団地型マンションでは、棟単位で意思決定を行う「棟総会」という独自の構造があります。実際の生活者は賃借人である一方、議決権を持つのは区分所有者です。このズレは、総会運営において論点となる場面が生じ得ます。
「自分たちの生活に関わる議題なのに、なぜ出席できないのか」という占有者側の疑問と、「意思決定主体は区分所有者である」という管理組合側の原則。この二つを調整する条文が第70条です。
本条は、占有者の参加を一定条件で認めながらも、団地型の意思決定構造を崩さないための“線引き”を明確にした規定です。
第70条規約解説
団地型管理規約第70条は、棟総会に出席できる者の範囲を定めた条文です。意思決定主体は区分所有者であるという原則を前提にしつつ、占有者の関与をどこまで認めるかを整理しています。まずは条文を確認します。
(出席資格)
第70条 区分所有者の承諾を得て専有部分を占有する者は、会議の目的につき利害関係を有する場合には、棟総会に出席して意見を述べることができる。この場合において、棟総会に出席して意見を述べようとする者は、あらかじめ棟総会を招集する者にその旨を通知しなければならない。
条文の位置づけ|「出席資格」規定の意味
区分所有法は、管理組合の意思決定権を区分所有者に帰属させています。棟総会も原則として区分所有者の会議です。しかし団地型では、専有部分が賃貸に出され、実際の居住者が区分所有者ではないケースが少なくありません。
外壁修繕、給排水設備更新、使用細則変更など、生活に直接影響する議題が棟総会で審議される場合、居住者である賃借人の声を完全に排除することは現実的ではありません。
そこで第70条は、一定の占有者に対し「棟総会へ出席して意見を述べること」を認めています。ただし重要なのは、これは議決参加を認めたものではないという点です。議決権はあくまで区分所有者に帰属します。本条は例外規定であり、原則を修正するものではありません。
団地型では棟単位で生活影響のある議題が審議されることが多いため、本条の整理は棟総会運営において実務的な意味を持ちます。
「区分所有者の承諾を得て専有部分を占有する者」とは誰か
本条の対象となるのは、区分所有者の承諾を得て適法に専有部分を占有する者です。典型は賃借人です。使用貸借による同居家族も含まれます。
重要なのは「承諾」の存在です。不法占拠者や無断転貸を受けた者は対象外です。法人所有物件に社員が居住している場合なども、契約関係の範囲内であれば対象となり得ます。
団地型では棟ごとに賃貸化率が異なることが多く、管理組合が占有者の実態を把握していないケースも見られます。しかし第70条を適切に運用するためには、占有者が条文要件を満たしているかを確認できることが望まれます。
▼占有者の定義はこちらで解説しています。
「会議の目的につき利害関係を有する場合」の解釈
占有者が出席できるのは、「会議の目的につき利害関係を有する場合」に限られます。この限定は本条の核心です。
「利害関係」は広く解釈すれば何でも該当し得ますが、本条の趣旨は、生活上の直接的かつ具体的な影響が生じる場合に限定する点にあります。例えば、エレベーター更新工事において、工事対象設備の直近住戸に賃借人が居住している場合などが考えられます。住戸の出入口付近で長期間にわたり大きな作業音が発生し、日中の生活に相当程度の支障が生じる可能性があるのであれば、工事内容や工期、養生方法などについて総会決議の段階で把握し、意見を述べる合理性が認められる場面もあり得ます。
もっとも、単に「多少の騒音が発生する」という程度では足りません。共同住宅における通常の工事に伴う音は、一定範囲で受忍すべきものと考えられます。占有者の出席が正当化されるのは、受忍限度を超えるおそれがある、あるいは当該住戸に特に強い影響が及ぶと客観的に見込まれる場合に限られると解するのが相当です。
このように、「利害関係」は抽象的な関心や一般的な不安では足りず、議題と占有者の生活との間に具体的な結び付きがあるかどうかによって判断されます。
一方、役員選任、修繕積立金の額、財務方針など、区分所有者の財産管理に直結する議題については、占有者が当然に利害関係を有するとは言えません。
団地型で賃貸化が進むと、居住者の多数が占有者となる棟もあります。この場合、利害関係を広く解しすぎると、占有者の参加範囲が不明確になります。条文要件に沿って限定的に解釈することが、運営の明確性を保つうえで重要です。
認められるのは「意見陳述権」のみ
本条が付与するのは意見陳述権のみです。議決権はありません。委任状を受けることもできません。議案提出権もありません。
総会の場では、「発言できる=決定に参加できる」と誤解されやすいものです。しかし本条は、あくまで情報提供と意見表明の機会を保障するにとどまります。
議長は冒頭で「本日は意見陳述の機会をお認めしますが、議決権はありません」と明確に宣言しておくことで、後の混乱を防ぐことができます。
事前通知義務の実務的意味
占有者は、棟総会を招集する者に事前通知をしなければなりません。この通知義務は、単なる形式ではありません。
通知により、管理組合は利害関係の内容を把握し、当日の議事進行に必要な準備を整えることができます。また、事前調整の機会を確保することで、当日の飛び込み参加や想定外の発言による混乱を防ぐ機能も持ちます。
もっとも、条文自体は通知方法や期限を具体的に定めていません。棟総会の招集通知は通常、開催の2週間前、少なくとも1週間前までに発送されることが想定されていますから、占有者の通知期限もこれと整合的に設計するのが合理的です。例えば「総会開催日の1週間前までに、書面または電磁的方法で理事長に通知する」といった形で総会細則に明文化しておけば、招集手続とのバランスが取れ、運営の安定性が高まります。
通知期限が不明確なままでは、占有者側にも管理組合側にも判断基準がなく、不要な紛争を招きかねません。本条後段は、総会の秩序維持を図るための重要な安全弁であると理解すべきです。
▼単棟型総会の「出席資格」はこちら。棟総会の出席資格と少し違いますので参考までに。
管理組合として注意すべき点
第70条の趣旨と条文構造を確認したところで、次に、管理組合として実際の棟総会運営においてどの点に留意すべきかを整理します。本条は抽象的な理念規定ではなく、具体的な運営判断に直結する条文だからです。
発言範囲の整理
占有者に認められるのはあくまで意見陳述権です。したがって発言内容は、当該議題が自らの生活にどのような影響を及ぼすかという具体的事情の説明に限られるのが原則です。「この工事では日中の在宅勤務に支障が出る」「共用設備停止期間を事前に明確にしてほしい」といった発言は想定範囲内です。
一方で、「この議案には反対すべきだ」「この理事は不適任だ」といった議決への誘導や、他の区分所有者に対する評価・追及は、意見陳述の範囲を超えます。議長は、占有者が発言できる趣旨を冒頭で明確にし、逸脱があれば整理する姿勢が必要です。第70条は参加を認める条文であって、決定への関与を認める条文ではありません。
参加基準の整理
第70条は、占有者であれば誰でも出席できるという規定ではありません。①区分所有者の承諾を得て専有部分を占有していること、②会議の目的につき利害関係を有すること、③事前に通知していること、という三つの要件を満たす場合に限られます。
管理組合としては、この三要件を形式的に確認すれば足ります。とくに「利害関係」は、議題との具体的な関連性があるかどうかで判断されます。抽象的な関心や一般論では足りません。出席を認めるかどうかは感情論ではなく、条文要件に沿って整理することが重要です。
典型トラブルへの備え
実務で想定されるのは、事前通知なしの当日参加要求や、発言範囲を超えた主張がなされる場面です。これらは制度上の誤解から生じるものであり、条文趣旨を明確にしておけば多くは防げます。
招集通知や当日の冒頭説明で、「占有者は意見陳述に限られること」「議決権はないこと」「事前通知が必要であること」を簡潔に確認しておけば、運営上の混乱は避けられます。第70条は特別な対立を想定した条文ではなく、あくまで秩序を保ちながら発言機会を確保するための規定です。
第70条の実務的帰結
第70条は、占有者に一定の場合に限って棟総会で意見を述べる機会を認める規定です。しかし、それは意思決定への参加を認めたものではありません。
団地型マンションにおいて決定主体はあくまで区分所有者です。本条は、その原則を維持しながら、生活上の影響が及ぶ場合に限って占有者の意見を受け止めるという線引きを示しています。
発言の機会と決定権とは別であるという整理を明確にし、その射程を条文要件に沿って運用することが、棟総会を安定的に運営するうえで重要です。



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