マンションも街も「管理」で価値が決まる|横浜みなとみらいとお台場を比較して見えた”管理力”の差

マンショントピックス

※当コラムでは商品・サービスのリンク先にプロモーションを含むことがあります。ご了承ください。

「マンションは管理を買え」という言葉があります。築年数や立地だけではなく、“管理状態”が資産価値を左右する——これはマンション管理の現場で、近年ますます強く感じるようになった現実です。実はこれ、街にも同じことが言えるのではないか、と最近つくづく感じるようになりました。

お台場と横浜みなとみらいは「似た街」のはずだった

ふたつのエリアを改めて並べてみると、その出発点の類似性に気づきます。どちらも湾岸の埋立地を大規模に開発した臨海型の都市再生プロジェクトであり、ホテル・商業施設・オフィス・住宅が混在する複合エリアです。バブル期から90年代前半にかけて「21世紀の都市モデル」として鳴り物入りで整備が進められた点も共通しています。

※みなとみらいとマンションの風景 筆者撮影

近年、SNSやメディアでこのふたつのエリアを比較する記事が増えています。その多くが指摘するのは、「スケールや立地の条件は似ているのに、体験として積み重なってくるものが違う」という感覚です。観光客が集まり、にぎわいがあるのはどちらも同じ。それでも、歩き終えたあとの印象がなぜか異なる。この違和感の正体を少し掘り下げてみたいと思います。

実際に差を感じるのは「歩きやすさ」と「一体感」

横浜みなとみらいを歩くと、駅から商業施設、ホテル、オフィス、海沿いエリアまでの導線が自然につながっていることに気づきます。案内表示の位置やデザインにも統一感があり、「次にどこへ向かえばいいのか」を直感的に理解しやすい。歩いていて“止まらない”感覚があるのです。歩道の幅、サインの統一感、次の施設への自然な誘導。特別なことをしているわけではないのに、なんとなく迷わない。エリア全体がひとつの意図を持って設計・維持されているような空気があります。

一方のお台場は、広大な臨海エリアに大型施設が点在する構造であるため、施設ごとの独立性が強い印象があります。個々の施設は非常に魅力的ですが、エリア全体として見ると、移動の連続性や回遊感がやや分散して感じられる場面もあります。歩いていると「今自分はどこにいるのか」という感覚が少しあいまいになる瞬間がある。回遊性と呼ばれるものが、エリア全体として設計されていないように感じられるのです。

※当研究室調べ。

この違いを「立地の差」や「開発規模の差」で説明しようとしても、うまくいきません。お台場は交通アクセスの面では決して不利ではなく、むしろ臨海副都心として相当な公的投資が入ったエリアです。みなとみらいが特段広大なわけでもない。差があるとすれば、それは開発後の「管理のされ方」にあると考えたほうが、実態に近いように思います。

横浜とお台場で差が出る理由|「エリア管理」の差とは

横浜みなとみらいには、「横浜みなとみらい21」という一般社団法人が存在し、エリアマネジメントを一元的に担っています。街灯・植栽・サイン・清掃・イベント企画に至るまで、エリア全体をひとつの「管理対象」として捉える仕組みが機能しています。行政・民間・地権者が連携し、街の価値を共同で維持・向上させていく体制です。

一方のお台場は、江東区・品川区・港区にまたがり、開発経緯もフジテレビ、パレットタウン(現在は閉鎖)、ダイバーシティ東京など複数のデベロッパーや施設運営者がバラバラに管理しています。個々の施設ごとの運営・管理色が強く、エリア全体を横断的にマネジメントする難易度が高い構造になっています。

※有明から見た豊洲方面の風景 筆者撮影のものを一部加工

これは批判ではなく、構造的な特性の話です。お台場には、お台場ならではのスケール感や非日常性、イベント集積の強みがあります。一方で、エリア全体を横断する「管理」や「回遊性」の設計は、みなとみらいとは異なる難しさを抱えているように見えます。

管理の主体が一元化されているか、分散しているか——この差が、長い時間をかけて「街の空気感」として可視化されてくる。訪れる人は理屈ではなく、身体でその差を感じ取っています。

「再開発」は一度きりの出来事です。しかし「管理」は終わりがない。街の価値を決めるのは、竣工の瞬間ではなく、その後何十年にわたって継続され続ける運営力なのかもしれません。

実はマンション管理組合でも同じことが起きている

ここで視点をマンションに移してみましょう。マンション管理の現場でも、まったく同じ構造が起きています。

管理状態の良いマンションを訪れると、共用部に独特の「空気感」があります。エントランスの清掃が行き届いている。掲示板の情報が整理されていて古い張り紙が残っていない。廊下の照明が均一で、どこか薄暗い箇所がない。植栽が手入れされている。こうした細部の積み重ねが、「このマンションはちゃんと管理されている」という印象をつくります。

実際のマンション管理でも、「建物スペック」だけでは差がつかなくなっています。同じ築年数、同じ立地条件でも、

・修繕積立金が適切に積み立てられているか
・理事会運営が継続できているか
・長期修繕計画が現実に合っているか
・管理会社との連携が機能しているか

によって、数年後の“空気感”は大きく変わっていきます。

逆に管理が形骸化しているマンションでは、こうした要素がひとつひとつ崩れていきます。

エリアマネジメントが機能しているみなとみらいと、そうでないお台場。この対比は、管理組合が機能しているマンションと、名ばかり管理組合のマンションの対比と、構造的にほぼ同じです。規模の差はあれど、「管理する意思と仕組みがあるかどうか」という本質は変わりません。

最近では、「管理計画認定制度」や「マンション管理適正評価制度」など、“管理状態”を可視化する制度も広がっています。さらに、マンションすまい・る債でも、管理計画認定や一定以上の管理評価を受けたマンションには金利優遇が設けられるなど、「管理の質」が金融面にも反映される時代になってきました。国や金融機関が「管理の質」に対してインセンティブを設ける時代になった。それはつまり、「管理されているかどうか」が、客観的な価値基準として社会的に認知されつつあることを意味しています。

これからは「立地」だけでは選ばれない時代へ

不動産の世界では長らく「立地が最重要」と言われてきました。それは今も変わらない原則ですが、同じエリア・同じ立地の中で選別が進んでいく時代においては、もう一段細かい評価軸が必要になってきます。

みなとみらいとお台場は、湾岸の臨海エリアという「立地」だけを見れば、どちらも魅力的なはずです。しかし長期的に人が集まり、施設が更新され、資産価値が維持されていくのは、管理の仕組みが機能し続けているほうです。エリアとしての「管理力」が、立地の潜在価値を引き出すか押し込めるかを左右している。

マンションも同じです。駅からの距離や築年数といった外形的な条件だけでなく、「管理組合がきちんと機能しているか」「長期修繕計画が現実的に策定されているか」「修繕積立金の積み立て状況は健全か」——こうした管理の実態が、同条件の物件を分ける差別化要因になっていきます。

実際、近年のマンション管理現場では、

・修繕積立金不足
・役員のなり手不足
・管理会社との関係悪化
・合意形成の停滞

などにより、「管理され続ける力」そのものが弱まっているマンションも増えています。

だからこそ今後は、「どこに建っているか」だけでなく、「どのように管理され続けているか」が、より重要になっていくのかもしれません。

お台場が劣っているという話ではありません。みなとみらいが優れているという話でもない。ここで言いたいのは、ただひとつのことです。

どれほど優れた立地に建てられた街も、どれほど魅力的な設計のマンションも、「継続的な運営力」を持たなければ、時間とともにその価値は静かに失われていく。逆に言えば、管理の仕組みが機能し続けることで、立地や再開発が生み出した価値を次の世代へと継承できる。

「マンションは管理を買え」。この言葉はこれからの時代、マンションだけでなく、“街そのもの”を見る視点にもなっていくのかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました