいのは、専門家の説明を聞いた管理組合が、何を根拠に、その提案を採用するのか説明できる状態になっているかです。
談合の構造や公正取引委員会の処分については、マンション工事の談合はなぜ起きる?|公取委の排除措置命令と管理組合の防止策で紹介しています。本記事では、依頼後の確認方法と運営に焦点を絞ります。
管理組合が確認したい、発注の5つのポイント
依頼する役割と、事業者との利害関係
まず、専門家へ何を依頼し、何を成果物として受け取るのかを明確にしておきます。
施工会社の選定支援であれば、候補会社の募集、応募資格の確認、見積内容の整理、ヒアリングへの同席、評価に関する助言など、どこまでが業務に含まれるのかを確認します。
あわせて、候補会社との資本関係や取引関係、施工会社側から受ける報酬などについて、どのような情報を開示してもらうかも整理しておきたいところです。
過去に取引があったという事実だけで、不適切な関係とは判断できません。大切なのは、管理組合がその関係を把握し、提案や評価に影響し得る事情を確認できることです。
契約前に、開示する項目と時期を話し合い、その後に関係が生じたり判明したりした場合の報告方法も決めておくと、依頼後の確認につながります。
候補会社を集める条件と、絞り込む理由
業者選定では、候補会社が何社あるかに加え、どのように集め、絞り込んだかが重要です。
管理組合としては、公募や推薦の方法、応募資格、候補から外す条件を、募集を始める前に確認しておくことが望まれます。
例えば、一定の施工実績を求める場合、その条件が自分たちの建物規模や工事内容に必要なものなのか、説明を受けます。条件が厳しいほど安心とも、緩いほど競争が働くとも、一律にはいえません。
また、管理組合側で探した会社についても、同じ条件で参加を検討できるかを確認します。参加が難しいという説明があれば、施工体制、実績、日程など、何が理由なのかを記録します。
候補を増やすこと自体を目的にせず、参加・不参加の理由を説明できる選定にすることが大切です。
比較表の根拠となる、各社の元資料
比較表は、多くの情報を整理して議論するために役立ちます。ただし、要約された資料である以上、作成時に省略された情報もあります。
そのため、各社の応募資料、見積書、質疑への回答、修正提案などを、管理組合でも確認・保管できるようにしておきます。
例えば、ある会社の見積額が低くても、ほかの会社が含めている工事を別途としているかもしれません。数量や仕様の前提が異なれば、総額だけでは比較できません。
理事や修繕委員がすべての数量を検算する必要はありません。まずは、比較する条件がそろっているのか、違う部分は何か、その違いをどう評価したのか、説明を求めます。
資料を受け取る時期も重要です。選定の直前に大量の資料が届くと、内容を読む時間を確保できません。会議前に資料を共有し、質問できる日程を発注の予定に含めておくことが必要です。
評価が変わった理由と、最終的な選定理由
選定では、価格だけでなく、工事内容、施工体制、実績、保証や工事後の対応などを比較することになります。
その際は、評価する項目や重み付けをあらかじめ整理し、途中で変更する場合には、その理由を記録しておきます。
例えば、当初は工事内容や施工体制を重視していたのに、最終段階で最低価格だけが決め手になった場合、判断の前提が変わっています。その変更が必要だった理由を共有しなければ、組合員への説明が難しくなります。
再見積もりを求めた場合も、依頼した内容と各社の回答を残します。値下げと同時に工事範囲が変わっているなら、その点を含めた判断が必要です。
専門家の評価を参考にしながら、管理規約や総会決議等に沿った手続きで、誰が何を決めるのかも確認しておきましょう。修繕委員会の推薦と、管理組合としての正式な決定を混同しないことが大切です。
次の役員が、判断の経緯を追える記録
工事の検討中は、担当者の間で事情が共有されていても、役員交代後には分からなくなることがあります。
契約書や竣工図書に加え、公募条件、応募資料、見積書、質疑回答、評価表、選定理由、重要な仕様変更の記録なども、管理組合の資料として残します。
特に、何を変更したのか、なぜ変更したのか、誰が承認したのかが分かる記録は、後日の説明や不具合への対応でも役立ちます。
保管先を担当理事の個人メールや個人のパソコンだけにせず、管理組合として引き継げる場所を決めます。電子データの場合は、閲覧権限、バックアップ、担当者交代時の引継ぎ方法も整理しておきたいところです。
なお、管理組合で資料を保管することと、組合員全員や外部へ無制限に公開することは別です。個人情報や事業者の機密情報に配慮し、閲覧・共有の範囲を定めて運用します。
誓約書や同意書を、実際の確認につなげる
大規模修繕情報交換ネットワークでは、管理組合の独自監査や施工会社選定の助言業務などに関する同意書・誓約書のひな形を公開しています。
例えば、独自監査に関する同意書では、管理組合が費用を負担して別途行う施工品質チェックや業務監査への協力を扱っています。選定の助言業務に関する同意書では、管理組合の判断の尊重や、候補業者との過去の取引関係の開示などが示されています。
これらは、依頼する際に何を確認しておくべきかを考える参考になります。ただし、ひな形を提出してもらうだけで、実際の業務内容まで確認できるわけではありません。
例えば、取引関係を開示してもらうなら、候補会社が決まった時点で報告を受け、その内容を確認する担当者と会議を決めておく必要があります。
別の専門家による確認を予定する場合も、目的、確認範囲、費用、資料提供、現場への立入り、指摘事項への対応を整理し、関係する契約との整合を図ります。全項目を重ねて確認する方法だけでなく、判断が難しい仕様や重要な工程に対象を絞る方法も考えられます。
公開ひな形は参考例であり、そのまま自分たちの契約に適するとは限りません。特に、解除や報酬返還に関する条項などは、既存の契約との関係や具体的な適用場面について、必要に応じて弁護士等に確認することが重要です。
書面の内容、実際の確認手順、問題が生じた場合の対応をつなげて考えることが、活用のポイントです。
確認の仕組みを、無理なく理事会・修繕委員会に組み込む
確認事項が多くても、理事や修繕委員の負担が過大になれば、運用は続きません。全員がすべての資料を精査する方法ではなく、担当を分け、重要な判断を複数人で確認する方法が現実的です。
例えば、資料の受取りと保管を担当する人、質問を整理する人、予算や契約条件を確認する人を決め、候補会社の絞込みや重要な条件変更は会議で共有します。
役割分担は、仕事を特定の人に任せ切るためではなく、情報を整理して全体の判断につなげるために行います。担当者が欠席したり交代したりしても、ほかの人が状況を把握できるようにしておきます。
会議では、その場で答えが出ない質問を無理に処理する必要はありません。「確認中の事項」として残し、回答後に判断する流れを設けます。次のような簡単な表でも、質問が置き去りになるのを防ぐ助けになります。
| 確認事項 | 回答を求める相手 | 回答期限 | 回答・対応状況 |
|---|---|---|---|
| 見積書で工事数量が異なる理由 | 設計コンサルタント | 次回会議の前 | 数量の算出根拠を確認中 |
| 候補会社を除外した理由 | 選定支援の担当者 | 候補会社決定の前 | 応募条件との照合結果を確認予定 |
| 仕様変更による費用・保証への影響 | 設計コンサルタント・施工会社 | 変更承認の前 | 変更内容を書面で回答依頼 |
外部へ相談する場合も、単に「この工事は大丈夫でしょうか」と尋ねるより、疑問点と関係資料を整理すると、相談する内容が明確になります。
住民になりすまして意思決定に入り込む問題や、参加者の本人確認については、マンション大規模修繕の「なりすまし住人」とは?アンケートから修繕委員会に侵入する手口と対策をご覧ください。
それでも、住民の自衛だけでは限界がある
ここまで、管理組合が取り組める確認方法を紹介しました。ただし、これらを実施すれば、すべての不正を防げるという意味ではありません。
資料が整っていても、その裏で事業者間の受注調整が行われていれば、管理組合側から確認することには限界があります。開示されていない関係や金銭の流れを、輪番の理事が独自に調べ上げることも困難でしょう。
そのため、不正が起きたという結果だけを見て、「住民の関心が足りなかった」「理事が確認しなかったからだ」と片付けるべきではないと筆者は考えます。
管理組合による確認とあわせて、事業者側による説明や情報開示、不正を防止する体制、行政や業界による監視・相談支援が必要です。
国土交通省の「マンション大規模修繕工事の発注等の適正化に関する検討会」では、管理組合が留意すべき事項や、適切な事業者の確保に向けた方策等を議論することとされています。
参考:国土交通省「マンション大規模修繕工事の発注等の適正化に関する検討会」
2026年10月20日時点では検討段階ですが、今後は、確認事項を増やすことに加えて、専門知識を持たない管理組合でも実行できる手順や支援につながることを期待したいところです。
管理組合の主体性は大切です。同時に、不正を防ぐ責任を住民だけに負わせない仕組みも必要です。
専門家の力を借り、管理組合が判断できる状態を保つ
大規模修繕工事で、管理組合が専門家の力を借りることには大きな意味があります。その支援を十分に生かすためにも、管理組合に情報と判断の根拠が残る運営が重要です。
まずは、自分たちのマンションで次の3点を確認してみてください。
- 元の見積書や応募資料を、管理組合で確認できるか。
- 候補会社や工事内容を選んだ理由を説明できるか。
- 次の役員へ、判断の経緯と資料を引き継げるか。
これらは、不正対策に加えて、組合員への説明や合意形成、工事後の対応にも役立つ基本です。
専門家に依頼する際には、何を任せるかとともに、管理組合が何を確認するかも決めておく。大切な修繕積立金を使う発注だからこそ、その仕組みを工事の準備段階から整えておきたいところです。



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