マンションの給排水管といえば、「築30年〜40年を超えてから考えればいい問題」と思っている管理組合の方も多いのではないでしょうか。ところが近年、築20年前後という比較的新しい物件でも、排水管からの漏水が相次いで報告されています。その背景にあるのは、単純な老朽化ではありません。「便利な現代設備」と「昔ながらの重力排水構造」の間に生じる、見えにくい摩擦です。本記事では、マンション管理士の視点から、なぜ築浅でも漏水が起きるのか、何を確認すべきか、管理組合はどう備えるべきかを構造的に解説します。
▼今回の参考記事 日本経済新聞 2026年5月9日
また、今回のコラムの全体像です(画像クリックで拡大します)

築浅でも漏水が起きる時代に入った
給排水管の問題はこれまで、主として築年数の進んだ物件特有の課題として認識されてきました。国土交通省が2023年度に実施した調査でも、「給排水管の老朽化による漏水」は1974年以前完成のマンションで修繕が必要な箇所の第1位(46.2%)を占めており、国のマンション修繕指針でも管の取り換え時期は30〜40年程度と例示されています。

しかし今、この「常識」が通用しないケースが現れ始めています。
東京都・500戸マンションで築20年の漏水
実際に、東京都内にある約500戸規模の大規模マンションが築約20年で排水管からの漏水を経験したことが、2026年5月9日付の日本経済新聞で報じられました。まず応急措置を施したものの、本格的な修繕費用の工面に追われているといいます。「40年程度はもつと言われていたのに」という管理組合の戸惑いは、現場の率直な声を代弁しています。
近年では、築20年前後のマンションにおける漏水相談が増加しているとされており、これは特定のマンションだけに起きた偶発的な出来事ではなく、一定の構造的背景を持つ問題であることを示しています。
築40年以上マンションの急増が示す未来
もう一つ見落としてはならないのが、老朽マンション全体の数量的な変化です。国の統計によると、築40年以上のマンションは2024年末で148万戸ですが、2044年末には482.9万戸にまで増加する見込みとされています。

老朽化した給排水管を抱える物件がこれほどの規模で増加していくなか、全国規模での修繕ラッシュが到来することは避けられません。築浅での問題も、築古での問題も、根底には同じ「給排水管をどう維持管理するか」という課題が横たわっています。
問題の核心:ディスポーザーと排水構造の「ミスマッチ」
ここで重要なのは、ディスポーザーそのものが悪いのではないという点です。ディスポーザーは生ごみを細かく砕いて排水管に流せる便利な設備であり、2010年代以降に分譲されたマンションを中心に標準装備として普及してきました。問題が生じるのは、この「現代的な設備」が「昔ながらの重力排水構造」と組み合わさったときの相性の悪さにあります。
鋳鉄管とディスポーザーの危険な組み合わせ
日本経済新聞の記事によると、2010年から15年頃に分譲されたマンションでは、ディスポーザーを設置する一方で、排水管に鋳鉄管を採用している例もあり、腐食リスクが指摘されています。鋳鉄管は一定の強度と耐久性を持つ素材ですが、腐食には弱いという特性があります。
ディスポーザーで砕かれた生ごみが鋳鉄製の排水管に流れ込むと、管の底部に堆積しやすく、そこでバクテリアが繁殖します。バクテリアの代謝過程で発生するのが、硫化水素という有毒ガスです。この硫化水素が鋳鉄管の内面を化学的に侵食し、想定をはるかに超えるスピードで腐食が進行することが確認されています。
つまり、ディスポーザーと鋳鉄管という組み合わせの問題は、材質の耐久性の問題であるより前に、「有機物の堆積→バクテリアの繁殖→硫化水素の発生→腐食の加速」という生化学的な連鎖反応の問題なのです。
勾配不良が引き起こすもう一つのリスク
配管の材質だけが問題ではありません。また、日経の記事によれば、早期に腐食が進んでいるケースでは、管の材質だけではなく、水を流すための勾配が適切に確保されていない可能性も指摘されています。排水管は、重力を利用して水を流下させる仕組みです。この流れを確保するために、管には一定の傾斜(勾配)が設けられていますが、設計・施工上の誤差などで勾配が不十分になることがあります。
勾配が緩すぎると何が起きるか。水だけが先に流れ、ディスポーザーで砕かれた生ごみの固形分が管の底に取り残されます。この滞留した有機物がバクテリアの温床となり、硫化水素を発生させる。つまり勾配不良は、前述の腐食加速メカニズムを呼び込む「入口」になりうるのです。
樹脂管なら安心、というわけではない
「ならば樹脂管に替えれば問題ない」と思われるかもしれませんが、そう単純でもありません。日経の記事によれば、実際には、ディスポーザー設置物件では、樹脂管であってもゴミが滞留し、水があふれるような不具合が確認されています。腐食に強い樹脂製の管であっても、勾配が不適切であれば有機物の滞留は防げません。滞留が続けば詰まりが生じ、やがて漏水へとつながります。
つまり根本的な問題は「何の管を使っているか」ではなく、漏水や水漏れを防ぐために「排水システム全体として正しく設計・施工・維持されているか」にあります。配管材質、勾配設計、日常の維持管理、これらが複合的に絡み合って初めて、安全な排水システムが成立するのです。
管理組合が確認すべきポイント
ではこうした問題に対して、管理組合はどのようなアクションをとれるでしょうか。「知らなかった」では済まない時代に入りつつある今、日常的に確認できることと、専門家に依頼すべきことを整理しておきましょう。
まず住民への聞き取りから始める
日経新聞の記事において、専門家は、ディスポーザーが設置されているマンションでは、住民への聞き取りや、管理会社・清掃会社への確認を通じて、管の材質や劣化状況を把握しておくことが重要と提言しています。管理組合が今すぐできる第一歩は、定期的な住民アンケートや点検時のヒアリングによって、「排水の流れが悪くなった」「異臭がする」「天井にシミが出た」などの初期サインを早期に把握することです。
同時に、マンションの竣工図書や設計図面を確認し、排水管の材質(鋳鉄管か樹脂管か)や勾配が明記されているかを調べておくことが重要です。管理会社に問い合わせても回答が曖昧な場合は、設計図書の開示を求めることも管理組合の正当な権限の範囲内です。実際には、管理会社へ確認してもすぐに回答が得られなかったり、古い図面が整理されていなかったりするケースもあるため、理事会として確認事項を記録に残しながら進めることが大切です。
床下の直接確認は絶対に避ける
ここで一点、強く注意すべきことがあります。「自分たちで床下を開けて確認しよう」という判断は、絶対に避けなければなりません。前述のとおり、有機物が滞留した排水管からは硫化水素が発生している可能性があります。硫化水素は高濃度では即死に至ることもある有毒ガスであり、適切な装備なしに床下へ入ることは生命の危険を伴います。確認作業は必ず専門家に委託してください。
専門家による調査を理事会で予算化する
漏水の兆候が見られた場合、あるいは築10〜15年を経過してディスポーザーが普及した物件では、専門的な配管調査を検討することが望ましいです。カメラを用いた内視鏡調査や、硫化水素濃度の測定などを行うことで、管の内部状態を安全に把握できます。費用は決して安くはありませんが、問題を見逃して大規模修繕に至った場合のコストと比べれば、早期発見・早期対処のコストパフォーマンスは明らかです。
調査費用は管理組合の理事会で議題として取り上げ、長期修繕計画の見直しとあわせて予算化することを検討してください。
修繕費はいくらかかるのか:数千万円規模の現実
問題が顕在化したとき、管理組合が直面するのは修繕費用という現実的な壁です。日経記事によれば、一般的に老朽化した給排水管を取り換える場合、費用はマンション共用部の管だけでも数百万〜数千万円かかる例が多いとされています。排水管の本数が多く、構造が複雑なマンションでは費用がさらに膨らみます。積立金が不足して金融機関からの融資に頼らざるを得ないケースも後を絶ちません。
修繕積立金不足という構造問題
多くの新築マンションでは、販売時に設定される修繕積立金の月額が低く抑えられています。これは購入者の月々の負担感を下げるための慣行ですが、将来的な修繕費に対して積立金が圧倒的に不足するという問題を引き起こします。特に築20年前後で予想外の給排水管修繕が発生した場合、長期修繕計画に組み込まれていない突発的な出費として管理組合を直撃します。
本来30〜40年後を想定していた給排水管工事が、築20年前後で前倒しになる場合、長期修繕計画そのものが崩れる可能性があります。ディスポーザー搭載物件や鋳鉄管を使用している物件では、給排水管に関する調査時期を早め、必要に応じて修繕積立金の見直しや一時金、借入の可能性まで含めて検討しておくことが重要です。
相見積もりと契約条件の重要性
修繕工事を進める際、管理組合が主導権を握ることは不可欠です。特定の業者に任せきりにするのではなく、複数の会社から相見積もりを取ることで、適正な価格水準と工事内容を判断する根拠を得られます。
さらに現在は、原材料価格の変動というリスクが加わっています。塩化ビニール樹脂などの管材料は、中東情勢の悪化による原料ナフサの供給難から、メーカーからの値上げ表明が相次いでいます。
記事では、「契約から着工や工事中までに、原料が一段と高騰した場合、どうするかというルールも明確にして、不利な契約を避ける取り組みが平時以上に大切になっている」と強調しています。工事契約書には、原材料価格の変動に伴うコスト増を誰がどのように負担するかを明記する条項を盛り込むことが、今の時代においては特に重要です。
「便利さ」の裏側にある、見えない摩擦
ディスポーザーは確かに便利な設備です。生ごみの処理が手軽になり、台所まわりの衛生も保ちやすくなります。しかし床下では、砕かれた有機物が管の中を流れ、あるいは管底に滞留し、バクテリアが呼吸し、硫化水素が管壁をじわじわと侵食しているかもしれません。それは目に見えない場所で、静かに、しかし確実に進行しています。
重力で水を下へと流すという、きわめてシンプルな物理法則のうえに成り立つ排水システムに、現代的な生活設備が組み合わさるとき、両者の間に摩擦が生じることがあります。その摩擦は数年のうちには表れず、10年、20年という時間のなかで少しずつ蓄積し、ある日突然、修繕という形で顕在化します。
管理組合にできることは、この見えないプロセスを「知ること」から始まります。まず確認したいのは、ディスポーザーの有無、排水管の材質、築年数、長期修繕計画における給排水管工事の想定時期、そして過去の漏水履歴です。これらを確認したうえで、マンションの設計図書を確認し、配管材質と勾配を把握し、定期的に専門家の目を入れること。それが、将来の莫大な修繕費を防ぐための、最も確実な一手です。
便利な暮らしの足元で何が起きているのかを構造的に理解することが、マンションを長く、安全に維持していくための第一歩なのです。
本記事の情報は2026年5月時点のものです。修繕計画の策定や専門的な調査については、マンション管理士や一級建築士などの有資格者にご相談ください。

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